第9話「魔王討伐の褒美」

 馬車に揺らされながら数日が経ち――やっとお城のある街に着いたと思ったら、すぐにお城に連れて行かれてしまった。


「――姫様、魔王を討伐なされた、ミリア・ラグイージ様をお連れ致しました」


 お姫様のお部屋に連れてきてくれたシルヴィアンさんは、敬礼をしながら私のことを紹介してくれる。


 正直――今すぐ、ここから逃げたくて仕方がない。


 お姫様相手に粗相をしたら、どうしよう……?

 よく考えたら、エルフの子たちのことをチクられると、私やばいんじゃ……?


「ミリア・ラグイージ……」


 お姫様は、噛みしめるように私の名前を口にする。


 あれ……?

 この鈴のように、綺麗で澄んだ声って……?


 俯いていた私は、思わず顔を上げてしまい、姫様へと視線を向けた。


ようこそ・・・・越こし・・・ください・・・・ました・・・、ミリア様」


 私を見つめる十代後半の少女――姫様は、とても優しい眼差しで微笑んできた。


 真紅の瞳に、花びらを連想させる桃色の綺麗な髪。

 筋が通った高い鼻に、薄めな唇。

 凛としていながらも、どこか人懐っこさが窺える童顔は――私の知る、お姉様の面影があった。


「お姉、様……?」

「えっ?」


 私が呟いた言葉に、近くへいたシルヴィアンさんが敏感に反応する。


「う、うぅん、なんでもないよ……!」


 私は慌てて、笑顔で誤魔化す。

 あれから千年が経っているんだ、お姉様がいるはずがない。

 ましてや、私が最後に見たお姉様よりも、お姫様は十歳ほど若いのだし。


 だけど――。


「ふふ、ミリア様。そのようにお慌てになるのは、おやめください」


 彼女は、なぜか嬉しそうに笑った。

 どこか親近感が湧くのは、お姉様によく似ているから――ではないと思う。


 優しそうな御方……。


「自己紹介が遅くなりました。わたくしの名は、ルナーラ・オリビア・ヴィーナスと申します。以後、お見知りおきを」


 姫様は豪華な椅子から立ち上がり、スカートの両端を指で摘まむ。

 そして、少し持ち上げながら――膝を落とし、頭を下げてきた。

 敬意を払う相手にする所作だ。


「ミリア・ラグイージと申します……! この度はお招き頂き、大変光栄でございます……!」


 私は慌てて右膝を床に着け、左膝を立てながら頭を下げた。

 そんな私を見て、感心したようにシルヴィアンさんが息を吐く。


「さすが、ラグイージ様……。冒険者はそのような所作を知らないと思っておりましたが、余計な心配でした」


 心配するくらいなら、先に教えて……!


 というツッコミは、グッと飲み込む。

 まぁ私も、お姉様に教えてもらったから知ってるんだけど。


 ――って、あれ……?

 お姫様の名前、オリビアって言った……?


 いきなり頭を下げられたから、反射的にこちらも対応したけど、今更になって彼女の名前が気になった。


「お顔をお上げください。ミリア様とお会いできて、とても光栄です」


 その言葉は、普通に聞くと違和感がない。

 魔王を討伐した者として、会いたかったと言っているように聞こえる。

 現に、シルヴィアンさんはそう捉えているから、何も疑問を抱いていないようだ。


 だけど――姫様は、私の正体を知っているんじゃないだろうか……?


 そう思わずにはいられなかった。


「ラグイージ様、姫様のお許しが出ましたので、お顔をお上げください」

「あっ、うん……」


 シルヴィアンさんに促され、私は立ち上がる。

 姫様は相変わらず優しい笑みを浮かべながら、私を見つめていた。


「リリアン、報告をお願いできますか?」

「はっ!」


 姫様が視線を向けると、シルヴィアンさんは敬礼して口を開いた。


 彼女は、予定通り冒険者たちをつどい、魔王城に乗り込んだこと。

 勇者一行を魔王のもとまで連れていくも、魔王の仕掛けていた罠にやられてしまったこと。

 などを、淡々と報告していった。


 そして――。


「敗戦濃厚となり、勇者一行の命が危うかったところをお救いになったのが――こちらの、ラグイージ様になります……!」


 私の話になると、急に興奮したように話し始めた。

 ちょっとむず痒い。


「女神の所業とさえ思える、重症者を完璧に治してしまう異次元の能力! 数多の強力な兵たちに、大幹部や魔王をたった一人で圧倒してしまう強さ! 何より――魔王城に張り巡らされた罠をものともしない知識量に、魔物の赤子さえ見逃さない冷徹さは、これが本来あるべき冒険者の姿だと思わされました!」


 盛ってる盛ってる……!

 完璧に治せてないし、魔王城の罠もほとんど攻略してないから!

 攻略する前に、発動されてたんだし……!


 てか、最後のって褒め言葉!?


「そして――一人のヒューマンとして、彼女は尊敬に値するほどの思いやりと優しさを兼ね備えております! 心技体全てにおいて、現冒険者の中で彼女の右に出る者はいないでしょう……!」


 興奮したように、早口で熱弁してくださったシルヴィアンさん。


 わかってる?

 私のハードル、凄く上げちゃってるよ……?


「まぁ……! リリアンがそこまで入れ込むなんて、よほどのようですね……!」


 ほら……!

 姫様の中で私の評価が爆上がりだよ……!

 

 これ、無茶な依頼とか押し付けられるんじゃないの……!?


「それでは、彼女に『勇者』の称号を授与――」

「姫様、お言葉なのですが……ラグイージ様は、『勇者』の称号は嫌なようで……」


 私とのやりとりを覚えてくれていたようで、失礼になりかねない行為なのに、シルヴィアンさんはお姫様の言葉を止めてくれた。


 そういう気遣いができるなら、私の立場に関しても、もう少し考えてもらいたかったなぁ……。


「なるほど、確かにそういうのはあるのかもしれませんね」


 よほど優しいお姫様なのだろう。

 シルヴィアンさんの言葉に怒ることはなく、優しい笑顔で頷いてくれた。


「しかし、魔王を討伐してくださった御方に、何も称号を与えないわけにもいかず――『英雄』はどうでしょうか?」

「『英雄』、よろしいですね……!」

「シルヴィアンさん!? 」


 なんで私よりも先に頷いちゃってるの!?


「ラグイージ様、『勇者』とは別の称号ですし、この称号があれば国で自由が利きますよ?」


 うっ……それは魅力的な提案……。


 確かに、魔王を討伐した『英雄』となれば、どこに行っても歓迎されそうだ。

 少なくとも、千年ぶりに街を訪れて酷い目に遭うようなことには、もうならないだろう。


 お姉様とは別だし……いいかな。

 それに、お姉様が『勇者』の称号をもらった時と同じ流れでもらえるのは、素直に嬉しいかも。


「有難く、拝命させて頂きます」


 こうして私は、『英雄』という称号をもらうことになった。


 しかも、それだけではなく――。


「お住まいにお困りではございませんか? よければ、このお城にお住みください。お金や必要なものがありましたら、私におっしゃって頂ければ、いくらでもご用意させて頂きますので」


 なんだか、豪華すぎるほどのお礼までもらってしまった。


 いくら魔王を討伐したとはいえ――そんな、これからの人生遊んで暮らせるようなこと……普通は、ないんじゃ……?


 少なくとも、お姉様はここまでの待遇を受けていない。


 なんだろう……扱いが良すぎて、裏があるように思っちゃうのは……私の考えすぎ……?

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