第8話「困った時はお互い様」

「――それじゃあ、街に戻ろっか」


 血を拭った私は、シルヴィアンさんに笑顔を向ける。

 そんな彼女は、なぜか口元に手を当てて、険しい表情をしていた。


「ラグイージ様は、いったいどれほどの修羅場を超えてこられたのですか……?」

「様!?」


 ついに呼び方まで仰々しくなったよ!


「やめてよ、私そんな偉そうな存在じゃないんだから……! それに、私はシルヴィアンさんより年下だよ!?」


 見た目は、だけど……!


「いえ、年齢など関係ありません。貴方様の実力と人柄、そして冒険者としての覚悟は、どれも尊敬に値します」


 冒険者の覚悟って何!?

 私、そんなの一言も言ってないよね!?


「あまり持ち上げられると、後が怖いんだけど……?」

「何をおっしゃいますか……! 魔王を倒した貴方様は、誰もがあがめる偉大な御方なのです……!」


 う~ん、やっぱりなんか、私を見るシルヴィアンさんの瞳が熱っぽい。

 まるで、私の信者みたいになっている。


 魔王を倒した功績が大きいというのはわかるけど、正直あのゴブリンロードを魔王とは認めたくないしなぁ……。


「とりあえず、街に帰ってからちゃんと話をしよ。今は、あの子たちを早く安全なところに帰してあげたいし」


 私は女の子たちがいた部屋を目指しながら、部屋の子たちのことを思い出す。

 総勢三十人ほどいたけど、よくもまぁ、あれだけ攫ってきたものだよ。


「そういえば、先程おっしゃっていた考えとは?」

「あっ、私たちが集まった街に、《テレポート》で帰るんだよ」


 とはいっても、さすがにこの人数は、六往復くらいしないと駄目かなぁ……。

 いい加減、魔力が尽きちゃうよ。


「そんな便利なスキルまでお持ちなのですか……!?」


 うん、気持ちがいいくらいの驚き方だね。

 本当に、この時代の冒険者たちはどうなってるの……。


「冒険者たちにとっての、基本スキルなんだけどね……」

「いえ、そんな話は聞いたことが……」


 シルヴィアンさんは、口に手を当てて何か考え始める。

 嫌な予感がする。


「それは逆に言いますと、冒険者であるならば、みなが身に着けられるということでしょうか?」

「まぁ、そうなるけど……」


 正確には、《テレポート》に関しては魔法使いや魔法剣士などの、冒険者の中でも比較的魔力量が多かった人たちが身に着けるものだけど、習得自体は可能だ。


「ラグイージ様、折り入ってお願いが――」

「あ~、もうだから、早くあの子たちを街に送る必要があるでしょ……! 話は終わり終わり!」


 どう考えても厄介そうなお願いをされそうだったので、私は強引に話を終わらせた。

 絶対ロクなことじゃないもん。


「確かに、その通りですね……。それでは、街に送り届けて頂く前に、別のご相談が……」

「今度は何……?」


 めんどくさいことは嫌だよ。

 疲れてるんだから。


「服を出して頂くことは可能でしょうか……? あの街には防衛のために残った者たちがおりますので、彼女たちの裸を公衆の面前にさらすことに……」


 シルヴィアンさんの言うことはもっともだ。

 魔王軍に酷い目に遭わされた彼女たちに、これ以上はずかしめを受けさせたくはない。


 となると――。


「先に、服を取りに行くしかないか……」


 往復分が、一回増えちゃったよ……。

 その後は、往復する旅に服を持って来ればいいだろうけど……。


「ごめん、さすがに服は出せないよ」

「やはり、そうですか……」

「でも、取りには戻れるよね?」

「あっ……!」


 シルヴィアンさんの表情がパァッと明るくなる。

 やっぱり、悪い子ではないと思う。


 もしかしたら、小馬鹿にしたような態度を取っていたのは……若いのに高い地位へと就いたことで、下の者に舐められないよう振舞っているだけなのかもしれない。


「私が帰っても、服なんて用意してもらえないだろうし……この城にはもう、魔王軍も魔物もいないから、シルヴィアンさんも一緒に来てくれる?」


 あの子たちにはちゃんと話して、少し待っていてもらおう。

 心細い思いはさせてしまうだろうけど、みんなを一ヵ所に集めて、大きな《魔法障壁》を張っておけば大丈夫なはず。


 ……私、からびちゃうかも。


 ――こうして私は、シルヴィアンさんと共に街と魔王城を行ったり来たりした。


 その最中――。


「エルフやビーストマンを、このまま連れ帰るのはまずいですね……」


 何やら、シルヴィアンさんがめんどくさいことを言ってきた。


「どういうこと?」

「ラグイージ様もご存じの通り、三百年前・・・・の責任のなすりつけあいにより、他種族とは仲が悪く……せめて、姫様の許可なくしては、街に連れ帰るわけにはいきません」


 いや、知らないんだけど。 

 三百年前に何があったっていうの?


 ――そう言いたいけど、常識みたいな言い方をしてたから、知らないと伝えた場合厄介そうだ。

 王様や女王様でなく、姫様の許可がいるってのも気になるけど……とりあえず、聞くのは我慢しないと。


「だからって、ここに残していけないでしょ?」


 私は、怯えた目でこちらを見てくるエルフやビーストマンの子たちに視線を向けながら、シルヴィアンさんに言う。


「ですが……」


 だけど、シルヴィアンさんは譲りたくないようだ。

 よほど、他種族を連れて帰るのはめんどくさいのかもしれない。


 はぁ……仕方がない。


「責任は私が取る。騒ぎになるようだったら、フードとマントを被せて、みんなにはわからないようにしよう」


 それくらいしか、今できることはないだろう。


 まぁ私、責任を取れるほどの立場じゃないけどね。


「……魔王城から助けたのですし、捕虜ほりょのような扱いにするのでしたら……」

「怒るよ?」


 シルヴィアンさんの発言が気に入らなかった私は、彼女を睨んだ。


 この子たちの様子を見て、よくそんなことを言えるもんだ。

 彼女は騎士団長だし、立場というのがあるのだろうけど――そんなの、私の知ったことじゃない。


 少なくとも、私にとってはエルフもビーストマンも、苦楽を共にした仲間の同胞どうほうだ。

 悪人でない限り、守ってあげたい。


「も、申し訳ございません……!」


 彼女は血の気が引いた表情で、ガバッと頭を下げてきた。


 私も、こちらの都合を彼女に押し付けて悪いとは思うけど……。


「どういう事情があろうと、困っていたら助けてあげる。それがいずれ、自分にも返ってくるよ。とりあえず、この場は私の好きにさせて」


 何かあったら、この子たちを連れて逃げるしかないか……。


「かしこまりました……」


 シルヴィアンさんが頷いてくれたのを確認し、私はエルフやビーストマンの子たちも連れて、街へと帰るのだった。


 そして――魔王を討伐したという知らせは姫様へとすぐに伝わり、私は他の冒険者たちが帰ってくるのも待たず、お城がある街へと連れて行かれた。

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