第7話
レドの業務開始時間は意外にも夕方14時からと遅い。表向きは学生達が騒動を起こすのは主に放課後だから、という理由からだ。
しかし、本当の理由はシャドウ関連の騒動を解決するためにはどうしてもシャドウの活動が活発化する0時から深夜2時の間、窓口を開いている必要があるからである。
かといって、午前中惰眠を貪ることができるかというそういうわけでもない。理由は、
「眠い……書類が山のように溜まってる……」
そう、午前中は昨日の分の書類仕事をする必要があるのだ。
エピフィルムに来てからはや一週間が経過しようとしていた今日この頃だったが、私は未だにレドの行政官としての生活リズムに慣れることができずにいた。
「わたしも手伝いますから、もう少し頑張りましょう」
優しいカンナが眠気覚ましにと、私のテーブルにコーヒーを置いてくれた。それも、私好みにだだ甘くしたコーヒー。ありがたいことだ。
「カンナ達はよくこの睡眠時間で動けるねえ」
「わたし達はあまり睡眠を必要としませんから。一応、行政官は〝外〟の人間ですので昼寝の時間は用意されていますが……」
「この書類の山を見たらとても昼寝しようって気にはならないよね」
「心中お察しします」
「これは一刻も早くレドの職員を増やす必要があるなあ。せめて書類仕事だけでもやってくれる人がほしい。切実に」
「そうですね。流石に二人ではさばききれない量ですから。暇を見てスカウトにでも行きましょうか」
「ぜひそうしよう。じゃなきゃ睡眠不足で死んでしまう」
そうなのだ。深夜2時まで窓口が開いているということは、結局ベッドに入れるのは日が昇ってから、かと思ったらすぐに起きて書類仕事。まるで吸血鬼にでもなった気分だ。
「んー、なんで落とし物の捜索依頼まで私のところに来てるんだ? 担当はE・P・Dだよ」
ピラピラと急ぎの案件がないかだけ書類を見ていると、気になるものが一つあった。
可愛らしいピンクの便箋に入っていたそれには、依頼者の直筆で困窮についてが切実に書かれていた。
「アウスレーゼトレードスクールでお祭りがあるみたいだね」
「そうですね。決算が近づくと、アウスレーゼでは毎回学生達が露店を出店するなどしてお祭りを行っています。アウスレーゼフェスというのですが、祭りの出店手伝いの依頼ですか?」
「だったらよかったんだけどねえ」
目を通し終えた便箋をカンナに渡す。彼女は当初、常のすまし顔でそれを眺めていたが、読み進めるにつれ眉をしかめた。
「出店会場にシャドウが発生している、ですか……穏やかじゃないですね」
「どうもE・P・Dにもヘルプを入れたらしいんだけど、人手不足で満足のいく援軍が送られてないみたいだ」
「それでわたし達にお鉢が回ってきたということですか。はあ……わたし達だって人手が不足しているのは変わりないんですけどね」
「だからといって迷える子羊を無視はできないさ。セリア」
「はい、マスター!」
「今週挨拶に行ったところで、シャドウ討伐に手を貸せそうな部署をリストアップしてくれる?」
「かしこまりました!」
少しも待たずに、セリアがリストアップ先を見せてくれた。本当に、高性能なAIだ。
「この中だと……頼めそうなのはフェリスの治安維持部隊かな。ありがとう、セリア」
「また何かあったら命令してくださいね?」
「うん、助かったよ」
この一週間、暇を見て彼女と話してみたが、初めて会話した時に彼女が言ったように、ベツレヘムの星というタブレットはおおよそなんでも出来てしまうらしい。
今みたいに、簡単なお願い事から、試していないがハッキングなんかも単体でこなせてしまうようだ。本当にオーパーツというものは取り扱いに細心の注意を払う必要がある。
「フェリスに援軍を頼むのですか?」
「うん。一応私達も現地に行って手助けはするけど、たぶん根本的にマンパワーが足りてないんだと思うんだ」
「フェリスは貸し借りにうるさいですよ」
「そうなんだ。とはいえ、現状他にお願いできそうなところもないしねえ。まさかレイレードにお願いするわけにもいかないでしょ?」
「あそこはどことも仲が悪いですからね」
「そっかあ。まあでも、レドから正式に依頼するかどうかは実際に現地の状況を見てからでもいいかもね」
「わたしとしてはそちらをオススメします」
「了解。いーかげん書類仕事にも飽き飽きしていた頃だ。運動がてら、アウスレーゼに行こっか?」
問題解決に長期間かかる可能性を考慮し、数着の着替えを入れたスーツケース片手に特急列車に乗った私達は、アウスレーゼトレードスクールが収める自治区へと足を踏み入れていた。
マリア達の働くマテリアルタワーという飛び抜けて高いビルほどのものはないが、こちらもそれなりに高層ビルが立ち並んでいた。
「なんだか都会から都会に来たって感じだね」
「四大学園はどこも似たような作りですからね、そう思われても仕方ないかと」
「駅のホームに依頼者の子がいるって聞いてたけど、それっぽい子は見当たらないなあ」
お祭り実行委員会の子が依頼者ということで聞いていたが、駅のホームは人が多すぎて人探しをするのには向かない。
「待ち合わせ場所を指定するべきでしたね」
「そうだねえ。参ったな、電話でもしてみようかな」
なんて思っていると、こちらに駆け寄ってくるちびっ子がいた。
「お待たせしてもーしわけありません! レドの行政官さんたちですよね?」
「え、と、もしかして君が依頼者?」
「はい! あたしが依頼者の
人を見た目で判断してはいけないというが、この身長150センチに満たない少女が、まさか3回生で、しかもあんなにしっかりとした依頼書を作ったとは到底思えなかった。
そんな考えが面に出てしまっていたのか、
「あはは、疑っちゃいますよね? でも、あたしが依頼者で間違いないですよ?」
「あ、ごめんね。疑ってるわけじゃないだけど、驚いちゃって」
「だいじょぶですよ! よく子供に見間違われるんで慣れちゃいましたから」
「……本当にごめん」
「いーえ! そちらの方もレドの職員ですか?」
「臨時でレドに出向している綿貫カンナです。わたしは基本、行政官の護衛になりますので、お話は行政官に直接していただければと」
「オッケーです! それじゃ、ここじゃ落ち着いて話しもできませんし、あたしの会社に移動しましょっか」
私自身、自分はあまり驚かない質だと思っていたのだが、まさかこの短時間に2回も驚かされる事になるとは思わなかった。
「ここがルミカの会社なの?」
「はい! 自分で言うのもなんですが、良い物を取り扱ってますよ」
「すごいおっきいねえ」
子供じみた感想が出てしまうくらいには大きなビルの建物だった。10階建てくらいだろうか?
表札には名前が一つしか書かれていなかったので、このビル丸々彼女の会社なのだろう。だとしたら、やはり本当に大きい。
「たはは……なんか気がついたらこんなにおっきくなっちゃってて」
エントランスに入ると、受付の学生が「おかえりなさいませ、社長」と言ってルミカに向かって頭を下げた。
ルミカは受付で何事か話すと私達をビルの一室へと案内してくれた。
「落ち着かないですよね? ほんとはカフェかなんかで話せたらよかったんでしょうけど、内容が内容なのでご容赦ください」
「ううん、大丈夫だよ。それで依頼内容の確認だけど、お祭りにシャドウが発生していて困ってるってことでいいかな?」
「はい。弱っちいやつらだったらいつも通り自警団で対応できるんですけど、今回ちょっとあたし達の手には負えないおっきいのが出ちゃって……」
「なるほどね。おっきいってことだけど、そのシャドウはどのくらいのサイズなの?」
「そうですね、3階建てのアパートくらいの大きさです。しかもおっきいのにつられて小さいのもワラワラ湧くので本当に困ってるんですよ」
「それは困るね」
「そうなんです。そのせいで、みんなお祭りの準備をしてもそいつに壊されちゃうんでどうしたものかって感じなんです」
「出現地点は限られてるのかい?」
「それが、場所を変えてもどうしてかお祭りの会場に出現しちゃうんですよねえ」
「そっか。ならそいつを倒すしかないね。とはいえ、それだけ大きいとなると相応の戦力を用意する必要があるんだろうね。流石にカンナ一人じゃキツイよね?」
「わたしの能力は対多数に特化しているので、強力な単体相手ではあまり……」
「わかったよ。そうすると、やっぱり援軍を要請するべきだね。ちなみに、お祭りの開催はいつなんだい?」
「明日なんですよね……」
室内に重い沈黙が流れた。
どんなに最速で動いたとしても援軍の到着は明日以降となってしまうだろう。組織が組織を動かすというのはそういうことだ。
「ごめん、私がもっと早く依頼書に気づいていれば……!」
「あ、いえいえ! そんな、頭なんて下げないでくださいよ!」
「やれる限りのことをやると約束するよ。とりあえず、ルミカ達は通常通りお祭りの準備を進めておいて。私の方ですぐに来れそうな援軍を当たってみる」
「ほんとですか?」
「うん。それから、小さいシャドウ対策で自警団にも連絡をお願い」
「わかりました。確かに伝えておきます」
ルミカの会社を後にした私達は、とりあえず今晩の宿を探すためアウスレーゼのホテルを片っ端から訪れていた。しかし、祭りが近いせいか全然空きがなかった。
「参ったな、まさか宿まで見つからないとは」
「祭りが近いですから。それにしても、すぐに来れそうな援軍って誰のことですか?」
「うーん、それなんだけど、ここからちょっと別行動をさせてもらえないかな? 悪いんだけど、カンナ一人で宿を探しておいてほしいんだ」
「それは構いませんが、その、大丈夫ですか?」
「うん、夕方までには合流するようにするから」
「わかりました。宿が見つかりましたら連絡するようにします」
「うん、悪いね。お願い」
「いえ、それでは、また後で」
カンナを見送った私は、名刺入れに大切に仕舞っておいた一枚の名刺を取り出した。
桜色の可愛らしいそれに書かれた電話番号を入力すると、彼女はワンコールで電話にでた。
『はい、貴方様のクレハです』
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