第20話「交渉失敗」
「――駄目です♪」
「……はい?」
私は首を傾げる。
「駄目です♪」
すると、再度ニコニコとした笑顔で、ルナーラ姫は私の申し出を拒絶した。
「すぅっ――」
なんで……!?
思わず、心の中でツッコんでしまう。
口にするのは怖かったので、言葉にはしなかった。
「どうしてですか……?」
私がしようとしていることは、必ず王国のためになる。
それを、現在の王国トップの人に止められるなんて、想像もしていなかった。
「やっぱり、私が一緒だからですか……?」
普通なら断られそうにない提案を断られてしまったので、アリシアちゃんが別の意味を見出してしまう。
負い目がある彼女からしたら、ネガティブな思考になってしまっても仕方がない。
だけどルナーラ姫は、そんな陰湿なことをするような人ではないと思う。
……多分。
「いえ、そうではありません。アリシアさんのことは、私も評価をしておりますので」
ルナーラ姫は、安心させるように優しい笑みを浮かべる。
やっぱり、理由は違った。
アリシアちゃんみたいないい子に、ルナーラ姫が冷たくするはずがない。
「そうですか……」
ホッと息を吐いて、アリシアちゃんは胸を撫でおろした。
姫様の前に行ってから緊張しっぱなしだったし、これで少しでも気が緩んでくれたらいい。
「ミリア様のおっしゃられる通り、装備や薬の改善は大いに今後役立つでしょう」
「それなら……」
「ですが、その採取に、ミリア様がわざわざ
ルナーラ姫は、私に楽をさせてくれようとしているのかな?
どういうものか、最初に採ってくれさえすれば、後は採取できる場所を教えることで、採ってきてもらえると思う。
それに、人数を増やせば増やすほど、私とアリシアちゃんだけで集めるよりも遥かに多く集まる。
だから、止められたのかと思ったのだけど――。
「ミリア様には、そのようなことよりも、戦闘技術を
どうやら、楽をさせてくれるわけではないようだ。
「えっ、嫌です……」
反射的に口から出てしまった言葉。
そのせいで、姫様の斜め後ろに黙って立っていたシルヴィアンさんの顔色が、一瞬で青くなった。
口をパクパクと動かして、明らかに動揺している。
「ミリア様……」
私の隣では、アリシアちゃんが同じように血の気が引いた表情で、恐る恐る私を見ていた。
この人、怖いもの知らずなのかな……とでも言いたげな表情だ。
そして私も、今自分が発してしまった言葉に対して、血の気が引いている。
どうして反射的に答えてしまったのだろう。
王族のお願いを断わるなど、処刑ものなのに……。
「え、えっと、今のは……そう、私は指導の経験なんてなくて、大勢を見ることができませんので……!」
とりあえず何か言い訳しないといけない。
そう思って、頑張って言葉を紡ぐ。
「ほら、私って教えられるほど戦闘に詳しくありませんし、小娘に教わったところで皆さん聞く耳を持ちませんよ……!」
この時代の戦闘技術に関して、私は基礎すら知らない。
どういうふうに習っているかもわからないし、どうして詠唱なんてものが存在するのかもわからない。
ましてや、詠唱がないとスキルが使えない人たちに教えようにも、どう教えたらいいかわからなかった。
アリシアちゃんの場合は、冒険の中でお互いを理解して、時間をかけて鍛えていこうと思っていたのだ。
いきなり指導員にされて、短期間で教えるなんて無理だった。
そんなことくらい、姫様はわかっているはずだけど……。
「ご謙遜をなさらないでください」
姫様は、優しい笑顔で言ってくる。
私の拒絶を気に留めていないようだけど、正直この笑顔の下では何を考えているのかわからないので、凄く怖い。
早くこの場を立ち去りたくなってきた。
「いえ、本音です……」
「そうですか……」
私の返事により、姫様は目を閉じてしまう。
どうやら、考えごとをしているようだ。
いったい何を考えているのやら……。
「心を許せる相手に限定し、数人ではどうでしょうか?」
「えっ……?」
「おそらくですが、アリシアさんが同行なされるのは、ただ功績作りのためではなく、ミリア様の戦闘技術をお教えになるためではないですか?」
やはり、この姫様は侮れない。
ひっそりと考えていた思惑を、見抜かれてしまっている。
となれば、私がさっさと引退をして、優雅な暮らしをしようとしている、ということまで見抜かれているかもしれない。
……でも、怒ってはなさそうだ。
「はい、姫様のおっしゃる通りです」
「本当ですか……!?」
私に鍛えるつもりがあることを知らなかったアリシアちゃんは、とても嬉しそうに表情を輝かせた。
強くなることが嬉しい気持ちはわかる。
だけど今の私には、純粋な彼女の瞳が痛かった。
「その冒険に、クルミ・リリス、ミルク・リリスの二名を同行させて頂きたいと思います。どうやらミリア様は、二人をお気に召しておられるようなので」
そう言いながら、意味深に目を細めて私を見てくるルナーラ姫。
うん、やっぱり何か怒ってる?
これ、嫌味に聞こえるのは私だけかなぁ……?
後、ほんとよく見てるね……。
「ひ、姫様……! さすがに、団員の中でも腕が立つ者たちを、同行させたほうがよろしいのでは……!?」
私が返事をする前に、シルヴィアンさんが納得いかない様子で待ったをかけた。
ルナーラ姫相手には従順そうに見えたのに、とても意外だ。
それだけ、彼女の中では見過ごせない配慮だったのかもしれない。
「変わりませんよ、たいして。そのようなことよりも、ミリア様がしっかりお教えくださる人材というほうが、大切です」
確かに、正直今の騎士団員や冒険者のレベルだと、ランクが違ってもそうたいして変わらない。
それよりも、既に打ち解けている子たちのほうが、私としては有難かった。
ミルクちゃんたちなら、素直に言うことを聞いてくれるだろうし。
「どうでしょうか、ミリア様?」
「ミルクちゃんたちでしたら……そうですね、大丈夫です」
うんうん、これは私にとってとても嬉しいことだよ。
俗にいう、ハーレムだね。
まぁ私も女の子だから、その言葉が適応されるかはわからないけど。
でも、かわいい女の子たちと冒険できるのは、素直に嬉しい。
「……あからさまに、上機嫌になりましたね……」
私の顔を見て、何やらボソッと姫様が呟いた。
何を言ったのかは聞こえなかったけど、ゾクッと悪寒が体に走る。
ロクなことは言われてなさそうだ。
「私も、行きたかったのですが……」
「リリアンは、団長という立場がありますので、さすがに許可できません」
シルヴィアンさんも何かボソッと呟いたのだけど、近くにいた姫様にしか聞こえなかった。
もしかしたら、一緒に行きたいと言ってくれたのかもしれない。
私のことを認めてくれてからは、素直に言うことを聞いてくれたし、魔物の罠などに関しても熱心に頭に叩き込んでいた。
シルヴィアンさんが同行してくれるなら、それはそれでよかったのだけど――団長が、騎士団を離れるわけにはいかないもんね。
「ところでミリア様」
「はい?」
ルナーラ姫はシルヴィアンさんと話しそうだったので、少し気を抜きそうになったんだけど……なぜか、再度私に話しかけてきた。
なんだろう……?
「冒険の許可を出させて頂く代わりに、お願いさせて頂きいことがございます。もちろん、先程の指導とは別件になります」
ニコニコ笑顔に戻って、私に近付いてくるルナーラ姫。
嫌な予感しかしなかった。
「なんでしょうか……?」
「実は、友好関係にある他国にも既に魔王討伐の知らせは行っており、とある国から要請がありました。ミリア様に、自国を荒らす魔王を討伐して頂きたい、と。採取のついでに、行ってきてくださいませんか?」
そう言って、姫様は私の頬を撫でてきた。
おかしい、体がゾクゾクとしてくる。
すぐ近くに来たルナーラ姫の笑顔からは、変なプレッシャーを感じてしまう。
率直に言って、『嵌められた……!』と思った。
姫様は、元からこの要求を通すつもりでいたんだと思う。
私が指導の件は断ると見越して、先にその話を持ち出すことによって、二度目は断りづらい状況を作ったんだ。
その上で、戦闘技術も学べるよう人材を二人送り付け、ポーションなどの改善もやらせようとしている。
そこまでが、姫様の描く話の流れに思えた。
「アリシアさんの功績にもなりますし、ちょうどよいのではないでしょうか?」
「あはは……そうですね……」
私は遠くを見つめながら、コクリッと頷くことしかできないのだった。
絶対これ、意趣返しみたいのが混じってるよ……。
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