第45話 蘭城さんとの外出
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
あのやりとりがあった週末の土曜日。
土日は蘭城さんも長壁さんも学校とかが休みだから、普段ならダンジョンの中で狩りをしつつトレーニングのはずだったが。
たまには二人きりで会いたい、という話になって、今日は二人で会うことになった。
そして、それじゃああたしも、ということになって、長壁さんとも二人きりで会う約束をさせられている。
……問題山積みなのにこんなことをしていいのかって気もするが。
空は青く晴れているが、10月の適度に涼しい気温が心地いい。
待ち合わせ場所の新宿の百貨店に壁にはアカデミアとポーションのバカでかい宣伝の幕が貼られていた。
「草ヶ部様、とてもお似合いです」
蘭城さんが俺を見て言う。
今日は似合いもしないスーツなんてものを着て、伊達眼鏡までかけさせられている。
普段は動きやすいトレーニングウェアとかがほとんどだから、スーツは何とも違和感がある。
眼鏡も目や耳に触れる感覚がどうも馴染めない。
「こんなことして意味あるか?」
「草ヶ部様は有名人ですから」
蘭城さんが言うが……俺が直接顔を撮られたのはダンテとの戦闘時だけだ。
さっきまでもここで待っていたが、俺の方を特に気にする奴はいなかった。
顔が売れているというなら蘭城さんの方が余程だと思う。
というか、俺に一番注目が集まったのは蘭城さんが俺に声をかけて来た時だぞ。
周りからいくつか舌打ちが聞こえたのは聞かなかったことにした。
「私は如何でしょうか、草ヶ部様?」
「ああ、普段と随分イメージが違うな」
「頭の上から爪先まて、全部草ヶ部様のためですわ。なので、そう言ってもらえると嬉しいです」
蘭城さんも今日はだいぶ雰囲気が違う。
最近はダンジョンの中での袴姿の和風イメージが強かったが、今日は薄い赤色のワンピース姿だ。
華奢な腰に巻かれた白い飾り帯がエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
普段は邪魔にならないように後ろで止められてる長い髪は、今日は首の後ろで緩く結ばれているだけだ。
風に揺れる髪が細い体に絡むようになびいている
ていうか、まさしくお嬢様って感じだな。
とはいえ、なんか一緒に戦っていると忘れそうになるが……文字通りお嬢様ではある。
お互い普段とはかなり違う格好だが……さすがに気にし過ぎな気もする。
昼の新宿は人で溢れていて、こっちを気にしている奴がいるとは思えない。
「こういうの、秘密のお出かけみたいでいいと思われませんか?ローマの休日みたいです」
「よくそんな古い映画知ってるな」
「とてもロマンチックで素敵な映画だと思いますわ。では参りましょう」
◆
少し歩いたところで、交差する道の信号が赤色に変わった。
隣で足を止めた蘭城さんが俺の方を見る。
「草ヶ部様……腕を出していただけないでしょうか」
「腕?」
「そう。こんなふうに」
腰に手を当てるような感じで蘭城さんが右手を曲げる仕草をした。
同じように右手をまげて腰に手を当てる。
何なんだ、と思ったけど、蘭城さんがきゅっと腕を絡めてきた。
あまりにも予期せぬ行動過ぎて思わず振りほどきそうになったが、辛うじてこらえる。
スーツの袖越しに暖かい体温が伝わって、柔らかい胸が当たる。
「あの……厚かましいお願いかもしれませんけど……草ヶ部様にエスコートして頂きたいです」
「……俺にそういう技能を求められても困るんだが」
蘭城さんが言うが……戦う以外のことを俺に求められても困るぞ。
気の利いたエスコートなんてできる気がしない。
スーツ姿のサラリーマンの人とか制服姿の高校生たちがじろじろと俺達を見て信号を渡る。
青信号なのに腕を組んで固まっている俺達はあまりに変に見えるだろうな。
「あの、草ヶ部様」
蘭城さんが促す……ここで固まっていても仕方ない。
横断歩道に踏み出すと、蘭城さんが腕を絡めたままついてきた。
「こんな風にして頂けて……とても嬉しいです」
蘭城さんが俺を見上げて嬉しそうにほほ笑む。
周りの視線が色々と痛いんだが……まあ嬉しそうならいいか。
しかし、30過ぎのオッサンと女の子が腕を組んでいる姿はなんというか周りの注目を集めまくってる気がするぞ。
ただ、横にいる蘭城さんは気にしている気配がない……俺が気にし過ぎなのだろうか
◆
その日はその後は蘭城さんの買い物に付き合って、少し早めに軽く夕食を食べた。
蘭城さんお勧めのイタリアンレストランは、少し量が物足りなかったが、味も雰囲気もとてもいい感じだった。
……俺がエスコートされてどうするって感じだが。
次は何か考えておくべきなのか。
その後は新宿駅で解散することになった。
なんでも木林が迎えに来てくれるらしい。
「じゃあ、また来週だな」
「あの……草ヶ部様」
蘭城さんが思いつめたような顔で口を開いた。
「私が20階層より下で戦えるようになったら……ご褒美を頂きたいです」
今の所、蘭城さんや長壁さんは20階層までしか連れて行っていない。
20階層から下はかなりモンスターが強くなる。俺一人ならどうとでもなるが、この二人は20階層以下はまだリスクが高い。
「褒美って?」
聞き返すと、蘭城さんが俯いた。
「あの……草ヶ部様からキスして頂きたいと……思います。私の方からするのは蘭城家の家訓に反するので……草ヶ部様から言って頂けると」
「あー……考えておくよ」
蘭城さんとは年が離れすぎていて、妹とかそれこそ娘とかそんな感覚だ。
俺には娘なんてものはいないんだが。
「ありがとうございます!必ずや20階層の壁を破って見せます」
そう言って蘭城さんが一礼してロータリーの方に歩み去っていった。
ハグぐらいならともかく……いろんな意味で良いのか、これは。
◆
続きは明日に更新します。
4章の最後までは毎日投稿するぞ……と自分に圧を掛ける。
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