第44話 ある会社からの横やり
熱海から帰って2週間ほどしたある日、小津枝から日曜日の突然呼び出しがかかった。
稽古をつけるということになっていた長壁さんと蘭城さんと一緒に会社に行ったら、深刻そうな顔をした小津枝が出迎えてくれた。
どうやら楽しい話題ではないらしい。
静かな会議室には遠くから倉庫での作業の音が聞こえてくる。
日曜日でも出荷作業とかはしているらしい。
「今日来てもらったのはこれについてだ」
小津枝が白い小さな箱を会議室のテーブルの上に置いた。
「なんだこれ?」
「メディック、なる名前で先週にリリースされた商品だ……疲労回復と傷の回復に効くらしい」
「……本当か?」
その効果は……要するにアカデミアで売っているポーションと全く同じ効果だ。
……正直言うとかなり驚きだ。
ポーションは類似商品やジェネリック製品を簡単に作れるような代物じゃない。
「効くのか?」
「一つ試してみたが、俺達のものほどではないがそれなりに効果はある」
小津枝が言う。
なるべく感情を表に出さないようにしているのは分かった。
「どこの会社の製品なのですか?」
「発売元は
蘭城さんの問いに小津枝が答える。
冬夜商事と言えば、だれでも知っている巨大企業だ。
「どういうことだと思う?」
「分らんが……この効果は間違いなく俺達と同じことをしていると考えていいだろう」
小津枝が言う。
確かに小津枝と同じ能力持ちが居ても不思議じゃないか……まさか同じことをする相手がこんなに早く現れるとは思わなかったが。
「ただ、値段が問題だ……なんとポーションの1/3」
「1/3だと?」
「そんな値段が可能なのですか?」
「ポーションに材料費はないからな、極論するなら俺とお前の取り分を今の1/10にすれば、この値段も可能ではある」
小津枝が言う。
「この値段でぶつけてくるということは……
「でも、商売が被っているわけじゃないのに……なぜそんなことをするのかな?」
蘭城さんがつぶやいて、長壁さんが不思議そうに言う。
「ポーションはヒット商品になりました。こういう風に売れることが確実ということが分かれば、安値攻勢でライバル社を根こそぎ潰して、その後値上げして荒稼ぎということも可能です。
冬夜商事くらいの資本力さえあればそういう無茶も出来る」
「そうですわね……確かに」
小津枝が言って、蘭城さんが頷いた。
そんなアコギな手はありなのか。
「効果は多少差はあるが、この値段で大量に売られたらうちとしてはかなり厳しいな」
「ただ……材料をどうやって確保しているのでしょうか」
蘭城さんが考え込むように言った。
「それです。もし私たちと同じことをしているというなら、中層でドロップアイテムを集めているものがいるはずなんです。そういう相手に遭遇していませんか?」
小津枝が聞いてくるが。
「いえ……覚えはありません」
「多分ないと思うぞ」
今は俺たちは主に八王子ダンジョンの15階層から20階層でドロップアイテムを集めている。
今の主力の獲物はヘルハウンドと
ここより深くなるとまだ蘭城さんや長壁さんが行くにはリスクがある。
いずれはこのあたりのモンスターのドロップアイテムの効果も調べてみたいとは思っているが。
どうやら
なので俺たちが今活動している場所で他人に遭遇することは殆どない。
もし他にドロップアイテムを集めるために戦闘をしている奴がいたら、戦闘音で分かるはずだ。
柴田のような特殊な戦闘スタイルでない限り、無音での戦闘は出来ない。
「ただ、他のダンジョンは分からん」
「だよな」
たまたま八王子を主力の狩場にしてはいるが、他のダンジョンでも同じモンスターが出ていても不思議じゃない。
日本にはかなりダンジョンがあるし、ダンジョンごとに違いもある。
それはつい最近熱海で知ることになった。
「そもそも、この薬がヘルハウンドや
「そういうのは分からないのか?」
「俺は精製はできるが、原料までは分からないんだよ」
小津枝が言う。
会議室に重い沈黙が降りた。
「いずれにせよ……冬夜商事の関係者と会ってくるつもりだ。
どういう意図があれ、これはビジネスであってモンスターとの戦闘じゃない。なんらかの交渉の余地はあるはずだ」
「俺達は今まで通りでいいよな。ドロップアイテムを集めておく」
「それで頼む。俺たちがポーションを作れなくなったら、それこそ交渉力が無くなってしまうからな」
小津枝が答える。
どんなことも何もかも順風満帆ってわけにはいかないか。
◆
続きは明日に更新します。
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