第54話 ある動画の閲覧の場(とある部屋でのやりとりSIDE)

 今日も少し遅れた……



『そんな……なぜ』


 愕然としたという感じの声がスピーカーから聞こえて画面が大きく揺らいだ。

 視点の角度が変わって、正面にいた黒装束の男の姿がフレームアウトする。

 

 代わりに赤い血に濡れた地面が近づいてきた。鈍い音がして画面が暗転する。

 そこで動画が停止した。



 スクリーンに映されていた動画が消えて、広い部屋に静寂が戻る。

 薄暗い部屋には大きな長机と豪華な9脚の椅子が置かれ、それぞれに顔の一部を隠す黒い布の覆面を付けた男女が座っていた。


 それぞれが着ている服は薄暗い中でも上質なものであることが分かる。

 壁に飾られた大きな墨絵も、価値のあるものであることは見る者が見れば分かるだろう。

 

「全員、資料には目を通してきたかね」


 大きなテーブルの上座に座っていた恰幅の良い男がおもむろに口を開く。


「勿論」

「鈴木が倒されるとは思いませんでした」

「予想よりはるかに手ごわかったですな」


「鈴木は優秀ではありましたが、いささか自信過剰でしたし……今回はしゃべり過ぎた」

「切るのは当然でした。所詮は下賤の出身の成り上がり者でしたね」


 それぞれがスクリーンを横目で見つつ口々に言う。

 口調には嘲りの色が露骨に表れていた。


「しかし新参者にここまでのものが育っているとはな」

採掘者ブルーカラー……だったか」


「ところで、彼……草ヶ部の処遇は?」

「この動画の編集次第ではどうとでもなると思います。殺人者として社会的に抹殺も可能かと」


 一人が言って、全員が上座の男を見た。


「いや……今は止めておくべきだ。この男一人を陥れることは難しくないが、今は騒ぎが大きくなることは得策ではない」

 

「御意に」

「では冬夜商事の件はどうしますか?」

「いったん保留せよ。新薬の販売は延期する」


 上座の男が言って、質問した男が一礼した。


「それにやつらに蘭城家がついているのも厄介だな」

「蘭城家か……」

「よもや此処でかかわってくるとはな……これも因縁か」


 一人がつぶやいて、部屋に沈黙が降りる。


「とりあえず動画を解析に回し、詳細に戦力の分析を行うように」

「焔と風を操る刀と、あの空中を飛び回る小太刀ですか」

「意思のある刀を三本を使いこなすとは……そんなものが我ら以外にいるとは思いませんでしたな」


「彼らのこちらへの取り込みは行いますか?」


 一人が問いかける。


「それは慎重に検討されるべきだ。我々の中に組み入れるものは、高い人格と優れた知性、そしてなにより正しい思想を持つ者に限られる。

強ければいいというわけではないのだ。それを忘れてはならん」


 上座の男が躊躇なく言って全員が頷いた。


「ところで、黯蔭ヘイインはどうなった?」

「あれには、主に忠誠をつくせ、主が死すれば殉死せよと吹き込んでありますからな。仮に草ヶ部が手にしたとしても、服従を拒否して折られているかと」

「しかし、あの草ヶ部とやらは随分甘っちょろい奴のようですし……無傷でダンジョンの奥に取り残されている可能性もありますぞ」


「明日にでも人をやって調査を行います」

「もし残っていたとしたら……とんだ愚か者ですな」


 一人が言う。

 周りから小馬鹿にするような小さな笑い声が漏れた。


「それはあり得ますね」

「あの、それが……」


 一人が気まずそうに口をはさんだ。


「どうした?」

「あの後、あの草ヶ部という男は何人かの動画に撮られているのですが、どうも黯蔭ヘイインを地上まで持ち出したようで……」

「それはちょうどいいではないか。わざわざ人を出すまでもないとは」

  

「どうも……黯蔭ヘイインは、どうやら草ヶ部に従った節が……」


 その男が言って笑い声が止んだ。


「なん……だと?」

「殉死するという風に仕向けたのではないのか?」

「そのはずでしたが……なぜこうなったのか」


 心底不思議そうにその男が言う。

 全員の批難するような視線が集中して、気まずそうに顔をそむけた。


「痛恨ではあるが……起こってしまったことは致し方ない。対応することが肝要だ」


 上座の男が言って全員がその男の方を見た。


「アカデミアと同様に、他の採掘者ブルーカラーへの監視は引き続き継続します」

「それと、アカツキの動向の監視も厳にせよ。これ以上接触されると厄介だ」


「では諸君。下賤なるものに我らの領域を侵されることなきように努めよ」

「はい」

 

 全員が上座の男に敬意を表すように深く頭を下げた。



 続きは明日に更新します。

 4章の最後まではあと3話の予定です。


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