第8話 彼女の事情

 とりあえず周りの注目から逃れるように、近場のカフェに移動した。

 隅のテーブルに腰掛けると、当然という顔で蘭城さんが俺の隣に座る。向かいにもう一人が座った。

 コーヒーが出てきて、ようやく落ち着いて話を聞けた。


「なるほど、そういう経緯か」

「はい」


 目の前にいる女の子……長壁さんが言う。フードとサングラスは今は外している。

 黒いジャージのすらりとした細身の体は陸上選手っぽい。濃い茶色の髪を後ろで短くポニーテールの用に止めている。

 服装も相まって活動的な感じだ。


 彼女のSNSも見せてもらったが、たしかに通知の数字が恐ろしいことになっていた。

 見ているうちにもひっきりなしに通知が画面を流れていく。俺の通知なんて3件あれば多い方だぞ。


 しかし俺の全くあずかり知らない所でこんな風になっているとは。

 まったくインターネットってやつはおそろしい。


「で、俺にどうしろと?」


 彼女にとってはとばっちりも良い所だとは思うが、俺が巻き込んだ、というのも違う気がする。

 というか俺が巻き込まれていると言いたいところだ。


「俺がしたということにすればいいのか?」

「いえ、多分それはもう無理です」


 長壁さんが言う。


「そういうものなのか?」

「確かに……こうなってしまっては難しいかもしれません」


 蘭城さんが眉を顰めて、机の上のスマホを見る。そんな話をしている間にも、通知のウインドウが画面に次々と現れては消えていっていた

 長壁さんが真剣な顔で俺を見る。


「ですから……弟子にしてください。不躾は百も承知ですけど、今日、お会いできたのもきっと運命だと思うんです」


 さっきと同じことを彼女が言う。どうやら勢い余って言ったってわけではないらしい。


「今は配信者……と言ってもほとんど視聴者がいないんですけど……いずれは討伐者アタッカーになりたかったので」

「しかし……弟子と言われてもな」


 運ばれてきた熱いコーヒーを一口飲んで間を取った。

 色んな意味で弟子なんていうのは取れない。

 ダンジョンの中で使える能力は人それぞれだから、例えば剣術とかのように技を教えればいい、というたぐいの者じゃない。


 俺は俺の武器を使った戦い方しかできない。

 例えば、柴田は武器を作り出す能力もあるが、それより強力なのは自分の気配を消し去る能力、透明化コンシール・セルフだ。


 それを使って敵の死角に潜んで一撃を加える、それこそ忍者っぽい闘い方だ。俺にはそんなものは無いから正面から戦っている。

 同じ採掘者ブルーカラーでも技術に殆ど互換性が無い。


「教えることなんてないぞ」

「いえ、そんなことはありません。師匠について深層で場数を踏むだけで全く違います」


 ……勝手に師匠呼びになってるんだが。


「SNSの誤解については……私が強くなればとりあえず問題解決です。ですから是非弟子にしてください。

師匠の行くところならどこでもお供します。どうかお願いします」


 長壁さんが力強く言う。


「あなた、失礼でしょう。突然現れて弟子になりたいとは。

それにこの方には今から私が恩を返さなければいけないのです。状況には少し同情しますが、あなたにつき纏われては迷惑です」

「如何でしょうか、師匠」


 横で黙って聞いていた蘭城さんが言うが、長壁さんがひるむ様子も無く聞いてくる。

 俺にはなんの責任も無いが……しかし知ってしまったら無視するのも気が引ける。

 

「少しならいいが……ただどうすればいいんだかさっぱり分らんぞ」


 そう言うと、長壁さんが椅子から立ち上がって一礼した。


「ありがとうございます、師匠。この長壁コウ、師匠の名に恥じぬように精進します!」

「あなた、少し静かにしなさい。それと、一応言っておきます。草ヶ部様にまず第一に恩をお返しするのが私です。そこの順序を間違わないように。いいわね」

「はい!よろしくお願いします!」


 ちょっと棘のある蘭城さんに、元気よく長壁さんが答えた。

 やれやれ。


 

 続きは明日の朝と昼に更新します。


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