第16話
「クレハ、いる?」
「はい、わたくしはここに」
後日、連邦生徒会から私宛に送られてきた郵送物の中に、クレハの動向を監視するためと思われる位置情報を知らせる小さなデバイスが入っていた。
「実は連邦生徒会から位置情報を見れるようにするデバイスが送られてきてさ。クレハには悪いんだけど、なるべく身につけておいてほしいんだよね。それで……」
「チョーカー、ですか?」
流石にデバイスそのままを渡されても困るかと思い、加工屋に持って行ってデバイスを音の鳴らない鈴の中に入れてもらい、チョーカーにしたのだ。
「色々考えたんだけど、毎日身につける物だからアクセサリーがいいかなと思って……嫌だったら別の形に変えるけど……」
「いえ! 今すぐわたくしにつけてくださいませ!」
「おおう、わかったよ。つけるから後ろを向いてくれる? あ、できれば髪を上げてくれるとやりやすいかな」
「はい。お願いします」
ちょっとやそっとのことではちぎれない頑丈な素材で作られた特殊な布で出来たチョーカーをクレハの細い首に苦しくないよう結ぶ。
「終わったよ」
「ありがとうございます。どうですか?」
「うん、似合ってるよ」
着物を好んで着ている彼女に似合うか不安だったが、シックな黒をベースとしたデザインにして正解だった。彼女の魅力が2割増しになったように思う。
「時に貴方様」
手鏡でチョーカーを覗き込んでいたクレハが思い出したように私を見上げながらそう言った。心なしか頬が朱に染まっているような気がする。
「異性に首輪をプレゼントする意味をご存知ですか?」
「知らないな。何か意味があるの?」
「チョーカーのプレゼントには、相手を独占したい、束縛したいという心理的な意味があるのですよ」
「え、本当に?」
「わたくし、貴方様にそのように思っていただいているなんて感激です……!」
困った。まったくそんなつもりはなかったんだけど、心理的とか言われてしまうと無意識がどうのって返されるのは見えているからこの時点で私の負けだ。
まあ、いいか。せっかく嬉しそうにしてるのにわざわざ躍起になって否定するようなことでもない。なんて思っていると、
「行政官。わたしにもチョーカーをプレゼントしてください」
「え?」
まさかの伏兵だった。それまで黙って書類整理をしていたカンナが会話に入ってきたかと思ったらそんなことを言い出した。
「わたしにも、チョーカーを、プレゼントしてください!」
「そんな2回も言わなくても……」
「クレハにはあげてわたしにはプレゼントしてくれないんですか?」
「いや、そんなことはないけど……」
「みっともないですよ、カンナさん。贈り物とは、いわば相手からの誠意です。貴方のようにねだって贈られるものではありません」
「いい気になって……!」
よくない雰囲気だ。まさかこんなことで張り合うとは。せっかく犬猿の仲だった二人の関係がマシになったと思ったのに、これはマズイ。ひじょーにマズイ……!
「よしわかった! これからカンナの分を買いに行こう! それでいいよね!」
「貴方様……」
「よし……!」
悲しそうにしょげるクレハと静かにガッツポーズをするカンナ。対照的な二人の様子に小さくため息を漏らしながら、クレハにはお留守番をしてもらってカンナと二人で彼女の分のチョーカーを買いに行くことになった。のだが……。
「これなんて可愛くていいんじゃない?」
「そう、ですね……ですが、少し実用性に欠けるのでは?」
「そっかあ……」
なかなかこれだ、というのが見つからず、チョーカー探しに難儀していた。
クレハにプレゼントしたのは色合いこそ大人しいが、デザインそれ自体は可愛い系のものだったので、今のところそれで攻めているのだが、カンナ的には違うらしい。
いっそのこと格好いい系の方がいいのだろうか。
「実用性……実用性……」
幸いにしてチョーカーの専門店なので選び放題だ。チョーカーに実用性というのはよくわからないが、恐らく頑丈であればいいはずだ。ならば、
「これはどうかな?」
私が手にしたのは頑丈なベルト生地っぽいので出来たチョーカーだ。
前の部分にリードをつけられるようなリングが意匠された、どちらかというと犬用の首輪みたいなものだ。
やっぱりこれはいくらなんでもないかもしれない。と思ったのだが、
「いいですね。これがいいです」
まさかの一番反応がよかった。
なんだろう、この……二人共立派なケモノ耳がついているから、頭の中に犬の散歩をしている私、という図が浮かんでしまった。まあでも、
「よし、それじゃこれにしようか」
「はい、ありがとうございます」
買い物を終えると、カンナはすぐに紙袋からチョーカーを取り出してこう言った。
「つけてください」
「え、ここで?」
「はい。何か問題が?」
天下の往来で衆人環視がある中そんな羞恥プレイをさせるなんて、なかなかやるじゃないか、カンナ。私も負けてられないな。
「よしわかった。後ろ向いて髪を上げて」
ついさっきもやったチョーカーを装着するという、そう何度もあるものではないことを終えると、カンナは嬉しそうに立派な胸を張った。
「リードも買えばよかったですね」
「冗談でしょ……?」
「割と本気です」
ケモノ耳がついてるからといって動物的な習性はないはずなんだけど、私の仕入れた情報が間違っていたのだろうか。
流石に大人が学生にリードをつけて散歩するのは色々倫理的にマズイ。
「まあ、いつかね」
そう言って誤魔化すことにした。
「おかえりなさいませ、貴方様」
「ただいまクレハ。書類整理してくれたんだね」
レドに戻ると、私のデスクに乱雑に積まれていた書類の山が整理されていた。
「はい。整理の過程で少々気になる依頼が来ていたので、確認していただいてもよろしいですか?」
「了解。どれどれ……サドルブロッコリー事件? なんだこれ?」
「どうやら学生達の自転車のサドルにブロッコリーの落書きがされているようです」
「それは困るね。新手のグラフィティか何かかなあ」
「実害はないようですが、それなりに被害が出ているようでして、複数依頼が来ています」
「なるほどね。学園都市らしいって言っちゃなんだけど、学生らしい問題だね。調べてみようか」
「かしこまりました。と言っても、わたくしはまだIDカードの方が復旧していませんので、あまりお力にはなれないかもしれません」
「大丈夫だよ。そこはカンナと協力してやっていくから。ね?」
「もちろんです。あなたは安心して書類整理でもやっていてください」
「……まあ、今回は譲るといたしましょう」
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