第62話 彼の事情・上
「このバッテリーはすでに販売先が決まってます。まずは八角技研に岳田、大手の自動車メーカーに販売します。
そうすれば電気自動車は革命の時を迎えるだろう。これが世界を変える第一歩になる」
星野がまた力強く言って、阿嘉田が苦笑いしてそれを見る。
ただ、あまり目立ち過ぎない方がいいとも思うが。
あの連中……名前すら知らないが……に俺達と同じように目を付けられないとも限らない。
ただ、この件については警告を出しても藪蛇になりそうでなかなか難しい。
それに、言っても止めそうにはないな。
「そんなすごいものを作って……そう、妨害とかは入りませんか?」
小津枝が言葉を択ぶように言う。同じことを気にしていたらしい。
「新しいものを始めるときには妨害が入るのはやむなし!
だがそれにひるんでいては世界を変えることなどできません!」
星野が言う……相変わらずテンションが高い
「それに、アカデミアのポーションも同じでしょう。
ひとたび世に出てその素晴らしさが認められば、何者もそれを止めることなどできはしない。だからこそ、まずは出してしまうことが大事だ
わが社の新製品はすべての分野に革命をもたらす!誰もそれを止めることはできない!」
◆
契約を纏める、と言う話になって、小津枝と熱いテンションで語っていた星野が部屋を出ていった。
応接間の中に静けさが戻ってドア越しの社員の声が聞こえてくる。
コーヒーの匂いがほんのりと会議室に漂った。
「改めて初めまして。ニンジャマスター、草ヶ部さん。動画は何度も見ました。ドラゴンを倒せるブルーカラーに会えて光栄です」
さっきまでの星野との話し方は気さくな感じだったが、一転して丁寧な口調で阿嘉田が言う。
「こちらこそ、はじめまして。同業に会えて嬉しい……あと敬語は止めないか?」
多分阿嘉田の方が年上っぽいというのもあるが……ダンジョンの中で共闘でもしない限り、ブルーカラー同士は接点がない。
柴田もそうだが、貴重な同業者だ。
「ああ……わかりまし、いや、わかったよ」
「早速一つ聞きたいんだが、あんたたちも、その……手紙をもらったのか?」
「ああ、そうで……そうだ」
こいつなら聞いてもよさそうだから直球で聞いてみたが、あっさりと肯定の返事が返ってきた。
どうやら似たようなことは他でも起きているらしい。
「差出人は?」
「分からない。書いていなかった」
阿嘉田が言う。やはりこの辺は謎らしい。
この世の中に闇の組織はいくつあるんだか。
「ところであんたの能力はどんなのなんだ?」
なんか能力を聞くのは相手の秘密を聞き出すようで気が引ける。
柴田みたいにたまたま共闘すると実戦の中で嫌でも分かるが。
ただ、今後一緒に戦うことを考えれば知っておきたい。
「小型の魔力の爆弾を作る能力だ。こんな感じだな」
そう言って阿嘉田がスマホを見せてくれた。ドローンから撮ったらしき動画が再生される。
画面の中でヘルメットに黒い革のライダースーツを着た阿嘉田が映った。
俺はニンジャなどと言われるが、こいつはバイク乗りのようだ。
とはいえ、魔法の防具とか防御魔法や回復魔法なんて便利なものはないし、生き残るためには格好なんて気にしてはいられない。
そもそもブルーカラーの戦いを見る奴なんていないから、格好を付けても意味がない。
動画では、狭いダンジョンの回廊を小さな爆発が埋め尽くしたり、追って来たモンスターの足元で地雷のように爆発が起きる映像が流れた。
見た感じ攻撃精度は高そうだし、広範囲を爆発に巻き込めるのは便利そうだが……
「ブラックドッグを倒すのは威力的にちょっとな……あんたには遠く及ばないよ。俺は23階層が限界だ。それより下は怖くて行けない」
「なるほど」
ブラックドッグは何度か戦ったが稲妻に変化して高速移動する上にかなりタフだ。
瞬間的に大きなダメージを与えないと倒せない。
動画を見た感じ一撃の威力はそこまででもないように見える。これだとブラックドッグは倒しにくいだろうな。
一方、広域を巻き込めるこの能力は中層で狩りをするときには便利だろう。
「大変な仕事を押し付けるようで申し訳ないが……」
「いや、それは別にいいよ。ところで、動画を撮ってるってことは……配信者も兼任してるのか?」
「おいおい……勘弁してくれ。これは今回の商談のためのアピール用に星野に撮らされたんだよ。交渉になった時にどんな能力か分かるようにってね」
「なるほどな」
「あんたじゃあるまいし……こんなゴツいオッサンに需要があると思うか?」
坊主頭の厳つい顔を自分で指さしながら阿嘉田が言う。
まあ、普通はイケメン美女を見ている方がいいだろうとは思う。
俺はいろんな経緯があってたまたまバズってしまったが、見た目は怪しい覆面のオッサンだしな。
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