第42話 深層の謎

 数日間、熱海で訓練と休憩をしてから東京に戻った。

 何度かその後もリュドミラに会いに入ってみたものの、会うことは出来なかった。

 いつもいるわけじゃないらしい。



「そんなことがあったのか……」


 東京に戻ってアカデミアに顔を出した。

 この件については話す相手は小津枝くらいしか思いつかない。


 前に動画を見た殺風景な会議室には小津枝と俺しかいない。今日は会社も休みで社内は静かだ。

 机の上には小津枝が淹れてくれたコーヒーのカップが湯気を立てていた。いい香りが漂う。


 小津枝の顔色は熱海に出かける前よりは良くなったが……話を聞いてまた疲れた感じになった。

 面倒事を持ち込んだようで若干申し訳なさも感じるが、仕方ない。


 小津枝に手紙とやらを書いたのは、リュドミラじゃないんだろうが

 ……似たような知性をもつ存在がダンジョン内にいるのならば、何かしらのコミュニケーションを取ってきても不思議じゃない、とは思う。


「お前みたいな能力を持つ奴はいるのか?」

「ほとんど交流は無いが、勿論いる。お前以外にも採掘者ブルーカラーはいるだろ」


「そりゃ確かに」 


 柴田とはたまたま深層で共闘してそれ以来の付き合いだが……ダンジョンの20階層より下で人に会うことは皆無だし、それにあまり助け合うこともない。

 登山じゃないがそこで何が起きても自己責任の領域だ。


 採掘者ブルーカラーらしき奴を見たことはあるが、あまり助け合う気はしなかった。

 ダンジョンの深層で戦う採掘者ブルーカラーはいつ死んでもおかしくない。親しくなった奴がいきなりいなくなるのは……何というかとてもしんどい気分になる。


「正確なところは分からんが……俺のような精製をする能力を持っている奴を抱えている会社はあるんじゃないかとは思う」


 小津枝が言った。

 採掘者ブルーカラーの存在が全く知られていないように、世の中には俺だって知らない領域がまだまだたくさんあるんだろう。


 世の中に出ている魔法のように便利な品物のうちのいくつかは、こんな風にドロップアイテムを使って作られているのかもしれない。



「ところであのダンジョンウォーカーズとか言う連中はどうなった?」


 長壁さんの話だとドローンを燃やした時点でHDが壊れただろうから動画は残っていない、ということらしい。

 別に俺があいつらと戦った場面はどうでもいいとして、リュドミラの事が撮られていると色々まずい。


「どうやらあいつらは色々と問題を起こして恨まれていたらしいんでな……やられた関係者と連絡を取って動画サイトに正式に抗議した。最近の動画は削除されたよ」

「ああ、そうなのか」


「おそらく、もうしばらくしたら収益化が止まる」

「どういう意味だ?」

「要は動画を公開しても金にならないってことだ。所詮金目当てだからな、あいつらはこれでおしまいだ」


 カップに入れたコーヒーを飲みながら小津枝が言う。

 コーヒーは小津枝の拘りらしく、良い物を買っているらしい。確かに香りがよくてなかなか美味い。


「対応が早いな」

「それが俺の仕事さ。ああいう奴はきっちり殺しておかないとあとが面倒だ」


 手回しの速さは流石だ。

 小津枝が笑いながら言うが……相変わらず性格が悪いな、とは言わないでおいた。



「売れ行きはどうなんだ?」

「在庫を積み上げて俺も少し休みを取りたいというのが本音なんだが……作るはしから売れていくからな。もう一人くらい精製担当が欲しい所だ」


 嬉しそうなしんどそうな口調で小津枝が言う。

 なんでもポーションは、世界を変える魔法の薬、なんて言われているらしい。

 まあ確かに魔法のアイテムに近いかもしれない。

 

「此処だけの話、海外のスポーツチームから大口契約の話がいくつか来ている。まとまれば凄いことになるぞ。

それと火竜の息吹についても依頼が来ている。また深層に行ってもらうかもしれないがいいか?」

「ああ、大丈夫だ。任せろ」


 同じことをするのでも、やらされているのと自分で決めてやるのでは気の持ち様が違うな。

 ついでに八王子の更なる深層に行ってみてもいいかもしれない。

 あそこにもリュドミラみたいなやつがいるんだろうか。


「賞与は問題なく出せるから使い道でも考えておいてくれ」

「あの400万ってやつか」


「引っ越したらどうだ?タワマンとは言わんが、快適な部屋に住めばいいだろ。面倒ならこっちで全部手配するぞ」 

「広すぎてもスペースを持て余すと思うんだよな。


 稼がないといけないと思っていた時は金に拘っていたが、必要なくなると物欲が今一つ湧かない。

 我ながらままならないというか貧乏性なのか。


「まあ、お前が金に拘るなら配信者にでもなってるよな。

今お前が配信チャンネル持ったら、あっという間にトップ配信者インフルエンサーだ」

「ドラゴンと戦ってる方がまだマシだ」


 能力や採掘者ブルーカラーとしてやっていることを評価されるのは嬉しいが……自分のあずかり知らない所であれこれ言われているのはどうも違和感がある。

 まあ既に言われてるんだろうが。

 

「とはいえ、だ。お前がどう思ってるのかは別として、いまや日本一注目を浴びる男の一人なんだ。

あんなプライバシーのない普通のアパートに居たらいずれ家の場所を割られるぞ」

「そんなことあるか?」


「むしろまだそうなってないことの方が驚きだよ」


 小津枝が言うが……それだけは勘弁願いたい。



 3章は此処まで。


 4章のプロットは出来ているので、このままお付き合いいただけると幸いです。

 応援よろしくお願いします。



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