第4話 ダンジョンの中の出来事(蘭城聖良SIDE)

 周りに白い光が浮かんだ時点で危険だということが分かった。

 次元の断層だ。

 

 空間の繋がりが不安定なダンジョンの中ではこういうことがあるのは知っている。

 白い光が体の周りを囲んですぐに消えた。


 周りの景色そのものは殆ど変わっていない

 ……青く淡い色を放つ六角形の鱗のような光に包まれた無機質な回廊。


 だけど感じる空気は全く違った。今までいた第3層じゃない。

 それに壁の青色が今までいたのと全く違う。3階層は水色に近い明るい青だったけど、今は深緑のような暗い青色だ。

 通路の向こうの見通しも今までとは比べ物にならない位悪い。


 我が家……蘭城家の者は戦いの場に身を置き心と体を鍛えるべし、という家訓でダンジョン配信を始めた。

 幸いにも私にはダンジョンで戦う能力があったし、この平和な日本で戦いの場に身を置くとしたらここしかない。

 それに配信者となれば蘭城家の一員として、人前で堂々と話す練習にもなる。


 でも軽率過ぎたのかもしれない。人気が少し出て調子に乗ってしまったかもしれない。

 今までより暗くなった周囲と重苦しい空気に息がつまりそうになった。


「アクシデントが起きたようですけど……冷静に対処を……」


 気を紛らわすためにマイクに向かって話したところで、暗い回廊の向こうから空中を泳ぐように魚が現れた。

 銀色の巨体で鰭が刃物の様に尖っている。


【やばいよ!逃げて】

【ソードフィッシュだ】

【ヤバすぎる!】

【これは・・・・・事故配信の予感www】

【止めろ!!バカ!!!】

【見たくねぇよそんなの】


 コメントが配信者用のモニターグラスに流れる。

 ソードフィッシュはダンジョン中階層に出る、空を泳ぐように飛ぶ魚型のモンスター。

 鋭い牙と獰猛な性質で知られていて、配信者の中でもバトル志向の討伐者アタッカーが戦っているのを見たことがある。


 戦うべきなのか……でも、勝てるんだろうか。

 それとも逃げるべきなのだろうか……逃げたとして逃げ切れるのか。 


 そう思った瞬間に目の前に瞬間移動するように巨体が現れた。

 本能的に剣と盾で頭を庇う。同時に強烈な衝撃が着て剣がはじき飛ばされた。動きが全く見えない。


「ちょっと待っ……」


 盾を掲げると同時に、目の前の巨体がまっすぐに突進してきた。

 足元の感覚が消えて体が浮いた。景色が凄い勢いで後ろに飛んで行って背中を叩かれるような痛みが走る。


 音を立てて盾が転がった。

 手はしびれていて、体のあちこちが痛む。のどが詰まって息が上手くできない。


 剣を振らなくてはいけないと頭では思うけど、体が全く動かない。

 ソードフィッシュが牙をむきだしながらこっちを見ていた……獲物を見る目だ。


【早くにg手】

【あきらめるな!立ってくれ】

【頼む!!!】


 今どこにいるかもわからない……それに今が何階層か分からないけど、周りには多分誰もいない。

 数分前はそんなことを考えもしなかった……私は此処で死ぬのか?


 そう思った時に突然、魚の体を飛んできたなにかが貫いた。



 ぱっと血がしぶいて魚が動きを止まった。

 何が起こっているのか分からないうちに突っ込んできた黒装束の人が赤い剣をふりおろす。

 切られたところから炎が噴き出して、あっけなくソードフィッシュが焼き尽くされた


「さっさと帰れ」

 

 何が起こったか分からなかったけど、漫画とかで見る忍者のように全身を覆う黒い服を着た人が声をかけてきた。

 その人が刀を拾って私を見下ろす。差し出された手を取ると、強い力で引き起こされた。


【誰だ?】

【配信者じゃないよな?】

討伐者アタッカー?】

討伐者アタッカーでもドローン連れてないやん】 

【通りがかりのニンジャだ】


「あの、お名前は」


 引き起こされて混乱したなかで口から出たのはそれだけだった……それくらいは聞かないと。

 その人が露骨に面倒そうな空気を漂わせるけど、離すわけにはいかない。強く袖を握ると頭巾越しにその人がこっちを見るのが分かった


「※サカベ●ウだ。離してくれ」


 くぐもった声が頭巾越しに聞こえる。

 袖を離すと、その人が風のように駆け出して行って、角を曲がって姿を消した。


 

 ……帰り道は簡単に帰れた。

 途中にモンスターのドロップアイテムが目印の様に転がっていたから。


 そして戻ってみて初めて分かったけど私が飛ばされたのは15階層だった。

 討伐者アタッカーであってもそう簡単には潜れない階層だ


 地上に戻って見た、普段通りの八王子ダンジョンの入り口の照明と周りの電気の光。

 月が光る夜空。手足の痛み。心臓の鼓動と血の流れが耳に響くように感じる。

 冷たい空気に触れて体が震えた。

 思わず自分の体を抱きしめるようにして……心から実感した……私は今生きている。


【無事でよかったよォ】

【ホント嬉しい】

【ゆっくり休んで】

【怪我無い?大丈夫】

【つーかあのニンジャ・イズ・ダレ?】

【ニンジャマスターやろ】


 ……名前はよく聞き取れなかった。

 でも探さなくては。あの人にお礼も言えていない。


「ありがとう、皆さん。ご心配かけました。またお会いしましょう」


【お疲れ様】

【次はもう少し慎重にしろよな】

【安心しました。ゆっくり休んで】

【マジで肝が冷えた】

【事故配信一歩手前】


 コメントが流れるのを見つつドローンの電源を落として配信用のモニターグラスを外して駐車場に行く。

 駐車場には黒塗りのセダンが止められていて、その前には執事として仕えてくれている木林さんが直立不動で立っていた。

 

「本当にご無事で何よりでした。御父上もご心配なさっております。今すぐ屋敷にお戻りください」


 一礼して、車のドアを開けてくれる。

 ふかふかのシートに座ってホルダーに置かれたコーヒーを飲むと気持ちが落ち着いた。

 車が静かに走り出す。


「心配かけてごめんなさい」

「ありがたいお言葉です。本当にご無事でよかった」


 木林さんの心から安心したって口調が運転席から聞こえてくる。

 普段は表情を崩さず感情を交えない木林さんなだけに、本当に心配してくれたのが伝わってきた。


「木林さん。あの人が誰だかわかりますか?」

「お望みとあらばサーバーの動画を直ちに音声解析と動画解析に回します」


「なら、あの人の正体を突き止めてください……私の恩人です。お礼を言わなくては」

「お任せください。36時間以内に完璧な答えをご用意します」



 続きは明日、朝と昼に更新します。


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