第38話 深層に居るもの

「君達も一緒に入るぅ?」


 リュドミラの体をドレスのように覆っていた赤い霧が消えてまた湯に入った。

 無警戒にも程があるが……要は不意打ちの一撃くらいで倒せる相手じゃないってことだろう


「いや……それは辞めておく」

「なーんだ、気持ちいいのになーあ……まあ、わたしは入るけどねー」


 そう言ってリュドミラが湯溜まりと言うか風呂にまた体を沈めた


「あ……暖かい」


 長壁さんがお湯に手を差し入れて呟く……相変わらず物おじしないな


「そうでしょー、一緒に入ろうよぉ」

「いえ……あの、それは流石に」


 長壁さんが俺の方をチラ見して言う。


「いいじゃーん、女の子同士なんだからさぁ、草ヶ部は向こう向いててー」

「いえ、それより……リュドミラさんもお風呂が好きなんですね?」


 長壁さんが強引に話を逸らした。

 モンスターに風呂なんて文化があるのか?


「昔、会った人間にねぇ、お風呂って気持ちいいよっていわれてたんだよねー、ここならお風呂が作れるかなってねー思ったんだよー」


 リュドミラが言う。

 全く人騒がせな話ではあるが……とりあえず敵対的な奴じゃなくてよかった。


「あんたは……一体何なんだ?」

「質問の意味が分かりにくいなあー……昔あった人間はわたしのことを吸血鬼ヴァンピールって呼んでたよぉ」


 吸血鬼……というと俺のイメージでは蝙蝠の羽とか牙とか棺桶とかそんな感じなんだが、見た目はそんな感じじゃないな。

 

「なんでこんな浅い場所に居るんだ?」

「ここはわたしの領域だよー、わたしがどこにいてもいいでしょ」


 領域というのはこのダンジョンの事なんだろうか。


「一つ聞いていいか?」

「一つじゃなくてもいいよー、何?」

「ダンジョンってなんなんだ?」


 これはぜひ聞いておきたい。

 ここ2年間で数えきれないほどダンジョンに入って戦ってきたが……ダンジョンもドロップアイテムも何もかも謎だ。


「ダンジョンって何?」


 リュドミラが訊き返してきた……言われてみればダンジョンは俺達人間が勝手に呼んでる名前だな。


「此処みたいな場所の事だ」

「まあわたしの領域……家みたいなもんかなー。こっちは……そうだね、屋根の方。深い方に行けば行くほど私たちの世界に近づくんだよー、奥ならわたしはもっと強いよ」


 リュドミラが言う。


「……地上に出ようとか思わないのか?外にも温泉はあるが」


 正体不明な存在であるダンジョンが何となく放置されているのは、その中からモンスターとかが出てきたりしないからだ。

 もし何かが出てくるなんてことになったら大変なことだぞ。


「無いなー、こっちに近づけば近づくほど弱くなっちゃうしぃー。私はこの温泉があれば満足。温泉を止めない限り何もしないよー」


 周りを見るとダンジョンの壁から滲みだすように温泉が湧いているらしい。

 どういう原理でそうなっているのかは謎だが。


「お前みたいなのは他にもいるのか?」

「そりゃいるよー」


「そいつらは何を考えてる?」

「知らなーい」


 リュドミラが本当に無関心な感じで言う

 ……まあこいつには関係ないことではあるんだろうが、そこも知りたいところなんだが。



 話が一区切りになってリュドミラが湯船につかって歌い始めた。

 

「しかしこういう世界があるというのは恐ろしくもあるな」

「本当ですね」


 とりあえずこいつはモンスターのような敵対的な存在ではなさそうなのは幸いではあるが。

 三鷹、鑓水とか八王子、新宿、上野、町田……東京だけでもダンジョンはあちこちにある。

 其処の全てにこういう感じの奴がいるってことなんだろうか


 ダンジョンの主のような者がいるとは考えもしなかった。

 八王子ではレッドドラゴンを倒してはいたが、その底にはもっと強いのが居るんだろうか。


「この階層までは特に何もでないからねー、別に入ってきてもいいよー。わたしの邪魔さえしないんならねぇー。邪魔になったら殺すからねー、其処だけ注意してー」


 相変わらず空気が抜けた口調で物騒なことをリュドミラが言う

 敵対的ではないのかもしれないが……人間一人の命くらいは屁とも思って無さそうだな。


「とりあえず……厳重に立ち入り禁止にしてもらおう」

「そうですね。すぐにホテルの関係者の方にお伝えします」


 入る分には危険は無さそうだが、ここにこいつがいるなら配信者が入るのはヤバい。

 うっかり5階層に辿り着いてこいつを怒らせると大変なことになりそうだ。

 

 しかし、ちょっとした探索だったはずなのに、なんかとんでもない秘密を知ってしまった気がする。

 何となくなごんでいるが。世界初どころの話じゃないな。


「ところで、改めて見るとぉ、草ヶ部、君はやっぱり強そうだねぇー、強い人間の血は飲みたくなるなぁー。

その後ろの二人も中々見どころがあるしー、血飲ませてくれなーい?痛くしないからさーあ」


 湯船につかったままでリュドミラが言う。

 なんか色々とヤバい発言だ。血を吸われたらこいつの僕とかになるんだろうか。

 長壁さんと蘭城さんがブンブンと首を振った。


「えー、いいじゃーん、ちょっとだけだってー」

「それは流石に……」


 そんなことをしているところで、部屋の入口の方から何か話声と足音が聞こえてきた。


「皆さん、ついに私たちはこの階層に到達しました」

「ニンジャマスターの声も聞こえます。ついに追いつきました」


 やかましい声が響いて、広間の入り口から人が入ってきた。



 今日中にあと一話更新します。


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