第17話「身分と立場」

「――ささ、女神様、沢山飲んでください」

「女神様は、今までどこで暮らしておられたのですか?」


 勇者を懲らしめた後、私の周りには人だかりができていた。

 まぁ、男性の皆さんは追い払われて、女性の皆さんばかりなのだけど。


 こういう時、女性は強いなぁって思う。


 そして、さっきからグラスが空くたびに、お酒を注がれてしまっていた。

 これだけお酒を飲ませて、どうしようというのか。


 まぁ私は、毒耐性のせいで酔えないんだけどね。


「あの、だからその女神様ってのは、おやめください……」


 貴族の女性たちに、私は作り笑いをしながらお願いする。

 神なんて名乗ったら、本物の女神様から天罰を与えられてしまう。


「ですが、皆さんそう呼ばれていますよ……?」

「あはは……ですから、困っているんです」


 本当にみんな、さっきから英雄様じゃなくて、女神様とばかり呼んでくる。

 これも全て、勇者のせいだ。


 後でルナーラ姫にお願いして、女神様呼びはやめさせてもらうしかない。


 その、ルナーラ姫といえば――。


「ふふ……♪」


 さっきからずっと、ニコニコの笑顔で遠くから私を見ている。


 ……怖い。


 なんだか怒っている気がして、私は今の彼女に近付きたくなかった。


 もしかしたら、壁にヒビを入れたことを怒っているのかな……?

 でもあれ、入れたの勇者だし……。


 私がぶっ飛ばしたせいで、というのは置いておく。

 弱い勇者が悪いのだ。

 私たちの時代だと、そういう判断になる。


「ミリアさ~ん! 食べもの持ってきました~!」

「いっぱい、食べてください……!」


 囲まれていることで、私が料理を取りに行けなかったからだろう。

 クルミちゃんとミルクちゃんが、料理をたくさん持ってきてくれた。


 この子たちこそ、女神というか、天使だと思う。


「なんで、騎士団の子が……」

「身分をわきまえてほしいわね……」

「ほんとよね~」


 しかし、貴族の女性たちは、ミルクちゃんたちのことを快く思っていないらしい。

 冒険者の女性陣にもさっきから厳しい目を向けているし、立場的に見下しているんだろう。


 その辺の扱いは私たちの時代でも同じだったので、今更感はあるけど――やっぱり、気持ちがいいものではない。


「わざわざ、ありがとうね。ここにいると気分が悪くなっちゃうから、向こうに行って自由にしてくれたらいいから」


 私は料理を受けとると、ミルクちゃんとクルミちゃんに耳打ちをする。

 本当はこの子たちを優先したいところだけど、貴族が相手となると下手なことはできない。

 場合によっては、ルナーラ姫の顔に泥を塗ることになりかねないから。


 冒険者たちだけなら、最悪実力行使で黙らせる――というのもあるのだけど、それも褒められたやり方ではない。

 だから、平穏に終わらせておきたかった。


 ミルクちゃんたちはちゃんと私の気持ちを察してくれたようで、ペコペコと頭を下げながら離れてくれた。


 さて――。


「仲がいい子たちなので、悪く言わないであげてください」


 私は、コソコソと陰口を叩いていた貴族の女性たちに向かって、『ちゃんと聞こえているぞ』、という意味を込めながら笑みを向ける。

 喧嘩をする気はないけど、だからって好き放題言わせておくつもりもない。


「い、いえ……! 女神様のご友人を、悪く言うつもりはありません……!」

「そ、そうです……! ただ、騎士団の御方は見回りなどがあって、大変だと思い……!」

「ですです……! あんな素敵な子たちを、悪く言うわけないではないですか……!」


 注意すると、彼女たちは慌てながら弁解をしてきた。

 よくもまぁ、思ってもないことをペラペラと言えるものだ。


「安心してください、ちゃんとわかっていますので」


 あの子たちを完全に見下して、文句を言っていたってことはね。


「「「…………」」」


 私を見ている貴族の女性たちは、黙り込んでダラダラと冷や汗をかいていた。

 こういうタイプの人たちは、言葉をそのまま受け取ったりはしない。

 しっかりと、含んだ言葉を読み取ったようだ。


「身分や立場は違えど、同じ国に生きるたみなんです。どこで縁があるかもわかりませんし、皆さん仲良く致しましょう」


 身分を偽っている人は、たまにいる。

 ただの冒険者だと思っていた人が、別の国からお忍びで来ているお姫様だったり、貴族のご子息だったりとか。


 まぁそういう人たちは、何かしらの訳を持っているから、私は気付いても触れないようにしてるんだけど。


「お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません……」

「「申し訳ございません……」」


 今度は、素直に謝ってくれた。

 別に、私が酷い言葉を受けたわけじゃないんだし、理解さえしてもらえれば、謝ってもらう必要はなかったんだけど。


「お気になさらないでください。それと、私は女神様ではなく、ミリア・ラグイージというヒューマンです。よろしければ、名前のほうでお呼びください」


 称号で呼ばれると、『英雄』ではなく『女神』と呼ばれそうなので、もう名前で呼んでもらうことにした。

 最初から、こうしていればよかったのだ。

 彼女たちも、そちらで呼ぶほうが嬉しいだろうし。


「ミリア様、とお呼びしてもよろしいのでしょうか……?」

「お好きにどうぞ」


 私は、満面の笑みを返しておいた。

 なんだか、キャーキャーと黄色い声が周囲からあがったけど、これできちんと名前で呼んでくれるだろう。


 そのまま、次々と押し寄せてくる貴族や冒険者の相手をしていると――。


「あの、ミリア様……先程は、ありがとうございました……」


 勇者の妹ちゃんが、恐る恐るという感じで話しかけてきた。


 ちょうどよかった。

 私も、彼女と話したいと思っていたんだ。

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