第19話「新たな冒険へ」

「それで、話って何かな?」


 隅に行った私は、邪魔が入らないよう《魔法障壁》を周りに張ると、妹ちゃんに笑顔を向けた。


「あっ、えっと……自己紹介、まだでしたよね……?」


 妹ちゃんは人差し指を合わせながら、チラチラと私のことを上目遣いで見てくる。


 なんだろう、小動物みたいでやっぱりかわいい。

 こんなにもかわいい子が、あの凶悪な勇者の妹だなんて、本当に信じられない。


「そうだったね。私はミリア・ラグイージ、よろしく」

「あっ……私は、アリシア・ムーティです。よろしくお願いします」


 アリシアちゃんはホッとしたように笑みを浮かべて、ペコリッと頭を下げてきた。

 冒険者にしては、かなり行儀がいい子だと思う。

 もしかしたら、兄の悪い部分を真似ないよう気を付けて、育ったのかもしれない。


「アリシアちゃんは何歳なの?」

「十六歳です」

「わぁ……」


 思わず、昔の自分を重ねる。

 私がお姉様のパーティーに入ったのは十五の時だったけど、この子はいつから冒険者をやっているんだろう?

 いろいろとお話を聞いてみたい。


「えっと……?」


 私が何に感激しているのかわからないアリシアちゃんは、困ったように首を傾げてしまう。


「なんでもないよ」


 変に疑われるのは嫌なので、とびっきりの笑顔を返してみた。


「…………」


 すると、なぜか顔を赤らめられてしまう。

 ポーッとしてるけど、大丈夫かな?


「熱でもあるの?」

「あっ、いえ……!」


 心労などによる疲れから、熱が出たのかもしれない。

 そう思って心配すると、首を一生懸命横に振られてしまった。

 どうやら勘違いだったみたい。


「それよりも、その……お兄ちゃんがご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした……」


 アリシアちゃんは深々と頭を下げてくる。


『妹に尻拭いをさせるなんて、ほんとクズ兄貴』、と心の中でだけ毒を吐きながら、私は彼女の頭に手を置いた。


「いいんだよ、アリシアちゃんが悪いことをしたわけじゃないんだから」


 そう言って、優しく撫でてあげる。

 この子が気苦労で倒れないか、心配になってしまう。


「ありがとう……ございます……。ミリア様に……そう言って頂けて……心が軽くなります……」


 よほど気にしていたのか、俯いて顔を手で押さえたアリシアちゃんから、ポタポタと涙が落ちた。


 うん、今からもう一回勇者をしばいてこようかな――という考えが一瞬浮かぶけど、ブンブンと首を横に振って吹き飛ばす。


「少なくとも、私やルナーラ姫は、アリシアちゃんに責任があるなんて欠片も思ってないから、安心してね」


 実際、処罰を言い渡されたのは、勇者一人だ。

 それも、騎士団の監視が付き、辺境で暮らさせられるというかなり甘めの処分だった。


「ありがとうございます……。あの、お兄ちゃんの処分がかなり軽かったのは、ミリア様が口利きをしてくださったのですか……?」

「ん? 違うよ?」


 あんなクズを助けてあげようなんて、これっぽちも思わないもん。

 処分が軽くなったのは、ルナーラ姫の考えだ。


「では、どうしてあのような軽い処分に……? 姫様は、お兄ちゃんをよく思っていませんでしたし……」


 この子はよく周りを見ているんだろう。

 嫌っていることを態度に出しそうにない、ルナーラ姫の気持ちにも気付いていたらしい。


 まぁ、あれだけ勇者が好き勝手してれば、姫様からも嫌われているだろう、と思い込んでいるだけかもしれないけど。


「単純なことだよ。勇者を追放したら、他の国に迷惑がかかるでしょ? そしたら、姫様の責任になりかねないもん」


 あれでも、現代最強といわれた勇者だ。

 対抗できる人がいないところに追いやってしまうと、その地で好き勝手されてしまう。


 かといって、一度『勇者』と認められた者を処刑すると、それはそれで体裁が悪い。

 ということで、一旦猶予を与えたというだけの話だった。


 もし、再度何か問題を起こしたのなら――後のことは、私に任されている。

 当然その忠告は勇者にもされており、今はおとなしくなったようだ。


 あのお姫様は、やっぱりただ優しいだけじゃない。


 ……だから怖いんだけど。


「そういうことですか……。辺境に、というのはよかったかもしれません……」


 納得したらしく、アリシアちゃんは弱々しい笑みを浮かべる。


「街に留まってしまうと、嫌な視線に晒されるでしょうから……」


 それもそうだろう。

 元々嫌われていたのに、あんな恥まで晒したのだ。

 私だったら、もう街に足を踏み入れたくはない。


 そのため姫様も、勇者を下手に刺激しないよう、辺境へと追いやることにしたんだと思う。


「これから、どうするつもりなの?」


 私はアリシアちゃんのことが気になり、尋ねてみる。


「えっ……それは……」


 迷いがあるんだろう。

 アリシアちゃんは再度俯いてしまった。


「勇者について、辺境に行くの……?」

「わかりません……。今のお兄ちゃんに付いていくのは怖いですし……かといって、ここに残ったところで……」


 先程の貴族たちの態度を見てわかる通り、歓迎はされないだろう。

 それどころか、勇者の妹というだけで、いじわるをされてしまう。

 アリシアちゃんが迷うのも無理はなかった。


「だったらさ、私と一緒に冒険をしない?」


 だから、私は助け船を出した。


「えっ……?」

「今って、ポーションなどの回復薬だけでなく、防具も武器も、正直言ってやばいんだよね。こんな状態で冒険者やるなんて、自殺行為だよ」


 ポーションは泥水かと思うほど濁っていて、あんなの回復薬じゃない。

 鎧に関しても、やけに軽いなと思ったら、使われている鉱石は私たちの時代では最下級のものだった。

 支給されたものだけが――という可能性も当然考えたけど、どの鎧でも同じ鉱石が使われているらしい。


 当然武器も、私から見ると最低レベルのものばかり。


 これで魔物と戦うなど、無謀だ。


「だからさ、そういうのを改善して、多くの冒険者がしっかりと戦えるようにしようと思うんだ。そしたら、凄い功績になると思わない?」


 正直言うと、今の私は功績なんて興味がない。

 これ以上功績を積み上げなくても、優雅な生活が約束されているからだ。


 だけど――何か問題が起きた時、真っ先に駆り出されることになる。

 それは、今の冒険者たちの実力が低すぎるせいだ。


 そんなのごめんなので、落ち着いていられる今のうちに、体制を整えさせてもらう。

 そうすれば、私はかわいい女の子たちに囲まれながら、優雅な隠居生活を送れるはずだ。


 ――生きる意味を失っていたけど……ミルクちゃんやクルミちゃん、アリシアちゃんにチヤホヤされる生活は最高だと思う。


「私を、連れて行ってくださるんですか……?」


 上目遣いで、意外そうにアリシアちゃんは見つめてくる。


「私一人だと大変だし、勇者パーティーでやってきたアリシアちゃんは、他の冒険者よりも頼りになると思うの。功績があれば、みんなもとやかく言わなくなると思うし……どうかな?」


 アリシアちゃんは素直ないい子だから、冒険の最中に戦い方を教えてあげよう。

 お姉様が、私にしてくれたようにね。


 そして彼女が実力をつけてくれれば、私は晴れて引退できる。


「ミリア様が、よろしいのでしたら……」

「決まりだね! それじゃあ、姫様に報告してこよ!」


 よしよし、これでお城にいなくて済む!

 なんだか怒らせちゃってるみたいだし、さっさとお城から逃げ――冒険に出よっと!


 私はそんなことを考えながら、アリシアちゃんと共に姫様のところに向かうのだった。

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