第18話「笑顔のプレッシャー」

「――勇者の妹よ……」

「あんなことしておいて、よく顔を出せるわね……」


 今度は、勇者の妹ちゃんが非難の目を向けられる。

 本当に、この人たちは……。


「どうしたの?」


 私はなるべく優しい笑みを意識しながら、妹ちゃんに話しかける。


「あっ……」


 私の顔を見た妹ちゃんは、安心したように頬を緩めた。

 ここに来るまでもいろいろと酷いことを言われただろうし、安心してくれたのならそれでいい。


 当然、周りは戸惑った表情をしているけど。


「あの……ミリア様? 彼女は、その……勇者様の、妹ぎみですよ……?」


 貴族の一人が、『どうして優しくするのか』とでも言いたげな感じで、私に話しかけてきた。


 言いたいことがわからないわけではないけど……。


「この子が、何かしたのでしょうか?」


 私は、妹ちゃんを抱き寄せながら、貴族の女性に尋ねる。


「えっ……? ですから、勇者様の妹君で……」

「もちろん、そのことはわかっていますよ? 勇者さんが、どんな人だったのかも身をもって知っています。ですが、この子が何か酷いことをしたのでしょうか?」


 実績は、あげた本人にだけが付与され、血筋にも与えられるわけではない。

 それと同じで、たとえ兄が権力に物を言わせて好き放題したクズであろうと、それは勇者自身の責任だ。

 妹だからとはいえ、その責任を負う必要はないと思う。


「それは……」


 女性は、口元に手を当て、気まずそうに目を逸らす。

 言い返す言葉が見つからなかったんだろう。


 まぁ、そうだと思ったから、私も言い返したんだけど。


 私はこの時代で起きたばかりだから、知らないことが多いけど――妹ちゃんの行動を見ていて、この子は悪い子じゃないと思った。

 だから、勇者がいくら酷いことをしていても、この子はしていないと信じたのだ。


 彼女の反応を見るに、私の読みは当たっていたんだろう。


「…………」


 妹ちゃんは、私が味方になるとわかってくれたようで、私にギュッとしがみついてきた。

 まだ年齢は、十六か十七くらいだろう。

 周りの悪意を受け止めるには、若すぎる。


 ……まぁ、人のことは言えないんだけど。

 でも、一応年齢だけで考えれば千十八歳だし……。


「お話があるんだよね? あっちで話そっか?」


 貴族たちがもう何も言ってこない。

 そう思った私は、笑顔で広場の隅を指さす。


 ここでは邪魔者が多いし、妹ちゃんも二人きりのほうが気楽だろう。


「いいんですか……?」

「もちろんだよ。それでは、これで失礼致します」


 私は笑顔で、自分を囲っていた貴族や冒険者の女性たちに頭を下げた。

 まだ引き留めたそうにはしていたが、いい加減相手をするのも疲れたので、気付かなかったフリをしておく。


 もちろん、ちゃんとミルクちゃんたちが持ってきてくれた料理は、一緒に持っていった。


「あっ、女神様……!」

「おい、やっと話せるぞ!」

「ふふ、僕の出番が回ってきたようだね」


 私が妹ちゃんと二人で歩いていると、今度は男性連中が近付いてきた。

 女性陣が追い払ってたから、空くのを待っていたらしい。


 でも、今は妹ちゃんのために時間を使いたいから――。


「…………」


 笑顔で、プレッシャーを放っておいた。


「「「ひっ!?」」」


 男性連中はビクッと体を震わせ、足を止めた。

 そして――。


「あ、あ~、食い足りねぇな……!」

「おっ、おう、そうだな! 俺も飲み足りねぇよ!」

「ふふ……どうやら、僕の出番はまだだったようだね……」


 ダラダラと汗をかきながら、きびすを返してくれた。


 空気が読める彼らは、きっと長生きするだろう。


「今のプレッシャーも、何かのスキルなのでしょうか……?」

「へっ? あっ、うぅん、ただ笑顔を向けただけだよ?」


 まぁ本当は、殺気を飛ばしたんだけどね。

 怖がられたくないから、教えるわけにはいかないよ。


 もちろんこれも、お姉様の見よう見まねで覚えた奴だ。


 ほんと、普通に怒るお姉様よりも、笑顔で怒るお姉様のほうが怖かったからなぁ。

 今思い出すだけでも、足が震えちゃうよ。


「凄いですね……」

「あはは、全然凄くないよ」

「…………」

「ん? どうしたの?」


 何やらジッと見られたので、不思議に思った私は尋ねてみる。

 すると――。


「ミリア様はお強いのに……明るくてお優しいので、本当に女神様みたいです……」


 また、女神様として持ち上げられてしまった。


 まじで、やめてほしいんだけど……。

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