第63話 彼の事情・下……とその後

「そういえば、一つ聞いていいか?」

「ああ、なんだい?」

「あんたはなんでブルーカラーをやってるんだ?」


 俺は借金を返すために選択肢が無くて小津枝に使われる感じだった。

 だが、さっきの様子を見る限り、この二人はなんとなくそう言う感じじゃない。

 対等のパートナーって感じだ。


 一方で、ダンジョンの深層……20階層より下はかなりの危険地帯だ。

 例え強力な能力を持っていたとしても、余程の事情とかそういうのがないと、敢えて足を踏み入れる場所じゃない。

 それこそ単に稼ぐというだけなら、配信者でもやっている方が余程安全だし効率がいい。


「俺は元は普通に会社員をしてたんだ。

で、例の変な手紙をもらった後にあいつが訪ねてきてね。さっきのような大演説をぶたれた」


 阿嘉田が苦笑いする。

 なんとなく場面が目に浮かぶな。


「正直言って最初はドン引きしたがね。暫く聞いていてなんというか熱意にうたれた。それに実際会社員をやっていくより稼げそうだったしな。まあ、そんな感じで会社員を辞めて戦うことにした」

「なるほど」


「それと、俺もあいつと一緒に世界を変えてみたくなった。

難しいことは分からんが、次のバッテリーは相当に凄いらしいぞ」


 阿嘉田が言う。

 

「それに、あんたらのポーションも凄いだろ」

「そうらしいな」


 実際に、会社にアドレスにはポーションや火竜の息吹を使った薬で怪我が治ったことに関するお礼のメールが結構届いている。

 いくつか見せてもらったが、怪我でキャリアを諦めかけたスポーツ選手とか、事故に巻き込まれた子供が傷一つなく治った親とかそう言う人たちから感謝を見るのは、自分のしたことの意義を感じる瞬間だ。

 世界を変える……か。

 

「それになかなか稼げているのもありがたい。今は結構いい生活をさせて貰ってるよ」


 阿嘉田が言う。

 なんだかんだで金は重要だよな……借金のことを考える必要が無くなったのは気が楽だ。


「いずれにせよ、これからよろしく頼む。あんたには及ばないが精一杯がんばるよ」

「ああ、こちらこそ」


 阿嘉田が差し出してきた手を握る。

 これからはブラックドッグを狩ることになる訳か。


 ブラックドッグは20階層より下のモンスターだ。

 今までは15階層あたりでサラマンダーとかを狩りつつ蘭城さん達の稽古をつけている感じだったが、20階層より下は蘭城さんや長壁さんを連れていくにはまだ難しい場所だ。

 どうするか、こっちも考えないといけないかもな。



 ……3か月後。

 東京の岳田の本社のホール。


 会社の大きなロゴとエンブレムが掲げられたステージの上には、白い布を掛けられた車が三台並んでいた。

 ステージの前には500人ほどの人が詰めかけてステージ上に目を注いでいる。

 

 ステージが明るく照らされて、スーツ姿の男女が二人姿を現した。

 大きな歓声と拍手が上がる。


「抽選で選ばれた会場の幸運な皆さん、それにプレスの皆さま。今日は当社の新車発表会にようこそおいで下さいました」

「そして、オンラインでご覧の世界中の皆さま。お待ちかねでしょうから、私たちのまどろっこしい挨拶は抜きにしましょう。

どうぞ!ご覧ください!世界初のお披露目です。その名はスピカ」


 効果音とともにステージの上に置かれていた車に掛けられた白い布が外されて、現れたのは三台の車だ。

 姿勢の低いスポーツカー、流麗なスタイルのセダン、大型のSUV、それぞれの赤い塗装がスポットライトに照らされて輝く。


「事前のリリース通りこれらはいずれも新開発のバッテリーを搭載した電気自動車です」

「無充電で航続距離1500キロを達成。充電時間も5分でのフル充電を実現しました」

「また、大幅な軽量化と小型化にも成功。スピカは世界の電気自動車の歴史を変える一台になったと自負しております」

「スピカは一等星。一等星のように電気自動車、そして世界の環境を変える星になれという願いを込めました!」


 壇上のスーツ姿の男女が興奮気味に言って会場からどよめきが上がった。

 カメラのフラッシュが目が開けられないほどにまばゆく光る。


≪チート!!!≫

≪あり得ない!≫

≪性能跳ね上がり過ぎだろ≫

≪バッテリーは社外品らしいけど……どこが作ったんだ≫

≪その辺はプレスリリースには書いてないんだよな≫


≪俺は令和のこの時代にスポーツカーを作ってくれたことを評価する≫

≪クソ格好いい≫

≪だけどこのバッテリーが普及したら本格的にエンジンの居場所がなくなりそうで寂しいよ≫


≪つーか、アカデミアのポーションもだけど、なんかぶっ飛んだ新製品が出過ぎじゃないか?≫

≪確かに。魔法のアイテムかよ≫


≪ポーションの材料はドロップアイテム……なんていう話があったが。まさかこれも?≫

≪マジでダンジョンの中にレアアイテムでも落ちてるのか?≫

≪それはないだろ。ゲームじゃあるまいし≫


≪いや、俺もあり得ないと思うけどさ。でも、そのくらいにぶっ飛んでる性能だわ≫

≪とはいえ、さすがにこれにはニンジャマスターは関わってないだろ≫

≪ほかにもああいうのがいるのかね≫


≪ニンジャマスター、あの蓬田の動画以降はやっぱり音沙汰がないんだよな≫

≪動画とか配信してほしいわ。何度も言ったが≫

≪あの平安美女はなんだったんだ≫


≪まてまて話がズレている。車の話しようや≫

≪ニンジャマスターのお陰かどうかは分からんが、このカタログスペックを本当に発揮してくれるなら中身が何でもいい≫

≪見てる場合じゃねぇ。とりあえずディーラーで予約してくる≫

≪この性能がマジなら売れないわけがない≫

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