第36話 熱海ダンジョン(仮称)探索・下
翌日の昼頃、木林がいつもの黒のSUVで熱海までやってきてくれた。
「どうぞ、草ヶ部様」
「ありがとう……悪いな」
木林が当たり前のような顔で三本の刀を渡してくれる
……一体どうやって俺の家に入ったんだと思ったが……それは聞くまい。
とりあえず準備は整ったので良しとしておこう。
ダンジョンの入り口は熱海駅から少し離れた坂道の交差点の真ん中にできていた。
周りには黄色いテープが張り巡らされていて、周囲のビルの飲食店やお店は軒並みシャッターを下ろしている。
コンビニだけがやっているが、周りにはまったく人通りはない。
「チルちゃんがいないので……あたしは今回は余り役に立てません」
長壁さんが申し訳なさそうに言う。
気休め程度に木刀をもっているが、チルタがないと長壁さんは戦力は大幅ダウンだな。
こういう時は武器使いは面倒だ。
俺も人のことは言えないが。
「大丈夫よ。ドローンの操作をお願いね」
「それは任せて」
ドローンが長壁さんの後ろに浮かんだ。
今回は記録用ということでドローンも連れていく。映像を撮っておいてダンジョンの中が安全ということを知らせられれば、少しは警戒感も和らぐ、ということらしい。
「とりあえず浅い階層を様子見しよう。俺一人でも多分大丈夫だと思うが」
ダンジョンの中のモンスターについては殆ど知られていない。
俺も自分で行ったところ以外だと、断片的な伝聞情報以外は全く分からない。
なんとなくの感覚なんだが、深く潜れば潜るほど水圧がかかるように圧迫感が増す。
奥の方が魔力と言うかそういうものが強いんだろうと思う。
だから奥に進めばモンスターも強くなる。
とはいえ、それはあくまでそう言う傾向があるという程度に過ぎない。
それに弱くても厄介な攻撃を持っているモンスターはたまにいる。
まだ天都だけしか持っていない時期に、町田のダンジョンに潜った時には毒のような攻撃を食らって死にかけたこともある。
浅い階層でも初見の場所は油断はできない。
「よし、じゃ行こうか」
◆
熱海ダンジョン(仮称)に入った。
「なんか、蒸しますね」
入ってすぐに長壁さんが言う。
見た目は東京のダンジョンとかと同じ、青い無機質な回廊だが、確かに空気に湿り気を感じる。気温も高い気がするな。
熱海は温泉地だが、ダンジョンにも地域性があるんだろうか。
いつでも投擲できるように小鴉丸を抜いて進む。
何か所かの行き止まりとか曲がり角を抜けると2階への通路が見つかった。
2階層を暫く探索して、そのまま3階層に降りる。
「何も出る気配が無いですね」
剣と盾を構えて油断なく周りを伺って蘭城さんが言った。
3階層まで来てモンスターの姿が全く見えないのも珍しい。
浅い階層はモンスターは少ないが、それでも普通なら気配くらいはするもんだが。
「この音は何なんでしょうか」
長壁さんが少し不安げに言う。
確かにさっきからなにかが聞こえてくる。風の音のような波の音のような、そんな音だ。
ダンジョン内でする音と言えば、モンスターの吠え声とかが定番だ。今はドローンの静かな駆動音もするが。
それ以外はあまり音はしない……というのが俺の経験ではあるが、ここがそれに当てはまるかは分からない。
4階層を経て5階層に降りると、雰囲気が一変した。
通路全体に靄のように湯気が漂っている……こういういい方はアレだが、ミストサウナのようだな。
湯気で視界が悪いのはまずい。
モンスターの気配はないが、突然何かが襲ってこないとも限らない。
天都を抜いて風を吹かせると靄が晴れて通路の先が見えた。
通路を歩いて先に進むが、通路の向こうから湯気が流れ出してきていた。
「この先に何があるんでしょうか」
「温泉が湧いてるとかじゃない?」
長壁さんが冗談めかして言うが……たしかに露天風呂のような雰囲気はある。
通路の向こうから湯気と一緒に音も聞こえてきた。
「これ、歌声……でしょうか?」
蘭城さんが言う。
3階層では反響とかもあって得体のしれない音にしか聞こえなかったが、ここで聞くと一定のリズムがあるようにも感じる。
まさかセイレーンみたいなモンスターがいるとかじゃないだろうな。
そう言うのとは戦ったことは無いが……何かがいるのは確かっぽい。
「警戒は怠るなよ」
「はい」
音の方に向かう様に通路を辿ると、突然視界が開けた。
細長い通路じゃない広い空間だ。
白い湯気に包まれていてどこからともなく水の流れる音も聞こえてきた。
それと歌声。意味はさっぱり分からないが……それでも歌と言うことは分かる。
「天目」
『ああ、分かってる』
強めの風をイメージすると、渦を巻くように風が吹いて湯気を吹き散らした。
体育館くらいの広さの部屋だ。どういう構造なのかさっぱり分からないが、天井も高い。
広い部屋の中央にはお湯が溜まっている。
そしてそのお湯のたまりの一角には……人影が見えた。
◆
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