第5話
施設の確認を終えた私達は、視察という名目で街に繰り出していた。
昼時ということもあり、街には昼食を求める学生達が多く歩いていた。
そんな中、私達も空腹を満たすために連邦生徒会の管轄区であるカラードで人気のお店に並んでいた。
「すごい人だね」
「そうですね。ここはランチが有名なので、昼時になるといつも混んでいるんです」
「へー。カンナも来たことがあるの?」
「一度だけですが」
「何を食べたの?」
「ハンバーグセットを食べた覚えがあります。鉄板で焼かれたハンバーグに玉ねぎのソースがかかっていて美味しかったですよ」
「それは美味しそうだね。他にはどんなメニューがあるの?」
カンナは私の問いに「そうですね……」と言い、所持していたスマホでメニューを調べてくれた。
「ハンバーガーセットやピザがオススメのようです」
「わざわざ調べてくれてありがとう」
「いえ。あ、店員が注文を聞きに来たようですよ。行政官は何にされるのですか?」
「私はハンバーグセットにしようかな。カンナは?」
「わたしはピザにしようかと思います」
「オッケー」
事前に注文を聞きにきた店員にハンバーグセットとピザを注文する。
並んでいる内から注文を聞きにくる辺り、流石は人気店といったところだ。
不必要にお客を待たせないようにしているのだろう。
そんなこんなで待つこと十数分、ようやく私達の番が回ってきた。
「いらっしゃいませー!」
窓際のボックス席に案内されて、そこから更に5分ほど待っていると、注文した食事が届いた。
「美味しそうだね」
鉄板の上でジュウジュウと肉汁を零しながら立派に自己主張をしているハンバーグと、見るからにとろけそうなピザだった。
「はい。いただきましょう」
「うん、いただきます」
ナイフで一口サイズに切ったハンバーグを口に放り込むと、まさに肉汁の濁流だった。
旨味が逃げない内にセットで付いてきた白米を放り込み咀嚼すると、もう口の中は楽園だった。
「これは……みんなが並んでまで食べる理由がわかる気がする」
「私のピザもとても美味しいです。久しぶりに来ましたが、ここの料理はどれも絶品ですね」
「よかったらカンナのも一枚食べさせてもらえる?」
「いいですよ。お好きなのをどうぞ」
「ありがとう……ん、チーズがすごい伸びるね」
先の方を噛み切ろうと思ったが、チーズがものすごい伸びたので慌ててフォークで巻き取った。これを綺麗に食べるのはある種の慣れが必要そうだ。
「ふふ、口元にチーズが付いていますよ」
「え、どこどこ?」
「ここです」
そう言ってカンナは私の口元についたチーズを指で取ってくれた。だけでなく、それを自らの口に運んでしまった。
「あらら、ありがとう」
「いえ。美味しいですか?」
「うん、とっても美味しいね。貰ってばかりじゃ悪いから、カンナもハンバーグ食べる?」
「そうですね。少しいただけますか?」
「ちょっと待ってね、今切るから」
一口サイズに切ったハンバーグをカンナの口元まで持っていく。
やや赤面しながらも、彼女はそれに口をつけた。
「その、ちょっと恥ずかしいですね」
「あはは、ごめんごめん。それにしても、本当にここの料理は美味しいね」
「店主が色々な自治区で経験を積んだようです」
「なるほどね。それでいろんな料理があるんだね」
先に挙げた料理以外にも、パスタやドリアなど〝外〟ではあまり見かけない料理の数々がメニューに書かれている。今度来た時はそれらを頼んでみるのもいいかもしれない。
「そういえば、夕方からの予定を聞いていませんでしたが、このまま街を散策されるお積もりですか?」
「少しだけ散策したら夕方は座学に充てようかなと思ってる。まだ〝中〟に来たばかりだから〝外〟との違いに慣れてないからね」
「了解しました。そうしますと、講師はわたしが務める形になりますね」
「うん。カンナには悪いけど、先生をしてくれると助かるかな?」
「いえ、そういうのも込みでの出向ですので、お気になさらず」
食事を終えた私達は、そのままカラードの街並みを楽しみレドへと帰宅した。
で、授業の時間となったのだが、
「先生、質問いいでしょうか?」
「はい、いいですよ」
「その眼鏡は伊達メガネですか?」
執務室に置かれていたホワイトボードの前に立つカンナは、どういうわけかメガネをかけていたのだ。
「これですか? 伊達です。その方が雰囲気が出るかと思いまして。外した方がいいですか?」
「似合ってるからそのままで!」
そう答えると、彼女の立派なケモノ耳が嬉しそうにピクピクと動いた。
「ふふ、了解しました」
赤縁のメガネは彼女の黄金色の髪色と良いバランスでコントラストが取れていて、なんとも知的な雰囲気を醸し出していた。
「さて、何から講義しましょうか」
「まずはシャドウ関連についてからお願いしようかな。一通りは頭に入れたつもりだけど、抜けがあるといけないから確認のつもりで」
「了解しました。シャドウとは、ご存知の通り我々の明確な敵です。ただ存在しているだけの無害なものから、昨日遭遇したような我々に危害を与える攻性と呼ばれるものまで多種多様に存在します」
「エピフィルムは〝外〟と比べて群を抜いてシャドウの数が多いよね」
「ええ。その昔、エピフィルムはシャドウの群生地だったようなので、その影響でしょう」
かつて群生地だったという言葉では片付けられないほどに〝外〟と比べて数が多すぎるが、追求したところでこれ以上の回答は得られないだろう。
「そもそも、シャドウとはその名の通り影から生まれる存在です。人々に害を与える人類の明確な敵として、僅かに残った過去の文献にもそのように記載があります」
「いつ、どこで、何が原因で発生したのかはわかってないんだもんね?」
「はい。確かなのは、彼らは人類に敵意を持ち、倒せるのはわたし達だけ、ということです」
「知識としては知っているけど、それも変な話だよね。昔の人はどうやってシャドウと渡り合っていたんだろう?」
「そこに触れるには、わたし達の存在について説明する必要がありますね」
カンナはホワイトボードに棒人間を3つ書いた。それぞれ、「シャドウ」、「人間」、「わたし達」と題されたものだ。
「基本的にシャドウに対して有効打を与えられるのはわたし達〝中〟の人間だけです。わかりやすくするためにここではエピフィルム人としますが、根本的にエピフィルム人と行政官達とでは身体のつくりが違うことがわかっています」
「そうだね。一番わかりやすいのは身体の頑丈さかな?」
「そうですね。わたし達は銃弾で打たれたところで痛いで済みますが、行政官はそうはいきません。そして、一番の大きな違いは――」
「ラクトゥス、だよね」
「その通りです。ラクトゥスは人間とわたし達エピフィルム人の間にのみ許された契です。だからこそ、わたし達は吸血鬼とも呼ばれることがあります」
「実は私、ラクトゥスについて詳しくは知らないんだけど、あれって潜在能力の開放以外にも何か意味があったりするの?」
そう聞くと、カンナは「え」と零して半ば放心状態のようになってしまった。
「あれ? カンナ? だいじょう――」
その時だった。外からサイレンの音が聞こえてきたのと同時に、私のスマホが着信を知らせたのは。
「あ、ちょっとごめんね……はい、もしもし?」
『お疲れ様です、月金です』
「ああ、マリアか。どうしたの……って聞くのは野暮かな? 外の喧騒を聞くに、良くないことがあったみたいだね?」
『はい。ちょっとマズイ事態でして』
「というと?」
『端的に言うと、テロが発生しています』
「それはマズイね。詳細について伺っても?」
『はい。以前、矯正局に収監されていた囚人が脱獄し、行方を追っていたのですがテロ組織を興して我々に反旗を翻した、というのが現状です』
「ということは、首謀者はわかってるんだ?」
『
昨日、マリアの執務室でエピフィルムの組織図を見せてもらった際に目に入った学園の名だったため、記憶に残っている。学園の規模としては相当に大きかったはずだ。
「首謀者は何か要求しているの?」
『連邦生徒会のみが所持している過去の文献の開示、及び一部オーパーツを要求しているようです』
「なるほどね。わざわざこのタイミングで私に電話してきたということは、何かお願いがあったんだよね?」
『はい……大変申し訳ないのですが、そちらにお貸ししているカンナちゃんを一時的に返していただけないかと。想像以上にテロの規模が広範囲で、治安維持部隊とE・P・Dだけでは手が回らない状況でして』
「わかったよ。カンナには私から伝えておく」
『それからもう一点。クレハちゃんの要求しているオーパーツには行政官にお渡ししているクラフトデバイスが含まれています。あそこのセキュリティならばそうそう突破されることはないと思いますので、行政官自身の安全のためにも事態が沈静化するまで地下での待機をお願いいたします』
「了解。何か手伝えることはなさそう?」
『事が事ですので、行政官には身を隠していただくのが最善かと』
「そっか。何かあればすぐに言ってね」
『はい。それでは、カンナちゃんによろしくお伝えください』
通話を終了し、外の様子を伺っていたらしいカンナに電話の内容を伝えた。すると、
「……正気ですか?」
至極真面目な顔でそう返されてしまった。
「敵はクラフトデバイスを狙っているのですよね? であれば、ここは当然敵の目的地になるわけです。行政官に危険が及ぶ可能性が高すぎます。承服しかねます!」
「うーん……そうは言ってもマリアにお願いされちゃったしなあ」
「今からでも断りの連絡を入れるべきです! 考え直してください!」
「でも、カンナも地下の隔壁は見たでしょ? あそこならきっと大丈夫だよ」
「それは……しかし……」
「大人しく地下に隠れているからさ、カンナは学生達を助けてきてあげてよ」
カンナは暫く私の安全とテロ鎮圧を天秤にかけていたようだったが、最終的に折れてくれた。
「……わかりました。すぐに戻ってきますので、何かあれば絶対に連絡してくださいね?」
「うん、わかったよ」
「それから、戻ったら講義の続きです」
今ここで言うことだろうか、と思ったが、とりあえず頷いておいた。
立派に出動していったカンナを見送った私は、助言通りエレベーターに乗り地下へと降りた。
生体認証をパスし、重たい隔壁のその向こう、クラフトデバイスのある部屋に入ると、
「……何もかも予定通りに進んで嬉しい限りです」
背後から厚底のブーツが地面を鳴らす音と共に声が聞こえてきた。
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