第2話 旧友との別れ
仕事を終えた二日後、新宿で友達と会う約束をした。
京王で新宿駅に着いて東口を出る。夕方に差し掛かっていて日差しは明るいが、まだ3月だからすこし肌寒い
かつて待ち合わせスポットだったアルタ前にもダンジョンがある。
周りには申し訳程度に柵と立ち入り禁止のテープが張られていて、その前には何人かがたむろしていた。
それぞれドローンを飛ばしてそれに向かって何か話したり手を振ったりしている。
あれも配信者と言う奴だろう。
3年ほど前に日本のあちこちに現れた次元の裂け目……空間浸食災害とかいう正式名称もあるが、通称はダンジョンだ。
突然現れた異空間。そして中には得体のしれないモンスター、そしてそのモンスターには自衛隊とかの兵器は通じない。
そして、その中で特殊な力を発揮できる人間の存在も確認された。
最初はすわ日本の終わりか、と大いに騒がれたが、別にダンジョンからモンスターが飛び出して来たりはしなかった。
そんなこともあって、ダンジョンが現れても大きく世界は変わったわけじゃない。
ダンジョン内は危険だから建前では立ち入り禁止になっている。
ただ、配信者だのインフルエンサーがいてダンジョン配信とかしてるから、適当なもんだ。
要は立ち入り禁止の地区が何か所か増えたっていう程度だ。
新宿のこの辺りもダンジョンが現れた関係で昔よりは人が減ったが、それでも当たり前に様にスーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生がダンジョンの傍を歩いている。
人間、何事にも慣れるもんだな。
「草ケ部」
「久しぶりだな」
アルタの前で待ち合わせしていた相手は俺と同年代の
たまたま深層で出会って協力した縁で今も付き合いがある。
手近な居酒屋に入る。まだ早い時間だから客は少ない。
生ビールと肴を適当に注文すると、暫くして威勢のいい声と共に若い店員が料理を並べてくれた
「お疲れ。調子はどうだ?」
「ぼちぼちだよ。この間はドラゴンとやった」
「さすがだな」
……とは言ってもダンジョンそのものが正体不明だし、俺達のことも一般には認知されていないが。
この呼び名を使い始めたのが誰かは知らないが、同じようなことをしている奴らの間では定着している。
元々は
ダンジョンの壁は深く潜れば潜るほど、まるで深海に潜るように青さが濃くなる。それに因んだものらしい。
勿論体を張って戦うという意味で、本来の
モンスターの血に汚れ、下手をすればたった一人ダンジョンの中で殺される。だが稼げる。
一昔前の、きつい、きたない、給料安いよりはましかもしれない……しかし、命を貼るに足る金かは分からない。
「今日はどうしたんだ?」
「俺はそろそろ足を洗おうと思ってな……その報告さ」
柴田が言ったのは想像もしていなかった言葉だった。
正直って長い付き合いというほどじゃないし、協力して戦ったことが多いわけじゃない。
だが、同年代の
こいつが辞めるとは……なんか突然恋人の別れを切り出されたかのような気持ちになる。
「……そうなのか」
「目標の額もどうにかたまったしな……それにこの間の戦いでコカトリスの石化ガスを浴びた。死なずにはすんだが、もう左目が殆ど見えない」
そう言って柴田が自分の目を指さした。
黒目に白い濁りが見える。
「そうか」
コカトリスのドロップアイテムは、ある種の金属と合金化することにより重量をそのままに強度を飛躍的に高められるらしい。
ロケットや自動車、工作機械等、用途は多彩で需要は大きいと聞いたことがある。
しかしコカトリスは石化ガスを吐く。
浴びると体が石になる、文字通り。細胞の組成を無機物に変換してしまうらしい。原理は謎だ。
広範囲を覆うガスを避け切るのは難しい……俺なら
どっちにしても何と戦うにしても
「お前はどうする?」
「これしか稼ぐ方法が無い」
俺の親が保証人になって押し付けられた借金はまだかなりある。
妹たちに累が及ばないためには、俺が戦う以外に道は無い。
戦いに意味とかを求める奴もいるが、俺には自己実現とかそんな美しい理想なんてない。
「お前さ……強いんだから配信者になればどうだ?」
「俺が18歳美少女ならそうするかもな」
ダンジョン配信者は若いイケメンや美少女が定番だ。画面に映える容姿が必要だからだ。
俺のようなオッサンの配信に何の需要があるのか。
「それに俺はあいつらが好きじゃない」
そういうと柴田が苦笑した。
俺はインフルエンサーとか配信者が嫌いだ。
何が楽しくて死者が出るかもしれない場所にわざわざやってくるんだ。
戦場や災害の現場に来てちゃらちゃらしてるなんて考えられない。
◆
ひとしきり飲んでお開きになった。
「無事でな」
「ありがとう」
柴田がそう言って新宿の雑踏に消えて行った。あいつはこの後どうするんだろうか。
そして、借金を返し終わるまでにあいつのようにならないと言えるんだろうか。
致命的な怪我を負わないとは限らない。
新宿のオーロラビジョンを見上げると小津枝の姿が映っていた。
ニュース番組のインタビューらしい。
「今日のゲストはアカデミアのCEO、小津枝さんです。あなたの会社の新薬のおかげで多くの命が救われました」
「いえいえ、人のためになることが私の喜びです」
小津枝が俺と接するのとは全く違う紳士的な笑みを浮かべてインタビュアーに応じる。
あれで救われた奴はいるだろう。それはやりがいを感じる。
だが、俺達実際に地の底で命をはる
キラキラした配信者が活躍するその遥か下、海の底のようなところで戦ってる奴がいるなんて、ほとんどの人は知る事さえないだろう。
俺たちが日々電気を使い、電車にのり、スーパーにならんでいる食品を食べれるのは無名の誰かが身を削って働いてくれているからだ。
だがその名を知る人はいない。
◆
続きは明日の朝と昼に二話更新します。
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