第5話「静かな怒り」

「嘘を吐くな、其方がAランクのわけないだろ……!?」


 やっぱり、シルヴィアンさんは信じてくれない。

 本当に、Aランクなのに。

 まぁ、こだわりがあるわけじゃないから、いいけどさ。


 ギルドカードを見せたところで、千年も経ってたら別物になってるだろうし。


「それよりも、もう兵出てこなくなったね。待ち伏せされてるのかな?」

「なるほど、言いたくないということか……。あんなボロ切れのような格好をしていたのだし、何か訳があるんだろうな……」


 別に言いたくないわけじゃないけど、訳ありってのは当たりだね。

 でもまさか、千年前から眠ってました、なんてこと思わないだろうなぁ。


「大幹部がわざわざ出てきたところを見るに、ほとんど兵が残っていないんだろう。しんがりの任務としては、完了と見ても良さそうだが……」

「そっか、じゃあシルヴィアンさんは、みんなのところに戻ってあげて」


 もう兵が追ってこないなら、彼女にいてもらう必要はない。

 それに、兵が残っていないというのも、ちょっと違うと思う。

 魔王がまだ姿を現していないから、残りの兵は魔王の護衛をしている可能性が高い。


 もしくは、やっぱり罠を張って待ち伏せをしているか――だね。


「其方は、どうするつもりだ……?」

「万が一、兵が追ってきても困るし、肝心な魔王が残っているからね。私が時間稼ぎをしておくよ」


 ここで私が退いても、帰る場所なんてない。

 だったら当初の予定通り、魔王城に骨を埋めよう。


 かわいい後輩たちのために、少しでも魔王に怪我を負わせて、立て直す時間を稼げれば儲けもんだろう。


「今回は勝てなかったけど、他の国や種族に協力を要請すれば、次こそは――」

「なるほど、ラグイージが勇者や他の冒険者たちのかたきを取る、ということだな……!」


 ここまで追い詰めたんだから、他種族とかと協力すれば勝てる――そう伝えていたら、何やらシルヴィアンさんが顎に拳を当てて、ウンウンと頷き始めた。


「……はい?」


 何言ってんの、この人?


「時間稼ぎとは謙遜なのだろう? 本当は、魔王を討伐するつもりなんだよな?」


 えっ、この人話聞いてた!?

 どう解釈したら、そうなるの!?


「無理に決まってるでしょ……! 魔王だよ!?」

「しかし、先程大幹部たちを一撃で倒したじゃないか」

「さっきのは不意を突いてたし、切り札だったからね!? あれをもう一度しろって言われても、残りの魔力的に無理だよ……!」


 それに、あれを使って一撃で倒せるのなんて、幹部までだ。

 大幹部になると、不意を突かない限り威力を激減されてしまうので、一撃じゃ倒せない。

 魔王ほどにもなれば、スキルで防がれてないのに、《エクスカリバー》を何発も打ち込まなければ倒せないレベルだ。


 ましてや、今の魔王はSSランクやSランクの勇者たちでも負けるんだから、どう考えても私が勝てるはずがない。


「では、一旦退いて魔力を回復してから、再度乗り込むのはどうだろうか……! 其方のおかげで、勇者たちもその頃には回復しているだろうし……!」


 くっ、頭がいい人はすぐそうやって、正論を言ってくるんだから。

 そりゃあ、《エクスカリバー》で魔王を倒せると思ってるなら、そう提案してくるだろうけどさ……。


「普通に考えてみてよ。勇者たちが魔王に負けたのに、私一人加わっただけで勝てると思う……?」

「いや、実はな……勇者たちは、魔王とまともに戦っていないらしい。狡猾こうかつな罠にやられたそうだ」

「……はい?」


 SSランクやSランクの冒険者が、罠に、やられた?

 確かに、勇者たちがやられた、と言われただけで、魔王にやられたとかは言われなかったけどさ……。


 えっ、待って。

 頭痛い、帰りたい。


「ど、どうした、頭が痛いのか……?」


 私が額に手を当てて天井を見上げると、心配したようにラグイージさんが顔を覗き込んできた。


「頭も痛くなるよ……。魔物や魔王軍の罠にかかるなんて、Bランクでもありえないよ……」

「何を言っている、どんな高ランク冒険者だろうと、初見では魔物の罠に引っかかってもおかしくないだろ?」

「初見、ねぇ……?」

「ラ、ラグイージ……?」


 私の顔を見ていたシルヴィアンさんが、怯えたように一歩後ずさる。


「罠や敵を感知するスキルを使ってれば、初見でも引っかからないし、そもそも事前に魔物たちがどういう罠を使うかの情報は、ギルドにあるはずなんだけど?」


 私たちの時代から千年も経っていて、どうして技術や情報処理能力が落ちているのか、誰か教えてほしい。

 普通、磨かれていくものなのに。


「そういった魔物の情報は頑張って冒険者たちが集めているが、いかんせんまだまだ情報が足りなくて……」

「そっかぁ」


 私やお姉様も、頑張っていろいろと情報を集めて、ギルドに提供してたはずなのになぁ。

 その頃でさえ、魔物や罠の膨大な情報がギルドには保管されてたのになぁ。

 そっかそっかぁ。


「ラグイージ、まさか……?」


 私が魔王城の奥へと足を進めると、シルヴィアンさんは戸惑ったように声をかけてきた。


「初見だから、罠にかかるんだよね?」

「ひっ!?」


 おかしいなぁ、笑顔を意識して振り向いたはずなのに、なぜかシルヴィアンさんが怯えちゃった。


 まぁ、いいや。


「とりあえず、感知スキル持ってるから、ついておいでよ。みんなが次来た時に役立てるよう、シルヴィアンさんが情報を持って帰って」

「は、はい……!」


 私はトラップサーチとエネミーサーチを展開して、歩を進めた。

 シルヴィアンさんは若干怯えながらも、言う通り後をついてきてくれる。


 幸いというべきか、あらかたのトラップは既に発動した後のようだった。

 とりあえず、見覚えがあるものばかりだったので、発動条件やどういった場所に仕掛けられているかをシルヴィアンさんに伝え、彼女は必死に頭に叩き込んでいた。

 それらの罠は、ゴブリンが好んで使うものが多かったが――魔王軍の兵にゴブリンが多くいたから、その影響かもしれない。


 道中には冒険者たちの死体が転がっていたけど、罠にやられたり、魔王軍にやられたりしたんだろう。


 怪我をして逃げ遅れた人たちもいただろうけど、魔王軍の兵がとどめを刺したのか、生存者は見つからなかった。


 そして、トラップサーチも、エネミーサーチも反応しているのは、かなり進んだところで――間違いなく、そこに魔王がいる。

 どうやら、残りの全勢力を魔王の部屋に集めているらしい。


「――ありがとう。ごめんね、付き合わせて」


 魔王の部屋らしき大きくて趣味の悪いごつめのドアの前に来た私は、笑顔でシルヴィアンさんに話しかける。


 肝心のまだ使用されていない罠はこの中だけど、扉を開ければすぐに無数の矢が飛んでくるだろう。

 他にも、入口付近に毒ガスを準備しているようだ。

 ドアを開けた瞬間に風系統のスキルを使って、侵入者へ毒を吸わせる手はずなんだと思う。


 対処を誤れば死んでしまうし、魔王を相手にするなら勝ち目はないので、ここで彼女には退場してもらったほうがいい。


「みんなより先に戻っちゃうことになるけど、私の《テレポート》で近くの街に飛ばしてあげるから」


 そう言って、私はシルヴィアンさんの肩に手を置く。

 しかし――。


「いえ、ここまで来たのです……! 最後まで、お供をさせてください……!」


 どうやら、彼女は帰るつもりがないらしい。

 いつの間にか、敬語になっているし。


「死ぬよ?」

「元々、この戦いには死ぬ覚悟で臨んでいます……! どうか、最後までお付き合いさせてください……!」


 シルヴィアンさんは、強い意志を秘めた瞳で私を見つめてくる。

 ここで死なれたら、私が先程まで教えたことは全て無駄になるんだけど――彼女の気持ちも、わかる。


 私も、昔はお姉様に散々我が儘を言って旅に連れて行ってもらったし、それで困らせていただろう。


 彼女たちが次魔王に勝つためにも、少しでも魔王の情報を持って帰ってもらったほうがいい。


 もう無理だってなったら――その時は、彼女だけ強制的に街へ飛ばそう。


「わかった、ジッとしててね――《魔法障壁》」


 私は、《テレポート》ではなく、《魔法障壁》をシルヴィアンさんに使った。


「きゅ、急に、見えない膜みたいなものに全身を包まれたのですが、これは……!?」


「攻撃から身を守ってくれる、鎧みたいなものだよ。私が死んじゃったら消えちゃうし、他人に付与する時は防御力が落ちちゃうんだけど――まぁ、ないよりはマシだからね」

「凄い……」


 シルヴィアンさんは、感心したような目で私を見てくる。

 やっぱり、こういったスキルも知らないらしい。

 見た目は年上の女性に、尊敬の眼差しを向けられるのも悪くないなぁって思った。


「それじゃあ、気を引き締めていこっか」


 残りの魔力でどこまでやれるかわからないけど――とりあえず、やれるだけやってみよう。

 私は風系統のスキルを発動して、自分を中心に前へと風を吹かせながら、ドアを勢いよく開けるのだった。

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