第15話

「二人共、ごめん!」


 揃って帰ってきてくれたカンナとクレハに、私はまずそう言って頭を下げた。


「頭を上げてください、行政官」


 恐る恐る頭を上げると、意外にも二人は怒っている様子はなかった。

 はて、どういうことだろうと思っていると、


「あの後、二人で話したんです。行政官は〝外〟の人間なのだから、〝中〟の常識に疎いのはしょうがない、と」

「思えばわたくし達、貴方様に求め過ぎていたのです」

「求め過ぎていた?」


「はい。行政官は、まだ〝中〟に来て日が浅いというのに、本来それらをサポートするべき立場にあるわたしが甘えてしまっていた」

「わたくしも、貴方様にならば寄りかかっても大丈夫だろう、という甘えがございました」

「そんな!」


「いえ、これはわたし達二人で話し合った結論です。行政官は職務上、これからもわたし達以外の相手とラクトゥスする可能性がありますよね?」

「それは……うん、そうだね」


 シャドウと戦う以上、ラクトゥスがカンナとクレハの二人だけで済むという保証はどこにもない。それは、誤魔化せないことだ。


「ですからせめて、わたくし達以外の者とラクトゥスする際は、事後報告でも構いませんので、仰っていただけますと、その……」

「わかったよ。二人には世話をかけるね」

「構いません。それも含めて、わたし達はあなたについていくと決めましたので」

「はい。最期の時まで、貴方様がわたくし達を不要と思うその時まで、お傍にいさせてくださいませ」


 と、いう一幕を終えて夜。万能タブレット、ベツレヘムの星の管理AIセリアがメールの到着を知らせてくれた。


「重要な内容?」

「そうですね。しっかり読んだ方がいいと思います!」

「どれどれ……?」


 送信元はマリアだった。

 お世話になっております、連邦生徒会長のマリアです。という典型的なビジネスメールの書き出しから始まるそれには、2つの事項が書かれていた。すなわち、


「クレハの司法取引と例の依頼の件か……」


 司法取引に関しては特に気にかける点はないが、依頼の方が問題だった。


「遺跡の発掘調査だって? なんだってマリアはそんな仕事を振ってきたんだ?」


 発掘場所はカラードの居住地域から北にうんと行ったところらしい。


「セリア、発掘場所の地図って出せる?」

「うーんと、うーんと、かなり古いものになっちゃいますけどいいですか?」

「いいよ。出して」


 珍しく困った様子のセリアに違和感を覚えつつ、表示された地図を見る。


「……なんだこれ?」


 空中から撮影されたらしいその地図には、研究施設らしき大きな廃墟があった。


「この廃墟自体がオーパーツみたいです」

「まったく……オーパーツならなんでも私に回す気なのかな、マリアは」

「この周辺は人が寄り付かないので、シャドウが大量に発生している可能性が高いですよ? 行くならしっかり護衛をつけていかないと、マスターが危ないです」

「なるほどね。それで期限がずいぶん先なのか」


 護衛はこちらで用意しろ、ということなのだろう。

 自前の部隊を動かさずにわざわざレドを使うということは、ひょっとすると、公には出ない類の依頼なのかもしれない。


「うーん……」


 悩んだ末、この依頼は後回しにすることにした。


 面倒な臭いがするから、という訳ではない。もちろんそれもないわけではないが、単純に予想される戦闘に対してこちらの戦力が不足しているからだ。

 セリアの予想が間違っている可能性もあるだろうが、転ばぬ先の杖という言葉があるように、危険な臭いがするものには十分な備えをしてから挑むべきだ。


「とりあえず今は、クレハの司法取引かな」

 必要な書類を印刷し、私が記入すべき点にサインを入れた。そして、

「クレハ、ちょっといいかな?」

 執務室で書類の整理をしてくれていたクレハに声をかける。

「はい、どうされました?」


「司法取引の件なんだけど、私がサインするところにサインしておいたから、後はクレハのサインだけなんだよね」

「そうでしたか。ありがとうございます。ではわたくしもサインしますね」


 言うが早いか、サインは渡した書類の中身をろくに確認せずにサインをしていった。


「中身ちゃんと読まなくていいの?」

「貴方様が確認してくださっていますから。わたくしが改めて見る必要はないかと」


 相変わらずの信用に面食らう。カンナといい、やはりこの二人の私に対するそれは、はっきり言って異常だ。これもラクトゥスの影響なのだろうか。

 だとすれば、安易にラクトゥスなどするべきではないのだろうか。これではまるで洗脳と変わらない。


 人の認識をここまで歪めてしまう行為など、おいそれとやっていいはずがない。

 そんなことを考えていると、


「貴方様?」

「ん、ああごめん。ちょっと考え事をしていたんだ。サイン終わった?」

「はい。こちらです」


「そしたら後はこれを連邦生徒会に提出して、ちょっとした取り調べをしたら晴れてクレハは自由の身だね。と言っても、一応はレドの預かりってことにはなるけど」

「元々こちらに身を寄せるつもりでしたので、むしろ好都合です」

「そっか。提出はなるべく早い方がいいと思うから、これから行く?」

「そうですね。レドに入館するのにIDカードが使えないのは少々不便ですから、行ってしまいましょうか」


 レドに入館するには入り口のゲートにIDカードをかざす必要があるのだが、現在お尋ね者となっているクレハはIDカードが機能しないので私かカンナと同時に入っている。


 同居することを考えると、早々にIDカードが機能する状況に戻した方がいいだろう。


「オッケー、じゃあそういうことだから、カンナ、留守番よろしくね」

「わかりました。いってらっしゃい。クレハがいるので大丈夫だとは思いますが、夜道にはお気をつけて」


 通りに出てタクシーを拾った私達は、書類の提出先があるマテリアルタワーに到着した。


「狐井クレハの司法取引の件で来たんだけど、どこに行けばいいのかな?」


 受付でそう尋ねると、案内人が現れて私達を連邦生徒会防衛室へと連れて行った。


「はじめまして、防衛室室長の白雪しろゆきメグミです。あなたが行政官ですね? お噂はかねがね」

「はじめまして。その噂って悪いものじゃないよね?」

「もちろんです。着任早々、アウスレーゼの問題を解決したとか」

「実際に解決したのはクレハだけどね。雑談はそこそこにして、あまり遅くならないように司法取引を進めちゃおう」

「わかりました。書類の方をいただいても?」


 持ってきた書類一式をメグミに渡し、確認し終わると、クレハは取り調べ室へ連れて行かれてしまった。


 私は中の会話が聞こえる別室に案内されたが、司法取引とは言っても形だけのものなようで、ほぼクレハとメグミが雑談に近い会話をするだけだったので、正直手持ち無沙汰だった。


 パイプ椅子に座って終わるのを待っていると、不意にノックが聞こえてきた。


「どうぞー」

「失礼します」


 正直、このタイミングで彼女が来るのはまったく予想していなかった。入室してきたのはマリアだった。


「あまり歓迎されてない雰囲気ですね?」

「そんなことはないよ。ただ、急だったからびっくりしただけさ」

「それならいいんですけど」


「わざわざ会いに来てくれたってことは、何か要件があったのかい? 例の依頼の件とか」

「行政官に会いにきた、ではダメですか?」

「そんなに暇な身でもないでしょ。あ、もちろん本当に会いきただけっていうなら嬉しいけどね?」


「ふふ、残念ながら予想は当たってるんですよね。けど、依頼の件とは別件です」

「というと?」

「タブレット、起動できたみたいですね」

「ああ、これ?」


 懐からベツレヘムの星を出す。起動して見せてあげようとしたら、どういうわけか電源が入らない。


「あれ? バッテリー切れちゃったのかな? さっきまで充電してたんだけど……」

「見せてもらおうと思ったんですが、しょうがないですね」

「ごめんね。この子なんか色々できるみたいで、レドの地下にあるクラフトデバイズもセリアに頼んだら起動したよ」


「そうですか。やはり、行政官に渡して正解でした。それはそうと、カンナちゃんからの報告書がずいぶん杜撰なものになっているのですが、何か知りませんか?」

「なんだろう、思い当たらないな」

「あの子は厳格な性格をしているので、今まではそんなこと一度もなかったんですけど、報告書に書かれてる行政官はずいぶんと主観的に書かれてるんですよ?」

「主観的?」

「今日は何回わたしと話してくれた、とか、今日は何回目が合った、とか」


 それってストーカーなんじゃ……出かかった言葉を既のところで飲み込んだ。のに、


「まるでストーカーみたいだと思いません?」


 せっかく私が我慢したのに、マリアが口に出してしまった。


「まあその、うん。そういうこともあるんじゃないかな?」

「業務日誌はしっかりしているのに、行政官のことだけこうなるなんておかしいですよね? ここまで性格が変わるなんて、何かがあったとしか思えません。例えば、そう――」


 ――ラクトゥスとか。


 ギクギク。思い切り図星を突かれた私は、しどろもどろになりながら事情を説明する。


「なるほど。カンナちゃん一人で対処できないシャドウを倒すためにラクトゥスした、と」

「実はその後クレハともしてたりして……」


 そう白状すると、マリアは大きなため息をついた。


「まさかここまで手が早いとは……こんなことなら初日にしっかり説明するべきでしたね」

「まあその、結果的にそうだったね……」

「二人は納得しているんですか?」

「たぶん?」


「ならいいのですが。ちゃんと考えてラクトゥスしないと、その内刺されちゃいますよ?」

「肝に銘じます……」

「でも困りました。そうなると、カンナちゃんからの報告書は使い物にならなくなっちゃいました……」


「報告書ってどんなのなの?」

「業務日誌と言い換えてもいいですね。その日行った業務をまとめる感じです」

「それくらいなら私が書いて出すよ。提出は月初めでいい?」

「構いません。一応、レドの権力が増えすぎないよう監視する意味もあるので、なるべく詳細に書いていただけると助かります」


「了解。それと、いい機会だから聞きたいんだけど、遺跡発掘の依頼、あれどういう意味?」

「どういう意味、とは?」

「そのままかな。ただの遺跡の発掘なら、私が行く必要はないはずだし、地図を見たけど、研究施設っぽい廃墟があるだけだよね? あそこには何があるの?」

「ごめんなさい。私の口からは説明できないんです」


 引っかかる言い方だった。連邦生徒会長とは、いわばエピフィルムを統べる最高権力者だ。


 その彼女が説明できないということは、安直に考えると彼女の上に誰かがいるということになってしまうし、そうでなくても何か理由があるということになる。


「そっか。ひとまず了解。そしたら、私はそれなりの戦力を整えてから向かった方がいい感じかな? それも言えない?」

「すみません……」

「わかったよ。マリアにも何か事情があるんだろうし、気に病む必要はないからね」

「そう言ってもらえると助かります」

「連邦生徒会長もなかなか大変だね」


「ストレスが多い役職ではありますね。取り調べも終わったみたいですし、私は行きますね」

「うん、わざわざありがとね。今度時間があったらご飯でも食べに行こう」

「そうですね。いいお店を知っているので、その時は予約しておきます」

「いいね! 楽しみにしておくよ。それじゃ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様です」


 マリアが退室していった。それからややあって、今度は取り調べを終えたクレハが入室してきた。


「お待たせしました」

「お疲れ様、クレハ。途中までしか聞けてなかったんだけど、取り調べは大丈夫だった?」

「ええ。業腹ですが、連邦生徒会長が手を回していたようですので。当たり障りのない会話で終わりました」

「そっか。それじゃ、夕飯の食材を買って帰ろうか」

「夕飯はわたくしが作りますね。何が食べたいですか?」

「そうだなあ――」


 オムライスが食べたいかな。


 多くの幸せは求めない。ここまでも、これからも、日々の小さな幸せを幸せと認識できるちょうどいい生活を送りたい。

 だけど、運命の神様がいるのだとしたら、彼は、私達には優しくなかった。

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