第50話 世界の深淵
鈴木の刀身から真っ黒い塊が伸びてきた。
黒い塊に裂け目ができて、大蛇かドラゴンのような口が開く。
赤みを帯びた牙が光るのが見えた。
のしかかるように洞穴のような口が迫ってくる。こういう能力か。
横に飛びざまに、脇に挿した小鴉丸を引き抜いて投げる。
「行け!鴉!」
『承知!』
鴉が弧を描いて空中を飛ぶ。
鈴木がバックステップして躱そうとするが、それを読んでいたかのように鴉の軌道が変わった。
まっすぐに胴に鴉が突き刺さる……が硬い音と同時に火花が散った。
鴉が弾き飛ばされて空中を舞う
「戻れ、鴉」
声を掛けると空中で姿勢を整えた鴉が俺の手の中に戻ってきた。
鴉の突きが通らないとは……あの軍服は普通の布じゃない……どころかちょっとした装甲板なみの硬さだな。
そしてついさっきまでいたところにはえぐられたような噛み跡の穴が開いていた。
威力は高い……というか、防刃の服ぐらいじゃまったく無意味だろうな。
「空中を自在に飛ぶ小太刀か。なかなか面白い武器だ。だが俺には通じんよ」
鈴木が勝ち誇ったように言う。
「
『
鴉の怒った声が聞こえるが、まあそれはいいとして。
「ならこれでどうだ。
『任せよ!』
眼前から炎の帯がほとばしるが、突然鈴木の前の影が盛り上がって巨大な口が開いた。
炎がそいつの口に吸い込まれて消える。炎を飲み込むとか、こんな能力もあるのか
「炎を操る程度で勝てると思うのか?ドラゴンを切る程度ならともかく私は倒せんよ。
ついでに教えてやろう。私の体はスライムのドロップアイテムで強化されている。
その刀に刺されても炎に焼かれても死ぬことはない」
鈴木が言うが……スライムのドロップアイテムなるものも俺は知らない。
スライムは何度か見たことがあるが、そんな効果があるのか。
「お前らはダンジョンの事を知っていた……というより昔からあるのか、これ」
「……なぜそう思うんだ?」
「お前らの行動は余りにも早すぎる」
ダンジョンが現れ、小津枝が手紙とやらを貰ってその能力のことを知り、俺と会った。
そして、俺がダンジョンの中で戦えるようになり、色々と試行錯誤をして小津枝が火竜の息吹を使った薬を生み出すまでに約1年強。
色々とあって今に至るし、アカデミアはデカい企業になったが、それでも組織としてはまだ俺と小津枝と柴田の個人商店みたいなもんだ。
こいつらが動かせる莫大な金やドロップアイテムを使った道具を考えれば……ダンジョンが現れる以前からその存在を知っていたと考える方が筋が通る。
もっと前からダンジョンはあったんだろうか。世界の俺達が見えない深淵に。
鈴木が僅かに表情を変えて沈黙した。
「……察しがいいな。だからこそお前は早死にする。アカデミアには消えてもらう」
鈴木が言う。
ダンジョンの中のことは知られたくないってことらしい。
「ニンジャマスターなどと目立たずに地の底ではいずり回っていればよかったのにな。
アカデミアも目立たない小商いをしていればよかったのに、妙にはしゃぎまわるからこうなる」
「これはいつ頃からあるんだ、ダンジョンってやつは」
こいつらは昔からダンジョンの中のドロップアイテムを利用してきたんだろうか。
鈴木が薄笑いを浮かべて俺の問いを無視した。
「お前たちはなんなんだ?冬夜商事とか……」
聞いては見たが、鈴木が俺の話を遮るように剣を一振りした。
「今から死ぬお前が知る必要はない。最後の機会だ。土下座して私にした非礼を詫びろ。
そうすれば楽に死なせてやる。お前の血で我が剣を汚したくないのでな」
「冥途の土産はくれないのか」
鈴木が言う……これ以上は話す気は無さそうだな。
調子に乗ってもう少ししゃべってくれるとよかったんだが、まあいい。ある程度のことは分かった。
「実はお前がこっちとしても来てくれて助かった。
本気で戦うときは周りに誰もいないほうがいいんでね」
今まで自分の周りに人がいる状況で戦うことはなかったから、周囲への配慮なんて考える必要はなかったが。
蘭城さんたちがいるときだとガチでは戦えない。ドローンもだ。
「お前の戦いは見たといっただろう。さっきのを見てもわからないのか?お前の能力は私にははるかに及ばない」
「動画って、ドラゴンと戦った時のあれか?あれが本気だと思ってたのか?
俺たち
行くぞ、天目、
『久しぶりに加減なしでやれるのう』
「鴉、任せるぞ、好きに飛べ」
『尋常の立ち合いに、情けは無用!主様、承知仕った!』
投げ上げた鴉の姿が薄暗い中に溶け込むように消えた。
『参るぞ、天目よ、後れを取るな』
『あんたねぇ、誰に言ってんのさあ』
『煉獄の焔を味わうがいい。その帷子ごと骨まで残さず焼いてくれようぞ』
いつもの赤い炎とは違う、青白い炎が周りに浮かんだ。
◆
続きは明日に更新します。
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