第10話「私、狙われてる?」

 宴は、冒険者たちが街に着いてから――ということで、私は与えられたお部屋でゆっくり休むように言われた。

 だけど――。


「豪華すぎるんだよなぁ……」


 宿暮らしや野宿が当たり前の冒険者にとって、王族が住むお部屋は住む世界が違うように感じてしまう。

 正直、家具一つで冒険者の稼ぎが飛ぶんじゃないか、と思うほどだ。


 家具に宝石が埋め込まれてるとか、まじでわけわからない。


「気に入って頂けましたか?」


 いつの間にか、私の後ろにルナーラ姫が笑顔で立っていた。

 シルヴィアンさんとお話をされるってことで、先にメイドさんと部屋へ行かされたんだけど――シルヴィアンさんは、どこに行ったんだろ……?


「どうでしょうか?」


 私が答えなかったからか、ルナーラ姫は素敵な笑顔のまま小首を傾げる。

 年齢はやっぱり十八歳らしく、行方不明になったというご両親の代わりに、現在は王様の職務を全うしているらしい。


 身長は、私より少しだけ低かった。


「私には、もったいなさすぎるほどのお部屋です……」


 えぇ、本当に。

 家具を傷つけるのが恐ろしいから、宿屋で部屋を借りられないかな……?


「気に入って頂けて、よかったです。私のお部屋はお隣なので、何かあったら遠慮なく声をかけてくださいね?」


 見惚れてしまうような素敵な笑顔で、怖いことをおっしゃってくれるお姫様。


 私の隣の部屋がお姫様のお部屋だなんて、悪い冗談でしょ?

 音立てないよう、息を殺さないといけないじゃん……。


「さすがに、不用心なのでは……?」


 お姫様が相手だけど、初めて会ったばかりの冒険者を隣の部屋にするなんてありえないので、苦言を言ってみる。


「ミリア様だからこそ――ですね。普通ではありえない、ということは認めます」


 やはり、この子は私の過去を知っている。

 そうじゃないと、この状況が説明できないもん。


「ミリア様がお連れになった御方たちには、申し訳ございませんが、別館にて生活をして頂く予定です」


 ルナーラ姫がおっしゃっているのは、魔王城から連れ帰った女の子たちのことだ。

 心を壊している子や、帰り場所がない子、そしてエルフやビーストマンの子がいるのだけど……。


「ルナーラ姫、そのことに関して、ご相談があります」


 別館とはいえ、あの子たちがお城で生活するなら、ルナーラ姫にはちゃんと言っておかないといけない。

 他の子たちが漏らす可能性もあるし、生活しているうちにバレてしまうだろうから。


 何より、ルナーラ姫なら、あの子たちも丁重に扱ってくれそうな気がした。


「大方の予想はついております。お眠りになる前に、私のお部屋にお越しください。他にも、お話をしなければならないことがございますので」


 ――私は、考えが甘かったのかもしれない。


 ルナーラ姫から放たれていた優しくて温和な気配は消え、息をするのもはばかられるような、威圧感を持つ支配者の雰囲気が彼女から漂い始めた。


 真剣な表情になるだけで、ここまでプレッシャーを感じるなんて……。


「――さすが、隙がいっさいございませんね」

「えっ……?」


 私は無意識に身構えていたんだろう。

 そんな私を見ていたルナーラ姫は、ニコッと優しい笑みを浮かべた。


「私を、試したのですか……?」

「申し訳ございません。実際に、この目で確かめたかったのです」


 ルナーラ姫は、ペコッと頭を下げてきた。

 この、人を試したがるところ――お姉様と同じだ。

 優しそうな雰囲気は、ルナーラ姫がまさるけど……やっぱり血縁なんだと思う。


「これだけで、わかるものなのですか……?」

「本質的な強さはわかりませんが、剣技に関してはだいたいの強さがわかります」


 本質的な強さというのは、《スキル》のことを言っているんだろう。

 私たちの時代では、剣技を磨くことは大切だったけど、強さに必ずイコールするわけではない。

 魔力を多く保持し、強い《スキル》を持っていれば、剣技を極めた相手にも勝ててしまうのだから。


「ミリア様に実力を披露して頂く機会は、すぐ訪れると思います。かっこいいお姿が拝見できるのを、楽しみにしておりますので」


 いったい、彼女には何が見えているんだろう?

 そして、私にどんな厄介ごとを押し付けるつもりなのか……。


 私は、かわいくて綺麗で、底が見えないお姫様に対し、複雑な感情を抱くのだった。


          ◆


 お城での食事は、はっきり言って最高だった。

 口に含んだ瞬間、肉汁を溢れ出しながら瞬時に溶けてしまうお肉。

 シャキシャキとして、旨味をたぶんに含んだ瑞々みずみずしいお野菜。

 魚介系のスープやフルーツもおいしく、幸せな時間だった。


 そして――恐怖の時間が訪れる。


「ふふ、こうしてミリア様にお会いできて、私は本当に嬉しいのですよ?」


 湯浴ゆあみを終えて全身からいい匂いをさせながら、無防備な寝間着で私のお部屋にこられたルナーラ姫が、頬を赤く染めて私の手に自分の手を重ねてきているからだ。

 ベッドの上に座らされたと思ったら、ルナーラ姫が私にくっつくように座ってきて――までは、百歩譲ってわかる。

 でも、どうして、手に手を重ねられてるんだろ……?


 私、もしかして……お姫様に、狙われてる……?

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