第8話
「もしもしクレハ? ちょっと困ったことになっていてね、手を貸してほしいんだ」
『貴方様のためならなんでも致しますよ?』
「それは嬉しいな。今アウスレーゼにいるんだけど、今日中に来ることってできる?」
『今すぐ行きます。そこでお待ちください』
それだけ言って電話は切られてしまった。
「そこで待っててって言われてもな……」
今クレハはどこにいるんだろう。まさかアウスレーゼにいるなんて――。
「貴方様……」
ゾクッとした。完全に油断していた私の耳元に吐息たっぷりにそう囁かれた私は飛び上がってしまった。
「……今日はよく驚かされる日だなあ」
「ふふ、ごめんなさい。貴方様があんまり油断されていたので、ついイジワルしたくなってしまいました」
「ずいぶん早かったけど、まさか私の後をつけていたの?」
「このクレハ、常に貴方様のお側にいますよ?」
それってストーカーなんじゃ……怖くなった私は話題を変えることにした。
「単刀直入に言うよ。巨大シャドウが発生しているみたいでね、現状の戦力だと倒すのが厳しい。クレハの力を借りれないかな?」
「貴方様のためならなんでも……と言いたいところですが、お願いがございます」
「ラクトゥスかい?」
「はい。それともう一つ、これはわがままになってしまうのですが……」
「可愛い学生のお願いだ。なんでも言ってごらん?」
「わたくしとデートをしてほしいのです」
「デート、かい?」
それはまた……職員が学生とデートをしてしまうというのは、対外的によろしくないだろう。しかし、
「だめ、でしょうか……?」
勇気を出して言ってくれたのだろう。そんな潤んだ瞳でお願いされては、答えなど決まっている。
「いいよ。しよっか、デート」
「本当に、いいのですか?」
「うん。でも、急な話だからデートコースとか決められてないけど大丈夫? アウスレーゼには初めて来たから土地勘もないし……」
「構いません! 貴方様とご一緒ならどこでも楽しみます!」
「あはは、そっか。じゃあ、実はお昼ごはんまだ食べてないから、まずはどこかご飯を食べられるところに行かない?」
「それでしたら、近くに夜光虫というダイニングバーがあるようなので、そこはいかがですか?」
「いいね、案内してもらえる?」
「はい、こちらです。その前にその、腕を組んでもよろしいですか?」
いじらしくも、もじもじとしながらこちらの反応を伺うクレハに、笑顔で腕を差し出す。すると、彼女は「失礼します」と言って私のものに腕を絡ませてきた。
腕に彼女の柔らかな感触が押し付けられる。まあ、これくらいは役得ということで納得しておこう。下手に指摘するのも変な話だし。
「貴方様とこんなことができるなんて、夢のようです……」
異様なまでに彼女の私に対する好感度は高いようだが、なぜなのだろうか。
まさか一目惚れというわけでもないだろうし、知らないところで、何か彼女の好感度を上げる行為をしていたのだろうか。謎だ。
「美味しかったね」
「はい、とても美味しかったです。けど、ごちそうになってしまってよかったのですか?」
「もちろん。デートなんだから、それくらいは払わせてもらわないとね」
「そうは言っても……」
「いいんだよ、私が好きでやってることだからね。それより、次はどこに行こうか? まだ時間に余裕はあるからもう一軒くらいなら回れるよ?」
「あ、でしたら、行ってみたいお店があるんです」
そう言われて連れてこられた場所は、
「ペアリング工房……なかなかドンピシャなお店だねえ」
「貴方様との目に見える繋がりが欲しくて……お嫌でしたか?」
「ううん、今日はデートだからね。思い出作りにはいいんじゃないかな?」
「そう言っていただけると思っていました! でしたら、このリングの裏にお互いの名前を彫るコースにいたしましょう」
職人さんに必要事項を伝えて、出来上がるまでの時間、私達はカフェで時間を潰すことにした。
取り留めのない話しをしていたら、気がつくと時刻はそろそろ夕方5時に差し掛かろうとしていた。
まずいな、そろそろカンナに連絡を入れないと。そう思い、エピトークを見ると、カンナからの連絡が5件も溜まっていた。
「ごめんクレハ、ちょっと連絡してきてもいいかな?」
「わたくしとデートしているのに他の女に連絡ですか?」
「ごめんね。でも、連絡入れないとカンナが心配しちゃうから」
「いけず」
「すぐ終わらせるから!」
そう言ってダッシュで店外に出た私はカンナに電話をした。すると、開口一番、
「行政官! 今どこにいるのですか?」
と怒られてしまった。
「ごめんね。今協力者と会ってるんだけど、まだ長引きそうなんだ。そっちの様子はどう?」
「そろそろシャドウが出現し始める時間帯です。すでに自警団が会場周辺に集まってその時に備えてます」
「そっか。そうすると、私は協力者の子と一緒に直接現場に向かうから、カンナは自警団の子達の手伝いをしてあげて」
「何言ってるんですか、私は行政官の護衛ですよ? そんなことはできません!」
「そこをなんとか! 帰ったら美味しいパフェをごちそうしてあげるから!」
「食べ物で私が釣られると――」
「じゃ、そういうことだから!」
強引に電話を切ってお店に戻ろうとしたら、
「捕まえた♡」
後ろからクレハに抱きしめられた。
「ク、クレハ? お店にいたんじゃ」
「あんまりにも戻ってくるのが遅いので出てきちゃいました」
外に出てから5分も経っていない気がするが、女性を待たせてしまったのは事実だ。ここは素直に謝罪しておくのが吉だろう。
「そっか、ごめんね。支払いは?」
「もう済ませてしまいました。それにそろそろ指輪の方も出来ている頃です。工房に向かいましょ?」
時計を確認すると、確かに指定時刻に近づいていた。ここから歩いて向かえばちょうどいい時間になるだろう。
小一時間ほど前にも訪れた工房に行くと、ペアリングが完成していた。
職人から差し出されたそれを、クレハは迷うことなく薬指にはめた。
「薬指にするんだね」
思わずそう言うと、
「貴方様とお揃いのものですもの、ここ以外にはめる指がありまして?」
と、さも当然のように言ってみせた。これには流石の私も動揺を隠せず、
「……前から気になってたんだけど、ずいぶん私に対する好感度が高いんだね?」
思わず口をついて出た疑問。しかしてそれは、彼女達の確信に迫るものだった。
「わたくし達は
どこか寂しそうに、一方で純然たる事実として放たれたそれに私は、
「それはどういう――」
問いかけはしかし、問いかけになる前に彼女が私の口に指をかざしてしまったことで封じられてしまった。
「今はまだ、それ以上はお教えすることはできません」
私達〝外〟の人間とは明らかに異なる生態を持つ、彼女達〝中〟のヒト。
疑問は潰えることはなかったが、それ以上に、私は私の学生から「まだ」と言われてしまった以上、その時を待つしかないのだろう。
全てを知る必要があるのは、彼女の言う通り、「今」ではないのだ。
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