第3話 朝の来訪者
何事もない朝がやってきた。
目覚ましがなって起きると普段通りの殺風景なワンルームだ。
小さめの机とクローゼット、片方の壁には簡易な棚があってそこには愛用の刀を安置してある。
カーテンを開けると太陽の光が差し込んできた。
「さて、今日は何をしたものか」
何となく独り言が口から出る。ランニングにでも行くか。
食事と運動には気をつかう。
そして、当たり前だがダンジョンで死ねば保険金なんてものは出ない
スマホを見てみたが他に特に何もない。
次の仕事はいつになるのか。さっさと仕事を回して借金を減らしてしまいたいが、命がけの戦いをまたするのも気が滅入る。
そんなことを考えているところで、突然インターホンが鳴った。
安いマンションの甲高いインターホンの音が部屋に響く。
「今行くからちょっと待ってくれ」
宅配便を頼んだ覚えはないし、客が来るなんてことはない。
安手の白いドアを開けてみると朝のすこし涼しい空気が吹き込んできた。
外には紺色のフォーマルな感じのパンツルックの女の子が立っていた。綺麗な黒髪を後ろで結っている。
清楚と言うか落ち着いた感じの女の子だ。大学生くらいだろうか。
その半歩後ろには黒スーツのイケメン。
180センチ近い長身で、立ち姿がきちんとしている。何か格闘技がスポーツでもやってた感じだな。
短く整えた黒髪と顎髭に眼鏡姿で、俺より年下だが何となく執事っぽい雰囲気を漂わせている。
どっちも見覚えがない顔だ。
「誰だ?セールスと宗教なら間に合ってる」
訪問セールスなんてものはずいぶん減ったが、借金まみれの俺には余計なものを買う余裕なんてものは無い。
神なんてものがいるならこの世界はもう少しマシになってるだろうし、ダンジョン内で神頼みなんて通じない。
この残酷な世界に神は居ない。
聞くとその子が会釈した。
「どうも初めまして。草ケ部耀様。私は
あなたの職業は……フリーランス、主な取引先はアカデミアの小津枝隼人。37歳男性、富山県出身。お間違いありませんか?」
「……誰だあんたは」
目の前にいる女の子に全く見覚えは無いが、言っていることは正確だ。
「昨日お助けいただいたものです。あの新宿で」
そこでようやく合点がいった。
あの時の配信者か。あの時は和服だったし髪型も違った。フード越しだったしそもそも急いでいたから全く覚えてなかった。
しかし、それはどうでもいいして、だ。
「なぜここが分かった?」
「動画が残っていましたから」
「あれだけで?しかも昨日だぞ」
「我が家の総力をあげましたわ」
その子……蘭城さんとやらが言う……総力を挙げてって何をしたのか。なぜ家まで分かるんだ。
というか、いったいこの子は何者だ……まあそれはいいんだが。
「ともあれ無事でよかったな。で、俺に何の用だ?」
「恩返しに。私の命をお救い下さったのですから恩返しをしなくてはなりません」
「気にしてない。助けたことが無駄にならない様にあんな無謀はもう止めてくれ」
「そうはいきません。受けた恨みは10倍返し、受けた恩は100倍返しが我が家の家訓です」
蘭城さんがしれっという……ヤベー家訓だな
「恩を返さねば我が家の名折れ。私と我が家に恥をかかせないでください」
蘭城さんが強い決意を込めたって感じで言った。
後ろの黒スーツのイケメンは直立不動のままだ。
「恩返しって言ってもな」
目の前の女の子に何を頼めと言うのか。
ただ、あの時に袖をつかまれた時の同じ雰囲気だ……つまり、何かするまで帰る気は無い、と言う感じだ。
どうしたものかと考えたところで、部屋の中で携帯が鳴った。
「スマンがちょっと失礼」
話の腰を折るにはちょうど良かったが……テーブルの上で鳴るスマホを取り上げる。
案の定と言うか、発信者は小津枝だった。着信ボタンを押す。
『おい、起きてるのか?次の仕事だ。次は静岡ダンジョンに行ってもらう』
「ああ……ちょっと待て、今は……」
『黙れ、口答えできる立場か?』
来客中だからかけなおす、と言おうとしたが、小津枝の声がそれを遮った。
『分かってないようだが、お前が出来る返事はハイかワンだけだ。それに今回は急ぎだ。獲物はモノアイの目。さっさと用意しておけよ、30分後に迎えをやる』
相変わらずの高圧的な口調で小津枝が言うが……突然後ろから足音がして、スマホがひったくられた。
「草ケ部様への無礼は許しませんよ!」
蘭城さんが険悪な口調で怒鳴った。
「何なんだ?……おい、お前、女を連れ込んでるとはずいぶん余裕だな。まあどうでもいい、今から行くから待ってろ。そのアバズレは帰らせておけよ」
スピーカーから小津枝の声が聞こえて電話が切れた。
◆
続きは昼に更新します。
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