第12話「お姫様は腹黒?」

「実際、ミリア様に真相を伝えないという道もあったでしょう」


 私の嫌味に対して、ルナーラ姫は動揺せずに凛とした表情で見つめ返してきた。


「しかし、千年もの時を超えてミリア様が現れたことは、私どもにとって願ってもないほどの幸運なことでした。都合が悪いことを隠し、貴方様の厚意に甘えるようなことは、したくなかったのです」


 慎重に言葉を選んでいるのがわかる。

 おそらくこの人は、私が命を絶とうとしていたことを、見透かしているんだろう。

 その上で、私がここを離れないようにするのは、どうしたらいいのか――というのを考えながら、話していると思う。


「あまり買いかぶらないでくださいね? 私は、聖人ではありませんので」


 あくまで私は、冒険者だ。

 ただ働きをする気はないし、なんでもかんでも許したりはしない。

 名誉やお金のために戦いはすれど、どうでもいい人のために戦ったりなどしないのだ。


「顔を合わせたばかりで何も知らないくせに、私の何がわかるんだ――とでも、思われていますでしょうか?」


 まるで、私の心を見透かしているかのように、ルナーラ姫は私に問いかけてくる。

 実際、似たようなことは考えていた。


「そこまで失礼なことは、考えておりません……」

「よろしいのです、ミリア様がそう思われるのは、正しいと思いますので」


 どうやら、確信を持たれてしまっているらしい。

 王族の中にはたまに、家臣や国民のことを親身になって考え、心を見通せる人がいるというのは聞いたことがある。

 ルナーラ姫は、そちら側の人間なんだろう。


「私も、ミリア様のことを知り尽くしている、などと言うつもりはございません。これから、貴方様のことを教えて頂きたいと思っておりますので」


 城に住まわせ、ましてや隣の部屋にしたのは、私と一緒にいる時間を増やす狙いなのかもしれない。

 本当に、このお姫様は何を考えているのか……。


 私がそう気にしている間も、ルナーラ姫の言葉は続く。


「ですが――既に起きた事実から、わかることもございます。騎士団員の子たちを身を呈してお守りしたり、しんがりを自分から買って出たり――性格に難ありの、勇者様をお助けになったり……お優しい御方でなければ、しないことだと思います」


 ルナーラ姫は、相変わらず見惚れそうになるほどの素敵な笑顔で、見当違いなことを言ってきた。

 まぁ何も知らずに見てたら、そう勘違いされても仕方がないけど――この人、私が死のうとしてたことに、気付いてると思うんだけどな……。


「守った子たちは私のお気に入りの子たちでしたし、しんがりにも個人的な理由があり――勇者に関しては、戦場の影響力を考慮した結果ですから……」


 てか、勇者がクズだって知らなかったし。

 知ってたら、助けなかったかもしれない。


「真実など、関係ないのです。魔王討伐にて行われたミリア様の行動は、多くの者が目にし――その立ち振る舞いと武功は、その場にいた者たちの胸に刻まれたことでしょう」


 ……あれ?

 私の性格についての話をしてたんじゃなかったっけ……?


「つまり、どういうことでしょう……?」


 ルナーラ姫が何を言いたいのかがわからなくなってしまい、私は結論をくことにした。


「既にミリア様は、この時代に生きる者たちから見ても、実力を兼ね備えた人格者――英雄に、ふさわしいと思われているということです」


 なるほど……。

 私がどう否定しようと、過去にお姉様が残した情報通りの人物に、現代でもなっているってことか……。


 ――ルナーラ姫って、やっぱり腹黒なのかな……?


 思わずそう思ってしまった。

 少なくとも、ただ優しいだけではないと思う。


「そこまで私を持ち上げて、生きていてほしいわけですか……?」

「私は何も持ち上げておりませんよ。全て事実であり、ミリア様の人格と実力により、必然としてこうなった――というだけのお話です」


 う~ん、まぁ、魔王討伐にルナーラ姫の関与がなかったのは事実だけど……。

 私の常識と、今の冒険者の常識がかけ離れていることは、また教えてもらえるのかな……?


「お話を戻させて頂きますが、ミリア様が目を覚まされた際には、王家の一員として迎え入れ、不自由なく暮らせるようにサポートするよう、言伝を受けておりました」


 お姉様、ちゃんと私のこと、考えてくださってたんだ……。


 嘘を吐かれたのは悲しいけど、気にしていてもらえたのはやっぱり嬉しい。


 ――だけどそれは、いくらご先祖様からの言葉とはいえ、ルナーラ姫からしたらいい迷惑だっただろう。

 今回の魔王討伐を私がしたのは、彼女からしたら都合がよかったのかもしれない。

 いきなり現れた人間を王家に迎えようとしたら、周りが黙っていないけど――魔王討伐の褒美として、結婚で迎え入れることになれば、誰も文句言わないだろうから。


「いたせりつくせり、というわけなんですね……」


 ただ、気になることもある。

 どうしてそこまで話が通っているのに、私が土の中に埋まっていたのか――ということだ。

 おそらく、先程お姫様がおっしゃった、『御身おんみをお守りすることができず』というのが、関係しているんだろうけど。

 もしかしたら、ここまで冒険者たちが衰退したこととも、関わりがあるかもしれない。


 だけど――今は、もう休みたい。


「一度にお話をしてしまっては、頭が混乱してしまいますよね。後々、ゆっくりとお話はさせて頂きますので、本日はもうお休みください」


 さすがと言うべきなのか、私がもう話したくないということを、敏感に察せられてしまった。


「一つだけ覚えておいて頂きたいのは、私は何があろうと、ミリア様の味方ということでございます」


 ルナーラ姫はそう言うと、私の両手を自身の両手で包んできた。

 そして、ニッコリとかわいらしくて温かい、優しい笑顔を向けてくる。


 やっぱり、この人――私を、落とそうとしてる気がする……。

 凄く綺麗なお姫様にこんなことされたら、女の子だって意識してしまうもん。


 でも、私は……そう簡単に、落ちたりなんてしないけどね……!


「そう言って頂けて、心強いです」


 私は精一杯の笑顔で、話を合わせておいた。


「討伐に参加してくださった冒険者の方々は、数日もすればこちらに到着するでしょうから、その際は盛大に宴を致しましょう。ミリア様には、私の隣に席をご用意させて頂きますので」


 うん、なんだかがっつり外堀を埋められて、グイグイこられそうな気しかしないけど――大丈夫!

 私は、お姉様一筋なんだから……!


 こうして、熱い眼差しを向けてくるルナーラ姫との一夜は、終わりを迎えたのだった。

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