第16話「クズ勇者への鉄槌」

「ファ、ファイアボール……?」


 空を見上げた勇者は、ガクガクと体を震わせる。

 私が作り出したものと、自分が作り出したものの差に、驚愕しちゃったみたい。


 まぁこれでも、私のは抑えているんだけどね。


 本気でやっちゃったら辺り一面炎上して、私が打ち首にされちゃう。


「なんだよ、あれ! 太陽か!?」

「こんな冒険者が、いったい今までどこにいたんだよ……!」

「神だ……。女神が、ご降臨なされたんだ……」


 観客である冒険者や貴族たちが、私の《ファイアボール》を見て騒ぎ立てている。

 私たちの時代だと、これくらい作れる冒険者はゴロゴロといたけど、やはり今では珍しいらしい。


 肝心な勇者はといえば――。


「こんなの、どうやって勝てばいいんだよ……?」


 半ば、心が折れかけているように見える。


「どうする? まだ続ける?」


 ここら辺で折れてくれると、助かるんだけど――。


「へっ……?」


 私が下手に声をかけたせいで、呆然としていた勇者の手から《ファイアボール》が放たれてしまった。


「ミリアさん、危ない……!」


 クルミちゃんの焦る声が聞こえてくる。

 生身でこんなものを喰らえば、全身大火傷だろう。


 ――そう、生身で喰らえば。


 私に《ファイアボール》が直撃し、大きな煙が立つ。


「ラグイージ様!?」


 シルヴィアンさんの焦っている声が聞こえた。


「いやぁあああああ! ミリアさんが殺されたぁあああああ!」

「嘘よ……こんなの、嘘よ……!」


 ミルクちゃんやクルミちゃんの、涙声も聞こえてくる。


「おい、馬鹿勇者がやりやがった!」

「決闘でスキルを使うからだ、あのクズ!」

「英雄を殺した勇者……洒落になりませんね……」


 当然、観客たちの焦っている声も聞こえてきた。

 おそらく、映像越しにこの戦いを見ていた国民の人たちも、動揺しているだろう。


「お兄ちゃん、なんてことするの……!」

「い、いや、俺は殺す気なんてなくて……!」

「そんな言い訳、通じるわけないでしょ……!」


 どうやら声からして、勇者に妹が詰め寄っているらしい。


 さて、どうしたものか……。

 正直、気まずい。


「こんなことして、どう責任を――」

「――あ~、あの。はい、大丈夫です。生きてるんで」

「えっ……?」


 煙が晴れるのを待ってから声をかけると、勇者の胸倉を掴んでいた妹ちゃんの顔がこちらに向く。

 どうしたらいいかわからなかったので、とりあえずニコッと笑みを返しておいた。


「「「「「えぇえええええ!?」」」」」


 途端に、広場は驚きの声に包まれる。


 うん、うるさい。


「ななな、なんで生きてるんですか!? しかも、無傷!?」

「私、《魔法障壁》を張ってるから、あの程度のスキルじゃ効かないんだよ」

「なんですか、それ!?」


 そっか、そういえばこの時代の冒険者は、《魔法障壁》を知らないんだっけ?

 一々説明するのがめんどくさいな……。


「ば、化け物だ……! 英雄は、勇者より遥かに化け物だ……!」

「いや、神だ……! やはり、女神がご降臨なされたんだよ……!」

「確かにもうこの凄さは、女神じゃねぇと説明つかねぇ……!」


 いえ、普通にヒューマンです。

 あなたたちと同じ存在です。


 そう言いたくなるくらいに、観客たちが動揺している。


「魔王軍との戦いでは、重症を負った勇者たちを治したらしいし、やっぱり女神だったんだ……!」

「そっか、女神様が我々を助けに来てくださったのか……! 道理で、魔王なんて敵じゃないわけだよ……!」


 あっ、やばい。

 みるみるうちに、変な解釈をされていく。

 これ以上祭り上げられるなんてごめんだ。


「いや、私はそんな大したことないんで――」

「申し訳ございません、女神様……!」

「…………」


 誤解される前に止めようとすると、勇者の妹ちゃんが土下座をしてきた。


 なんか、呼び方が女神様に変わってるし……ほんと、勘弁してほしいんだけど……。


「もう降参させて頂きます……! お兄ちゃんが悪いのは重々承知ですが、命を取るのだけはお許しください……!」


 どうやら、妹ちゃんはこの戦いを終わらせたいらしい。

 土下座までしてくるなんて――私、そんな怖く見えるのかな……?


「おまっ、何勝手なことを……!」

「きゃっ!」


 妹ちゃんがしたことが気に入らなかったんだろう。

 あろうことか、自分の代わりに頭を下げた妹を、勇者は木刀で殴ってしまった。


「――っ」


 私は天に浮かべていた《ファイアボール》を消し、転がった妹ちゃんのもとに駆け寄る。


「大丈夫!?」

「は、はい……」

「ちょっと待ってね、《ヒール》」


 酷い怪我ではないけど、痛みがなくなるよう回復スキルを使ってあげた。


「ありがとうございます……」

「うぅん、気にしないで。それよりも、危ないから離れててね」


 私はそう言うと、妹ちゃんを背に庇うようにして、勇者を見る。


「さっきのは妹が言っただけで、まだ決闘は終わってないからな……!」

「本当に、心の底からどうしようもない男のようね……」

「な、なんだよ!?」


 私が睨むと、勇者はビクッと体を震わせた。

 おそらく、精一杯の虚勢を張っているんだろう。

 これだけ多くの人に見られ、あれだけ大きな啖呵たんかを切ったのだ。

 今更引けないのはわかる。


 それでも――妹に手を挙げるなんて、絶対に許せない。


「私ね、あなたに対して許せないことが二つあるの。一つは、先程自身の妹に手をあげたこと。仲間に手をあげるような男は、一番嫌いなの」


 私はそう言いながら、勇者に対して《魔法障壁》を張る。


「二つ目はね、あなたが呼ばれている『勇者』って称号は、私にとってとても大きな意味を持つ言葉なの。知ってる? その『勇者』って称号はね、千年前にいた優しくて美しく、そして最強だった『剣聖』が、魔王を討伐した際に王様から与えられた称号なんだよ」


「ま、待て……! 何をする気だ……!」


 木刀を構えながらジリジリと近付く私に対し、勇者は尻もちをついてしまう。

 腰が抜けたのか知らないけど、それでも逃げようと懸命に後ろに下がっている。


「その称号を、あなたは汚した。正直、万死ばんしに値すると思う」


「――やだ! 女神様、命だけはお許しを……!」


 私の言葉を聞き取った妹ちゃんが、背後から悲痛な声を出してお願いをしてくる。

 このクズ勇者に、あんなかわいくて性格がいい妹がいるなんて、人生不平等だ。


「あなたの妹さん、とてもいい子じゃない。そんな子を殴るなんて、いったいどういう神経をしているわけ?」

「ふ、ふんっ……! あいつはどうしても旅に連れて行ってくれって言うから、連れて行ってやってただけで、ただのお荷も――!」


「――鉄槌てっつい!!」


 勇者の言葉を最後まで聞かずに、私は本気の一撃を勇者のお腹へと叩きこんだ。


「ぐふっ……!」


 パリンッと《魔法障壁》が割れる音がし――勇者の体は吹き飛んで、壁へと激突した。


 私がわざわざ《魔法障壁》を張ったのは、本気で木刀を叩きこんでも死なない程度に衝撃を緩和するためだ。

 割れた後に壁にぶつかっているから、その衝撃はもろに勇者を襲っているだろう。


 だけど、そんなの私の知ったことじゃない。

 殺されなかっただけマシだと思え、と心の中で思った。


「妹ちゃんの痛みを思い知りなさい」


 そう言うと、私は勇者に背を向けた。

 そして、妹ちゃんに近付いていると――


「うぉおおおおお! 英雄の圧勝だぁあああああ!」

「ははは! あのクズ勇者がボコボコにされたぞ!」

「調子に乗ってるからだ、ざまぁみろ!」


「英雄様ぁ! 今晩わたくしとお食事でもどうですかぁ!」

わたくしとご結婚してくださぁい!」


 ――大歓声が巻き起こった。

 なんだか、女の子たちから積極的なアプローチのような言葉が聞こえたんだけど、やっぱり同性での結婚は一般的になっているようだ。


「お兄さんは一応生きてるから、安心してね?」

「は、はいぃ……」


 妹ちゃんに笑顔で手を差し出すと、なんだか顔を赤らめられてしまった。


 見た目的に、ミルクちゃんたちと同い年くらいかな?

 こんなにもかわいいのに、ほんとあのクズ勇者は何考えているんだか。


「ミリア様、なんと罪深い御方なのでしょう……。今晩、お呼びしなければなりませんね……」

「ひっ!?」


 突然背筋が凍るようなプレッシャーを感じ、振り返ってみると――ルナーラ姫がニコニコの笑顔で私を見つめていた。


 えっ、なんか不穏なオーラを纏ってるけど、なんで怒ってるの!?


 どうやら私の戦いは、まだ終わっていないらしい。


 ――なお、私の勝ちにより盛り上がっていた観客の皆さんは、賭けのことを思い出すと真逆の感情で大きな声を上げていた。

 貴族はまだしも、冒険者は絶望に染まったような表情をし――逆にクルミちゃんやミルクちゃんは、初めて見る大金を手にして、興奮気味に慌てていた。


 正直、勇者に賭けた人たちには申し訳なかったけど――自業自得だと、諦めてもらうしかない。

 私は、かわいく興奮してるクルミちゃんたちが見れて、大満足だった。




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【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


話が面白い、キャラがかわいいと思って頂けましたら、

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これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪


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