第41話 知ってしまったあと
リュドミラが部屋を出て行った。
……なんとも濃い時間だったな。
知ってしまったからもう知らない時には戻れないわけだが、扱いに困る事実だ。
「じゃあ行くか」
「あの……師匠」
「どうした?」
「……改めてしっかり鍛えていただきと思います。まだ熱海にいるのなら……できれば毎日でも」
手にした木刀を見ながら長壁さんが言う
「なんでだ?」
「今回、チルちゃんがいなくて……もしあのリュドミラさんが襲ってきたりとかしたら、あたしは何の役にも立ちませんでした」
長壁さんが俯きながら言った。
これは俺も含めた武器使いの最大の泣き所ではある。
同じ武器を使っても使い手の技量差はもちろん出るから誰でも使える安易な能力ではない。
ただ、それはそれとして、武器を失うと戦力がガタ落ちするのは確かだ。
……まあ今回のように突発的にダンジョンに入ることは普通は余りないんだが、気にはなるだろうな。
「分かった」
「私もです……草ヶ部様のお供をするためにもっと強くならないといけないと思いました。リュドミラと対峙したときに、正直言って足がすくんでしまいました」
「頑張って強くなろうね」
「そうね」
二人が頷き合って、蘭城さんが上目遣いでこっちを見た。
「ところで、あの……草ヶ部様。またここに来られるのでしょうか」
「そのつもりだ」
謎だらけのダンジョンについての唯一の情報源だ。
リュドミラには聞きたいことは山ほどあるぞ。
「では、あの……次は水着を持ってきませんか?せっかくリュドミラが誘ってくれましたし、一緒にお風呂でも……」
「それは……流石にどうだろう」
「蘭城家の家訓に、婚儀を行うまでは慎ましくあれ、というのもありますが……嫁入り前ですが、水着を着れば問題ないと思います」
「えーそうなんだ、じゃあ聖良ちゃん……ハグとかはいいの?」
からかうように長壁さんが言う
「あのくらいはいいんです」
「じゃあキスとかは?」
「それは……あの、草ヶ部様から求められれば……」
二人がこっちを見ながらそんなことを言っている。
どの程度マジなのか分からんが、こういう話題は勘弁してほしい。
◆
「おかえりなさいませ、お嬢様、それに草ヶ部様、長壁さん」
ダンジョンから出たら、待ちかねてたって感じでホテルの支配人とか温泉の関係者らしき人が出迎えてくれた。
20人近くいる。結構な人数がいるな……というか注目されてたらしい。
「あの……いかがでしたでしょうか?」
「とりあえず4階層まで潜りましたが、モンスターは全くいませんわ。ここは安全です」
蘭城さんが言うと、皆が安心したようにため息をついた。
厳密に言えば嘘をついているんだが、本当の事なんて言えるわけもない。
モンスターは出ないだろうが、うっかり踏み込んでリュドミラと接触するとヤバい。
逆に言えば、それをしなければ安全ではあるだろう。
「いやー良かった」
「これで一安心ですね」
「早速、公式SNSで発信しましょう」
「はやくお客様が戻ってきてくれるといいんですが」
周りの人たちが言葉を交し合う。
低階層でうろつくモンスターがいるのはなんだかんだで不気味に感じるんだろう。
実際、地下数メートルにモンスターがいます、と言われたらいい気分はしないか。
「動画はあとでお渡しします」
「差し支えなければ……草ヶ部様……ニンジャマスターさんが撮った動画という形で公開していいでしょうか?」
ホテルの人が恐る恐るって感じで言う
「ニンジャマスターさんの出ている動画は貴重なので……拡散されやすいんです。今はとにかく一刻も早く広い範囲に知ってほしい」
「そうなのか?」
「ご存じないのですか?」
ホテルの人が不思議そうな顔をして言うが……そんなことは全然知らないぞ
「そうですよ、師匠。あたしのDMにもニンジャマスターを出してくれっていうメッセージがいっぱい来てるんですから」
「いかがでしょうか、草ヶ部様」
二人が言うが……こんなオッサンの何を見たがるのかさっぱりわからん。
「まあ好きにしてくれていいよ」
今回のは背中が映ってる程度だしまあ問題ないだろう。
戦闘とかは無いから何の面白みも無いと思うが、それはいいんだろうか。
「あと、とりあえずここは……鳥居でも立てておけば観光名所にでもなるんじゃないか?」
日本人的な感覚だと、鳥居と社でも立てておけばそこにズカズカ入り込もうという奴はいない気がする。
お神酒でも備えておけば、リュドミラも機嫌が良くなるかもしれないしな。
「それは良いアイディアかもしれません」
「そっちもさっそく手配しましょう」
ホテルの人たちが言う。
とりあえずこれで当面の問題は解決ということにしておこう……重大な問題は残っているが。
◆
続きは明日に更新します。
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