第14話「英雄VS勇者」

「――駄目よ、レイムフ!」

「私たち、追放されるわよ!」


 剣に手をかける勇者を、二人の女性が止めようとする。

 勇者一行の人たちだ。


「お兄ちゃんやめて! あの人は、私たちの命を助けてくれたんだよ!?」


 短剣使いの少女も、勇者の前に立ちはだかる。


 あの子、勇者の妹だったんだ……。


「うるさい! お前らは、俺がどれだけコケにされたか見てただろうが!」


 コケにしたって……私、まともに会話すらしてないんだけど?

 もしかして、他の冒険者たちに馬鹿にされたのかな?


「だからって、剣を向ける相手を間違えたら駄目……!」


「いいんだ! あいつを倒して、俺の実力を全員に見せつけてやるんだよ!」


 どうやら自分の力を見せつけたくて、私に難癖をつけているらしい。

 魔王を倒した英雄を倒せば、実力が証明されるというのは間違いではないと思う。


 だけど――今も、醜態しゅうたいを晒していることはいいのかな?


「それに、名も聞いたことがない奴が、どうやって魔王を倒せる!? どうせ俺たちが罠を発動させてたから、楽に魔王のところに行けただけだろ! シルヴィアンがついてたらしいから、魔王を倒したのもシルヴィアンのはずだ!」


 私の名を聞いたことがないから、私が倒したと思っていないようだ。

 それで余計に喰い掛かってきてるらしい。


 でも、シルヴィアンさんが私に手柄を譲る、メリットがないんだけど……?


「勇者様、場をわきまえてください」


 荒れ狂う勇者を、私の隣に立っていたルナーラ姫が注意をした。

 見れば、見据えるように勇者を見つめている。


 声も落ち着き払っているが、怒気を含んでいるのが伝わってきた。


「姫様、俺との約束は……!?」


 ん、約束?

 いったいなんの話だろう?


 私は気になりながらも、黙って二人のやりとりを見守る。


「魔王を討伐したあかつきには、私と結婚するというお約束ですか?」


「「「「「――っ!?」」」」」


 平然ととんでもないことを言った姫様の言葉で、場にいた全員が息を呑んだ。

 見れば、勇者一行のメンバーは顔色が青ざめている。

 そんな約束、聞かされていなかったんだろう。


 ――うぅん、動揺具合を見るに、妹を除いた二人は、勇者と既に関係・・があるのかもしれない。


「もちろんだ……! 魔王は他にもいる! そいつらを倒せば――!」

「残念ながら、既にその権利はミリア様が有してございます」


「……えっ?」


 いきなり名前を出されたので、私はつい姫様を見つめてしまう。

 すると、かわいらしくウィンクをされてしまった。


 この人、最初からそのつもりだったんだ……。


「やっぱり、貴様を倒せば……!」


 おかげで、勇者の殺意が私に向けられる。

 どうして、シルヴィアンさんが魔王を倒したとして、手柄を私に譲るのか――と疑問に思ったけど、勇者は『自分と結婚したくないルナーラ姫が仕組んだ』と思っているのかもしれない。


 ここでルナーラ姫との結婚の権利を放棄すると言ったら、彼女に恥をかかせる行為だ。

 ルナーラ姫に恥をかかせるなんて、国民が許してくれないだろう。


 なんせ彼女は、国民から愛されるほどの大人気なお姫様なのだから。


 ましてや、相手がクズなのであれば――ここで退くなど、許されるはずがない。


「――おい、英雄と勇者の対決が始まりそうだ! どっちに賭ける!?」

「ん~、魔王を討伐した英雄に――って言いたいところだけど、勇者は化け物みたいに強いんだよな……」


「勇者が魔王に敗れたっていっても、卑劣な罠に引っかかってだろ? 直接対決なら、さすがに勇者のほうが強いんじゃないか?」

「まぁ、魔王軍を虫けらのように倒してたとはいえ、勇者でもそれくらいはできるんじゃないか……? なんせ、勇者って呼ばれるくらいだし……」


 うん、みんな酷くない?

 手のひら返しにもほどがあるよ。


 なぜか賭けが始まっていて、みんな勇者が勝つと思っているらしい。

 まぁ名が知れていなくて、いきなり英雄に祭り上げられた冒険者と、元から名が知れていた勇者では、評価が違っても仕方がないのかもしれないけど……。


「私は、ミリアさんに賭ける……!」

「わ、私も……!」


 クルミちゃんとミルクちゃんは、私に賭けてくれたみたいだけど――そもそも、こんな賭けに乗らないでほしい。

 対決しないといけない空気が、出来あがるから……。


 ――案の定、冒険者どころか貴族や騎士団の人まで賭け始めた。

 ただの冒険者の決闘なら貴族は興味を示さないだろうに、英雄と勇者の決闘なら興味津々というわけなのだろう。


「仕方がありませんね。ミリア様、お相手をして頂けますか?」


 言葉通り仕方なさそうに溜息を吐きながら、申し訳なさそうに私を見てくるお姫様。


 うん、何が仕方ないのかな?

 全部わかっててやってたよね?

 その表情が演技だってこと、私にはバレてるよ?


 そうツッコミたくなるけど、この策略家的お姫様を敵に回すのは怖いので、おとなしく黙っておく。


 正直、魔王城の時は頭に来て、勇者の根性を叩き直そうと考えてたけど――頭が冷えた今となっては、わざわざ相手をするのがめんどくさい。

 というか、実力を知らないから戦いたくないというのが、本音だ。


 でも、断れる空気じゃないし……。


「私、ドレスなんですけど……?」

「非常事態なので、着替えてくださってかまいません」


 くっ、あんなに着替えるのを拒否したくせに……!


 そう思いながら、私は渋々冒険者の服へと着替えに戻った。

 そして、着替え終わると――。


「国民の皆様が見ておられるので、こちらでお願いしますね」


 剣ではなく、木刀を渡されてしまった。


 広場の一部は既に、暴れられるようスペースが確保されており――その場にいた冒険者や貴族が、円を描いて待っている。

 完全に見世ものだ。


「私はかまわないのですが……」


 勇者のほうは、いいのかな?

 木刀っていっても、筋力五倍のスキル――《インクリースマッスル》を常時発動している私が使うと、結構な威力になると思う。

 多分防御スキルなしでは、当たり所が悪くなくても死んじゃうんだけど……。


「はっ、やっと来たか! 怖気づいて逃げたかと思ったぞ!」

「…………」

「どうした? さっさと来いよ、英雄様! 女が男に勝てるわけないって、思い知らせてやる!」

「……にこっ」


 はは、そっか。

 相手はクズだった。

 何も心配いらないや。


 素なのか、それともわざとなのかはわからないけど――勇者が煽ってきたので、私はもうごちゃごちゃと考えず、勇者の前に立った。


「立ち合いは私がさせて頂きますが――お二方とも、くれぐれも命を奪わないように」


 立ち合いは、シルヴィアンさんがしてくれるらしい。

 彼女なら不正をすることもないし、勇者と見学している仲間を警戒するくらいでいいだろう。

 ただ、先に心の中で謝っておく。


 勇者、死んじゃったらごめんね?

 

「それでは――」


 シルヴィアンさんが、開始の合図となる、腕を振り下ろそうとした時だった。


「はぁあああああ!」


 勇者が、突っ込んできたのは。


          ◆


 リリアンの開始を待たずして、勇者様はミリア様に襲い掛かってしまいました。

 相変わらず、勇者にふさわしくない御方です。


「おい、まだ開始は――!」

「かまいません、そのままで」

「姫様……」


 私が止めると、リリアンは腑に落ちない表情を向けてきました。

 それも当然でしょう。

 これでは、ミリア様が不利になってしまうのですから。


 ですが――かまいません。

 それくらいのハンデがないと、すぐに勝負は終わってしまうでしょうから。


 私がそのようなことを考えている間にも、無数の切っ先がミリア様を襲います。


「うそ、でしょ……!?」


 ミリア様が勇者様の剣速・・に驚いている声が、ここにまで届いてきました。

 それくらい、現代の勇者の力は驚きだったのでしょう。


「――すげぇえええええ! 勇者の剣、全然見えねぇぞ!」

「はは、こりゃあやっぱ、勇者に賭けて正解だったな!」

「あぁ、これは瞬殺で――」


 勇者様の剣速に、驚いている観客の皆さん。

 これが、今の冒険者の実力です。 


「――って、あれ……?」

「おい、なんかおかしいぞ……?」


 ようやく、既に起きている異変に、気付く者が現れたようです。


「英雄の奴、全部躱してないか……?」

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