第26話「伝説のスキルと英雄の名」
あれだけ熱気に包まれていたコロシアムが、シーンと静まり返る。
多くのエルフが、この場で起きたことを理解できていないかのように、固まっているようだ。
そんな静寂を壊したのは――。
「やったぁ! お姉ちゃんの勝ちだぁ!」
唯一この場において私を応援してくれていた、アリシアちゃんだった。
「ま、まだだ……! 何をしている、ローテリ! さっさと拾わぬか!」
アリシアちゃんの声で我に返ったんだろう。
この状況になっても、諦め悪く国王はローテリさんに命令をした。
それによってハッと我に返ったローテリさんは、急いで木刀を拾いに行こうとする。
しかし――。
「敵に背後を見せたら、駄目でしょ?」
私は回り込んで、ローテリさんの首に木刀の先端を当てた。
「ば、馬鹿な、速すぎる……!」
「これが戦場だったら、あなたは二回死んでるかもね。それで、まだ続けるの?」
木刀を飛ばされた時点で、彼女に勝ち目はない。
油断をするから、こうなるのだ。
最強と言われて調子に乗ってたのかもしれないけど、油断をする時点で力量は知れてる。
「こ、降さ――」
「待て……! やり直しだ!」
ローテリさんが降参しようとすると、またもや諦めの悪い国王が邪魔をしてきた。
やり直しって……。
「決闘ですよね? 真剣勝負に、やり直しなどないと思いますが……?」
「えぇい、うるさい! ここでは儂がルールだ! 武器を狙うなどという卑怯な真似をしおって! さすが恥知らずのヒューマンだな!」
武器を狙うのが卑怯?
何を、甘いことを言ってるの……?
「いや、スキルさえ使わなかったら、なんでもありって……」
「とにかく、やり直しだ! 反則負けにされたくなければ、言う通りにしろ!」
無茶苦茶だ。
やっぱり、性格が凄く悪い。
普通なら、こんなの認められないけど――。
「やっりなおし!」
「やっりなおし!」
「やっりなおし!」
「やっりなおし!」
ここは完全なアウェー。
当然、向こうに都合がいいように観客も動く。
「仕方ないですね」
めんどくさいので、私は開始位置へと戻った。
ここで反論したって、観客を味方に付けている国王は折れないだろうから。
「…………」
木刀を拾ったローテリさんは、真剣な表情で構える。
私の動きに神経を集中させるように、ジッと見つめてきていた。
さて、どうしようかな……?
スキルを使ってなくても、私の剣速に反応できないのはわかった。
だけど、彼女の剣速はまだ未知数だし、奥の手を隠しているかもしれない。
油断が消えた以上は、こちらも慎重にいこう。
――ということで、わざと彼女が反応できる速度まで落として、斬りかかるフェイントを入れてみた。
「――っ!」
ローテリさんは、慌てて防御の構えを取る。
その姿は、肩や腕をはじめとした全身に力が入っていて、ガチガチだった。
「やっぱりね」
私の剣速が見えなかったことと、私のほうが速かったことが、彼女の脳裏には焼き付いている。
だから、過剰に反応してしまったんだろう。
こんな構えじゃ、私の技を裁くことは無理だ。
「――まだやる?」
再度、フェイントとしてボディを狙うよう動き、彼女が反応したのを見てから、がら空きとなった顔へと私は木刀を突き付けた。
「じ、次元が、違う……」
たったの二撃にすら反応できなかったことで、実力の差を理解したんだろう。
ローテリさんは額から汗を流し、木刀を手から落としてしまった。
戦意を失ったらしい。
「さっきから何をしているんだ、ローテリ!! ヒューマンに負けるなど、エルフの恥だぞ……!」
しかし、やはり国王は諦めない。
自分がやっているわけじゃないから、好き放題言えるんだろう。
少し、このエルフが可哀想になってきた。
「くっ……!」
国王の前というだけでなく、多くのエルフに見られている状況では、引くに引けないんだろう。
苦しそうにしながらも戦意を取り戻し、すぐに木刀を拾った。
……意識を奪ってあげるのが、彼女のためかもしれないなぁ……。
「今度は、こっちの番だ……!」
私が木刀を下ろしたことで、隙ができたと思ったんだろう。
懸命にも、立ち向かってきた。
だけど――。
右、右、左、ボディ、顔を狙うと見せての足、また右、右――。
勇者の時と同じように、狙いも木刀も全て見えていた。
「なんで、当たらないんだ……!?」
「見え見えだからだよ。ヒューマンを馬鹿にしてたけど……あなた、うちの勇者と同じくらいじゃないかな?」
多分、然程実力に差はないと思う。
まぁ強いていえば、少し彼女の剣速のほうが速いかなぁ、程度だ。
「馬鹿にするな……! 私が、ヒューマンなんかに負けるわけないだろ……!」
「別に、恥じなくてもいいんじゃないかな? 元々エルフは接近戦は得意じゃなくて、遠距離からの支援が得意な種族なんだから」
少なくとも、私の時代では大半のエルフが、弓使いか魔法使いになっていた。
極たまに剣士や魔法剣士のエルフに会うこともあったけど、数は圧倒的に少なかったと思う。
「ふざけるな……! 我らは、接近戦こそを得意とする種族だ……! 躱しながら喋っていることと言い、どこまで私を愚弄する気だ……!」
いや、全然そんなつもりないんだけど。
むしろ、慰めてあげようとしたのに、なんで怒られないといけないの。
「――えぇい、何をモタモタしてるんだ! 構わん、スキルを使ってさっさと倒せ!」
攻撃が当たらないから、見ててもどかしくなったらしい。
国王が再度怒鳴り声をあげた。
「スキルなしって言ったくせに!?」
「私がルールだ!!」
もうなんでもありだな、あの国王。
さっさと消えてもらいたい。
「ちっ――!」
ローテリさんは舌打ちをしながら、私からバッと距離を取る。
そして、勇者と同じように、ブツブツと何やら呟き始めた。
どうやらエルフたちも、スキルには詠唱が必要と考えているようだ。
それもそっか。
ミルクちゃんたちも、そう思ってたんだから。
「――ごめんね、詠唱が終わるまで待ってあげる筋合いはないの」
「はっ!? いつの間に背後に――っ!」
私が後ろから首を手刀で叩くと、ローテリさんは言葉を詰まらせて倒れた。
これで、終わりだ。
「スキルが解禁されたからね、《テレポート》であなたの背後に飛んだの。まぁ、余裕がある戦いでしか、できないことだけどね」
詠唱をするために距離を取り、私に時間をくれたからできたことだ。
昔の戦いなら、《テレポート》を使う余裕なんてない。
「さて、ローテリさんは気を失ってしまいましたけど……まだやりますか?」
私はニコニコの笑顔で国王に首を傾げる。
今、とってもいい気分だ。
だって、悔しそうに歯を食いしばる国王が見られて――ないね?
なんだか、凄く驚いている顔をしてる。
「き、貴様、今のは伝説のスキル、《テレポート》か……!?」
伝説?
はて……?
「まぁ、《テレポート》ですが……」
「馬鹿な、現代にそのスキルを使えるような者はいないはずだ……! 貴様、いったい何者なんだ……!?」
何やら、知ったふうな態度を取る国王。
そういえば、エルフは三百年寿命があるわけだし、ヒューマンなどに比べて世代交代が少ない分、正確に話が伝わっているのかもしれない。
それにしては、詠唱なしのスキルや、戦闘技術が伝わってないのが疑問になってしまうけど……。
「改めまして、私はルナーラ姫より《英雄》の称号を
「ミ、ミリア・ラグイージ!?」
私の名を聞くと、大袈裟に驚く国王。
おっと、これは……?
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