第47話 火曜日の来客
火曜日の朝9時ちょうどにマンションの呼び鈴が鳴った。
平日はダンジョンで狩りをして、土日は蘭城さん達のトレーニングと狩り、火曜は休みにしている。
一日ゆっくりしていようかと思っていたんだが。
俺の部屋をわざわざ訪ねてくる奴は余り思いつかない。
思いつくとしたらせいぜい木林くらいだが……何となく違う気がした。
「誰だ?」
一応用心してドアを開けると、立っていたのは30歳くらいの男だった。
中肉中背で紺色のスーツにえんじ色のネクタイ。左右に分けられた黒髪とメガネ。
なんとなくいかにもビジネスマンって風体の男だ。
顔立ちも整ってはいるがなんとなく特徴がない。そいつが一礼した。
「草ヶ部耀様ですね」
「ああ、そうだが」
「少し話をさせていただきたいのですが、上がらせていただいていいでしょうか?」
礼儀正しい口調だが、有無を言わさぬって雰囲気だ。
「コーヒーも出ないがいいか?」
「ええ、勿論構いません」
◆
「私たちはあなたのことを調べてあります。
草ヶ部耀様、ニンジャマスターなどとも呼ばれる……そう
自分で言うのもなんだがかなり古い粗末なテーブル、その向こう側に座ったそいつが言う。
机の上には名刺には鈴木太郎と書いてあるが……会社名も何も書いていない。
要するに正体を明かす気は無いということらしい。
この名刺に意味はあるんだろうか
「あなたに素晴らしい話を持ってきました」
そいつ……鈴木が机の上にスマホを置いた。
画面にはQRコードと数字が表示されている。
「30億円。これが私たちからのあなたへの評価です。アカデミアがあなたにつけた評価の50倍です」
「これでどうしろと?」
30億円とか言われても全く実感がわかない。
ゲームのスコアのような感じだ。
「これでアカデミアからの活動から手を引いてもらいたい」
◆
やけに静かな中で遠くの方から小さく車のエンジン音が聞こえてきた。
その言葉の意味を少し考えてみるが。
「手を引け、とは?」
「アカデミアを退職してください。
ニンジャマスターとしての活動については引退を宣言し、刀もこちらに引き渡していただきます。刀は我々が責任もってあるべき場所に返します」
鈴木が淡々とした口調で言う。
「その対価がこちらです。今後の人生を楽しく生きるのに十分な額かと思います。
これであなたの人生は上がりだ。もうダンジョンの奥で命がけの戦いをする必要もない。
可愛い二人の弟子の稽古をゆるゆるとつけるくらいは認めてもいい」
「アカデミアはどうなる?」
「アカデミアは潰れます。あなたや小津枝氏がどう頑張っても意味はない。
資金力の前には個人の能力は及びません」
鈴木が言葉を切って、部屋が静かになった。
「お前たちは一体何なんだ?……なにがしたいんだ?」
なんらかのアクションはあるかと思っていたが、ここまで早く直接的とは予想してなかった。
「世界は広く、あなたのような者の考えも及びもつかない領域があるのですよ」
「どういう意味だ?」
「あなたのような下々の者が知らない方がいい世界もある、ということです。これはあなたのために言っています」
鈴木が続ける。
「それに、あなたはアカデミアの小津枝には恨みが有るでしょう?
あなたを軽んじられてきた彼のために義理立てする必要はないはずだ」
鈴木が表情を変えないままに言う。
確かにあの思いあがっていた時の小津枝のことを思い出すと腹が立つことはあるが……
どうするかと一瞬考えたが……結論が出るのにさほど時間は要らなかった。
深呼吸して言葉を探す。
「まず、俺はあいつともう一度やっていくことにした。
そう決めた以上はグダグダ蒸し返して恨み事をいう気はない」
「大金を受け取って自分のために生きなさい。分をわきまえていればあなたの未来は明るい」
鈴木がまるで諭すように言うが
「今は俺は自分の道を好きに選んでいる。
蘭城さん達とのことも、アカデミアとのことも、俺が俺のために選んだことだ」
「しかし……」
「なにより、金で尻尾を振ると思われてるのが気に食わない。
お前のしていることは、あの時の小津枝と同じだ」
鈴木が顔をしかめて呆れたように首を小さく振った。
初めて感情を見せたな。
「悪いことは言いません。上手に生きなさい。
いい歳をして何を熱くなっているのですか……まさかポーションは人のためとか、アカデミアのためとか……そんな風に思っているんですか?」
「オッサンがマジになって悪いか?」
そもそも、下々の者とか、偉そうな態度をとられて言うことを聞く人間がいるのか。
こいつがどこのお偉いさんだかは知らないが、言葉に端々に人を見下してるのが滲み出ている
暫くの間があって、鈴木がスマホの画面を指で突いた。
画面が黒に戻る。
「今ここで断ればこの話は無かったことになります。後から気が変わったは通じませんが……後悔はしませんか?」
「お気遣い有難いが、後悔はしないから大丈夫だ。安心して帰ってくれていい」
「そうですか」
鈴木が椅子から立ち上がって部屋の隅を見た。
部屋の隅に簡単に作った台座には三本の刀が供えられている。
「……これがあなたの刀ですか」
台座に収めた天目にそいつが手を伸ばすが……刀に触れる直前に風が渦を巻いて鈴木の髪が浮いた。
鈴木が押されたように台座から後ずさる。
『気安くあたしに触れるんじゃないよ、銭の亡者が』
天目の声が小さく聞こえた。
……ここまで明確な拒絶はあんまり見たことないな。
「注意してくれ。その三人は俺以外が触れると怒ることがある」
「なるほど……よくわかりました」
鈴木が台座に向かって一礼して、そのまま部屋を出ていった。
その時に一瞬浮かんだ表情は俺にも分かった
……あれは憤怒だ。見下していた者からの予期せぬ拒絶への。
◆
続きは明日に更新します。
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