第19話 蘭城さんの父親・下
がっしりした体と長身を黒い高そうなスーツに包んでいる。
確か50歳は越えているくらいだが、短めの髪には白いものが目立つ。ただ、全然老けた感じはないな。
「おお、よく来てくれたな。娘の恩人、草ヶ部君。
本来なら私が出向いて直接礼を言うべきだったが、すまんな。多忙なのだよ」
そう言って蘭城氏が親し気に手を差し出してくれる。
握手をしたら強く握り返された。声も力強い。
近くで見ると厳つい顔立ちだが、鋭い目元とかに蘭城さんと共通点があるな。
「近頃娘が君とよくいるようだが、娘が迷惑をかけていないかね?」
「いえ、そういうことは無いですよ」
答えると、蘭城氏がいかつい顔に柔らかい笑みを浮かべた。
「そうか。ならばよかった」
「そういえば、一つお聞きしていいですかね?」
「なんだね?何でも聞いてくれたまえ」
「蘭城さん……というか娘さんは何であんなことしてるんですか?」
これは迷惑とかとは別に前から聞いてみたかったことだ。
蘭城さんは金もあるし見た目もいい。恐らく本人の能力も高い。
下手すれば命を落としかねない場所に好んで行く意味は無いと思う。
それに親として心配じゃないのか。
俺の心配をしてる場合じゃない思うんだが。
「我が家の家訓は、蘭城家の一員たるもの、戦場に身を置き心身を研ぎ澄ますべし、なのだよ」
「そうなんですか」
受けた恨みは10倍返しのアレもだが……色々とヤベェ家訓だな。
エリートの家ってのはそういうものなんだろうか。
「かつては軍人を務めたが、近年は戦場など幸いにもないのでな、スポーツでそれを代替している。私はラグビーだった」
蘭城氏がコーヒーを飲みながら言う。
「娘もそうして欲しかったし、高校までは剣道だったが……あのダンジョンとやらが開いた時に、今のこの平穏な世の中で真に戦の場に身を置くならここしかないと言ってな。
私ととしては止めてほしいのだが我が娘ながらなんというか頑固でね」
蘭城氏が淡々と言う。
「ということで、だ。今日来てもらったのは他でもない。直接礼を言いたかったというのもあるが、頼みがあるのだ。
あの子のダンジョンでの戦いで万が一危険なことがあるようなら守ってやってほしい。指導とかそういう名目で配信を見守ってやってほしいのだ」
「ああ、それなら……」
「うむ、気が進まないのは分かる。君のような有能な男にはツマラン仕事だろう。過保護な親ばかと思われるかもしれん。
だが、なんでも君も家族のために戦っていたというではないか、なら分かるだろう。家族の大事さが。だからよろしく頼む。
無論君にも様々な仕事があるだろう。君ほどの能力を持つ者ならば当然だ。なので報酬は君の望むままにしよう。なんでもいいたまえ」
口を挟むまでもなく既にやることは規定事実って感じで話すな。
娘さんもだが、親御さんもなかなかの押しの強さだ。まあすでに似たようなことはやっているが。
とはいえ、正直言って今は完全にモチベーション喪失中だから、やることがあるのはむしろありがたい。
これで何もなかったら無限にダラダラしそうだ。
生きる目的はある方がいい。
「それは構いませんよ」
「ありがたい。感謝するぞ。草ヶ部君。ところで、報酬は何がいいかね。金ならいくらでも出すが」
蘭城氏がもう一度俺の手を強引に握って言う。
「もう貰ってると思います」
借金を清算してくれただけでこちらとしては文句はない。
「あれは娘を救ってくれた対価だ。たった一つしかない命を救ってくれたのだから、あれでも足りんとは思うがね。
今、話しているのは今後の話だよ、草ヶ部君」
蘭城さんが言う。
とはいっても借金がなくなった今となっては金が欲しいという感覚はない。
少し考えて弟たちの顔が浮かんだ
「ああ……なら、俺の兄弟をそっちの会社で雇ってもらうとかはできませんか?」
身内が莫大な借金持ちでは就職も厳しい。
弟と妹は二人とも身をひそめるように暮らしている。俺に遠慮してるってのもあるとは思うが。
「そんなことでいいのか?君自身はどうする」
「それはまあ少し考えさせてください」
目の前のやらないといけないことがいきなり消えるとどうしたいのかが思いつかない。
あと、大金を貰っても使い道が思いつかん。高級車に乗ってる自分とか想像がつかないぞ。
「まことに謙虚な男だな、木林」
「それは同感です」
木林が頷くが……謙虚というより貧乏性だとは思う。
しかし、それはまあいいか。
「だが、草ケ部君。謙虚は必ずしも常に美徳では無いぞ。
それに恩返しができないというのはこちらとしても居心地が良くないものなのだ。それは覚えておいてくれ。
先ほどの申し出についてはすぐ手配しよう。木林。彼の兄弟にヘッドハントをかけて移籍させろ。いいな?待遇は最大限丁重にするんだぞ」
「御意」
口をはさむ間もなく蘭城氏が言って、木林が一礼した。
◆
続きは明日の朝と昼に更新します。
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