第24話「交渉と条件」

「――また来たのか……。何度来ても、通す気はない」


 みんなを連れてエフティヒアの国境に戻ると、エルフの番人が嫌そうな顔をした。

 そう邪見にしなくてもいいのに。


「今回は、ただ入国のお願いに来たわけではありません。彼女たちを見て頂けますか?」


 私はそう言って、お城から連れてきたエルフの子たちを見せる。

 もちろん、魔王城から助けた子たちだ。


「なっ!? まさか、捕虜か……!?」


 ヒューマンがエルフを連れていることで、勘違いをした番人が私を警戒してくる。


 まぁ、体に傷の痕が沢山あるから、そう勘違いされても仕方がないのだけど……。


「彼女たちは、アルカディアに巣食う魔王を討伐した際に、魔王城から救出しました」

「ゴブリンの群れに襲撃された際に、行方不明になっていた子たちか……」


 私が言っている魔王というのが、ゴブリンロードだとすぐにわかったらしい。

 もしかしたら、この辺の情報は共有されているのだろうか?

 それにしては、エフティヒアを脅威にさらしている魔王の情報がないのだけど……。


 極悪国王が、口止めしているのかもしれない。


「彼女たちをそちらにお返しする代わりに、私たちを入国させて頂けませんか?」

「くっ、人質を取るなど、恥ずかしくないのか!?」

「……はい?」


 人質?

 いや、助けたって言ってるじゃん。

 それなのに、なんで罵倒されるのかわからない。


「やめてください……! 私たちは、ミリア様に命を救って頂いたのです……!」

「そうです……! その上、お城にて面倒まで見てくださったのですよ……!?」

「それにこの方は、エルフをおびかす魔王を討伐してくださろうとしています……! どうして、入国を認めてくださらないのですか……!?」


 私を庇うように、エルフの子たちが同族の番人に詰めよる。


 うんうん、偉そうな男が女の子たちに詰め寄られて怯むさまは、見てて気持ちがいいね。

 もっと言っちゃって。


 どうやら番人が押されているようなので、私は黙って見ておくことにした。


「――わ、わかった、わかったから……! 人質ではなかったと認める……!」


 女の子たちの勢いに負けた番人たちは、必死に頷いた。

 よし、まずはこちらが心理的優位に立てたようだ。


「しかし、国王様の許可がない限り、ヒューマンを国に入れるなど……!」

「魔王により、森を侵略されているのですよね? どうして、協力を断わるのでしょうか?」


 踏ん切りがつかない番人を、私はジッと見つめる。

 普通なら国に危機が迫っている時、他種族の協力は願ってもないはずだけど。


「国王様は、ヒューマンに借りを作ることを、嫌がっておられるのだ……!」


 は?

 しょーもな。

 それが国のトップ?

 笑わせないでよ。


 そう思うものの、当然口に出したりはしない。

 国に入れてもらうために、私はいい子でいないといけないのだから。


 ……まぁでも、国よりも自分のプライドを優先するような奴は、国王にふさわしくないと思うけど。


「魔王討伐が叶った際には、報酬を一つ頂きます。それにより、貸し借りは生まれないと考えます」


 これは、ルナーラ姫と話し合って決めたものだ。

 姫様は友人としてエフティヒアの姫を助けたいだけで、貸しを作りたいわけではない。

 だから、報酬も頂かなくていいと言われていた。


 しかし、報酬をもらわなければ、それこそ相手に貸しを作ることになる。


 報酬とは、依頼を達成した際に受け取るものであり、それによって冒険者と依頼主は対等な立場を築いてきたのだ。

 私は冒険者だから、その姿勢を貫かせてもらう。


「報酬とは……?」

「一つ、叶えて頂きたいものがあります。金銭は要求いたしませんし、魔王の脅威に比べれば些細なことです。むしろ、お国のためになるのではないでしょうか?」


 取り繕うようにニコニコとした笑みを作り、私は番人へと囁く。


「先に言わぬつもりか……?」

「妨害をされても困りますので。ただ、一つだけお約束をさせて頂きます」


「なんだ……?」

「エフティヒアの王族の許可がない限り、お願いは聞いて頂かなくて構いません。こちらに国璽こくじ付き誓約書も作成しておりますので、エフティヒアの国王様のサインを頂ければ、私は約束をお守り致します」


 この誓約書には、要約すると先程の、『エフティヒアの王族の許可がない限り、魔王討伐の際の願いは無視してかまわない』という旨が書かれている。

 私はこれにサインをもらえれば、そのまま魔王討伐に行くつもりだ。


「…………」


 番人たちは私の持つ誓約書を見つめ、考えこむ。

 そして、全員で集まって相談を始め、結論が出ると――。


「わかりました、国王様にお伺いしてみます。助けて頂いた少女たちの身元を調べたりするため、しばしお時間をください」


 前向きな考えになってくれた。

 低姿勢になったところを見るに、少なくとも彼らは私を認めてくれたんだろう。


「はい、是非よろしくお願い致します」


 私は頭を下げると、エルフの子たちと共に馬車へと戻る。

 身元がわからない以上、偽装された少女の可能性もあるため、彼らは国に入れないんだろう。

 人数に合わせて馬車も食料も持ってきたし、数日なら待てる。

 なんなら、テレポートでお城に戻ったっていいのだ。


 ……いや、お城に戻るとルナーラ姫の脅威があるから、やっぱりここで野宿しよう。


「――ミリア様、かっこよかったです……!」


 馬車へと戻る最中、黙って私の後ろで話を聞いていたアリシアちゃんが、興奮しながら話しかけてきた。


「えへへ、そうかなぁ? まぁこれ、ある人の見よう見まねなんだけどね」


 お姉様の振る舞いは、ずっと近くで見てきた。

 私も英雄という立場になった以上、相手に舐められると国のイメージも下がるので、お姉様を参考にして話したのだ。


「そうなのですね……! ですが、堂々とされておられたので、本当にかっこよかったです……!」

「そんなに褒めても、何も出ないよ?」

「煽てているわけではありません……! ミリア様は、いつもかっこいいのです……!」


 うん、凄く煽ててるように聞こえちゃうなぁ。

 まぁ、アリシアちゃんの熱に侵されたような興奮具合を見るに、本当に思ってくれてるんだろうけど……。


 彼女には、幻想の私が見えているのかもしれない。


「あの……一つ、お願いしてもいいですか……?」

「えっ、何? 別にいくらでもお願いしていいよ?」


 かわいい年下の女の子のお願いなら、私はなんだって聞いちゃうと思う。

 さすがに、死ねとか言われたら無理だけど。


「お姉ちゃん、とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」

「――っ!?」

「あっ、やっぱり馴れ馴れしすぎますよね……! で、では、お姉様とお呼びさせてください……!」


 私が驚くと、アリシアちゃんは必死になって訂正してきた。

 正直、その辺はどちらでもいいのだけど……意外と、グイグイ来るなぁ。


 もちろん、私としては大歓迎なのだけど。


「いいよいいよ、お姉ちゃんでも構わないし」

「本当ですか!?」


 私が笑顔で頷くと、アリシアちゃんの表情がパァッと明るくなった。

 ほんと、この子かわいすぎる。


 ――って、ちょっと待って!?

 アリシアちゃんにお姉ちゃんなんて呼ばれたら、私が勇者とくっついたって勘違いされるんじゃ……!?


 一般的に、弟や妹が他人を兄や姉と呼ぶのは、実の兄や姉が結婚した相手のことが多い。

 私は普通にお姉様をお姉様と呼んでいたから深く考えなかったけど、これはまずいかもしれない。


「――やったやった♪ お姉ちゃんって呼べる♪」


 だけど、隣で嬉しそうにはしゃいでいるアリシアちゃんを見ると、今更駄目だなんて言えない。


 仕方ない……最悪、勇者の存在はなかったことにしよう。

 あのクズなら、消しても許されるはず……。


 私がそう考えていると――


「「――ミリア様、アリシア様だけずるいです……!」」


 馬車でおとなしく待っていたミルクちゃんとクルミちゃんが、勢いよく駆け寄ってきた。

 話が聞こえていたようなのだけど――何が、ずるいんだろ……?


「えっと……?」

「「私たちも、ミリア様をお姉様とお呼びしたいです……!」」


 どうやら、彼女たちも私をそう呼びたかったらしい。

 要は、アリシアちゃんに嫉妬したわけだ。


 いや、うん――うちのパーティー、天使が多すぎない?


「もちろん、二人とも好きに呼んでくれていいよ?」

「「本当ですか!?」」


 二人は目を輝かせ、興奮したように頬を赤く染めた。


 うんうん、妹分ができて、嬉しい限りだよ。

 まぁ、隣でアリシアちゃんが、『むぅ……』って頬を膨らませていたけど。


 私は拗ねたアリシアちゃんを宥めながら、ミルクちゃんやクルミちゃん、そしてエルフの子たちと一緒に、野宿をするのだった。


 それから三日ほどが経ち、国王の入国許可が条件付きで下りた。


 その条件というのが――

「我が国最強の冒険者を倒せるのなら、滞在を許可しよう……とのことです」

 ――また、なんとも無茶ぶりだった。


 国王曰く、『魔王を討伐できるというのなら、それくらいはやってもらわないとな』だそうだ。


 うん、いい加減にしてくれる?

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