第6話「潔く散ってね」

「――ラグイージ殿どの、危ないです……!」


 ドアを開けると、無数の矢が勢いよく飛んできたので、それに反応したシルヴィアンさんが声を上げた。


「大丈夫、わかってるから」


 私は、向かってくる矢を気配で捉え――全て、剣で叩き斬った。


「……っ!」

「さっ、行こっか」


 口を大きく開けて放心しているシルヴィアンさんに対し、私は笑顔を向ける。


 部屋の中からは、魔王軍の苦しむ声が聞こえてきているけど、下手に毒を使おうとするからそれを逆手に取られるんだ。

 自業自得なので、可哀想とも思わない。


「本当に、いったい何者なんですか……!?」

「そんなことよりも、こっちから暴風を起こしてたのに矢が飛んできたから、向こうもスキルを使ってるね。気を抜いたら駄目だよ?」


 シルヴィアンさんはしつこく私の正体を知ろうとするけど、Aランク冒険者だよって答え以外持ち合わせていない。

 それに、魔王を前にして、雑談はしてられないだろう。


「キサマラ……! ドクナンテ、ヒキョウナマネヲ……!」

「いや、それあなたたちが使ったんじゃ――って、嘘、でしょ……?」


 部屋に入ると、私は目を疑った。

 入口付近に転がる沢山の魔王兵の死体や、私たちに向けて弓や投石機を構える沢山の魔王兵――に、驚いているわけじゃない。


 魔王の椅子らしき大きな趣味の悪いものに座っている存在が、信じられないものだったのだ。


「ラグイージ殿、どうなされました……?」


 私の異変に気付いたんだろう。

 シルヴィアンさんが、魔王軍の兵を警戒しながらも、私に視線を向けてきた。


「ねぇ、シルヴィアンさん……。一応確認するけど、あの趣味の悪い椅子に座っているのが、魔王で合ってる……?」


 念のため、指をさしてシルヴィアンさんに確認をとる。


 すると、彼女は小さく頷いた。


「はい、あれが魔王の――ゴブリンロードです」

「…………」


 どうやら、私の勘違いではなかったらしい。


 魔王が、ゴブリンロード……?

 私やお姉様たちが、死ぬ気で戦って倒した魔王と、同格の存在として扱われているのが――ゴブリンロード……?


 確かに、ゴブリンロードは厄介な存在ではあった。

 だけどそれは、個体ではなく――ゴブリンやホブゴブリン、ゴブリンシャーマンなどを統率し、多彩な戦術を持ち合わせているからだ。

 それによって、魔王の幹部にもなっていたし、Aランクの魔物でもあったけど――正直、単体ならBランクレベル。


 そんな魔物が、今や魔王……?

 そして、勇者が負けた……?


 お姉様の後釜・・が、ゴブリンロードごときに負けたというの……?


「ふ、ふふ……」

「ラグイージ殿……?」


 私が笑い声を零すと、再度心配そうにシルヴィアンさんが見てきた。


 でも、ごめん。

 こんなの、笑わずにはいられない。


「マオウノ、ナニガオカシイ、ヒューマンヨ……?」


 ゴブリンロード――いや、あえて魔王と呼ぼう。

 魔王は、私が笑っているのが気に入らないらしい。

 ギロッとこちらを睨み、右手を挙げて配下たちに何かしらの命令を下そうとしていた。


「ふふふ……あっはっは!」

「ヤレ」


 私が腹を抱えて笑うと、魔王が右手を下ろし、無数の矢と石が飛んできた。


「ラグイージ殿、しっかりしてください……!」


 私を守ろうとしたんだろう。

 シルヴィアンさんが、私の前に出た。


「…………根性、叩き直してやる……」


 私はそう呟いた後、彼女の肩を掴み、後ろに退かせる。

 そのまま、部屋に入った時と同じように、矢と石を斬り捨てた。


 ――不思議だ。

 先程まで魔力はあまり残っていなかったはずなのに、体の奥底から魔力が沸きあがってくる感覚がある。


「マダダ……!」


 次に、ゴブリンたちが私に襲い掛かってくる。

 瞬時に部屋を見回したけど、ゴブリンシャーマンの姿は見当たらない。

 ホブゴブリンも一体しかいなかったことを踏まえるに、昔ほど進化が進んでいないんだろう。


「邪魔」


 近い奴から順番に、ゴブリンたちを斬り捨てる。

 雑魚が何匹かかってこようと、敵じゃない。


「キ、キサマ、イッタイナニモノダ……!? マサカ、サキホドノユウシャハニセモノデ、キサマガホントウノ、ユウシャナノカ……!?」

「勇者? 私は違うよ。さっきあなたたちが倒したのが、本物の勇者だから」


 私は魔王にゆっくり近づきながら、質問に答えてあげる。

 もちろん、魔王以外の兵たちを殺しながら。


「ダッタラ、ナンダソノチカラハ……!? ヒューマンガ、ソンナチカラヲモツナド、キイタコトガナイゾ……!?」

「そう――ご先祖様に、ちゃんと聞いておくんだったね。ご先祖様は、ヒューマンの本当の力を知ってただろうから」


 ゴブリンロードはそう滅多に生まれる存在じゃないけど、ゴブリンは私の時代にも沢山いた。

 それらがちゃんと伝えていれば、この魔王もこんな愚かなことはしなかっただろうに。


「マ、マッテクレ……! ワルカッタ……! モウヒューマンニ、ワルサヲシナイ……! ダカラ、ミノガシテクレ……!」


 剣を天に向けて振り上げると、魔王は即座に土下座をしてきた。

 プライドなどないらしい。


「知ってるよ、それがあんたたちゴブリンのやり方だもんね? そうやって冒険者に命乞いをし――隙を突いて、相手を殺すんだ」


 ゴブリンは、決して赤子すら見逃してはならない。

 背を向けた瞬間に殺しにかかってきたり、恨みを抱いた赤子が大きくなって、確実に仕返しをしにくるから。


 そんなの、冒険者を目指す者なら口酸っぱく言われてきた。

 それでも、ゴブリンの赤子や、ゴブリンを見逃した優しくて愚かな人はいる。


 だけど私は、そこまで優しくはない。


「チ、チガッ……!」

「おとなしく、洞窟で暮らしてればよかったのに――城を構えて、魔王を名乗ったりするから、こうなるんだよ? 魔王らしく、最期は潔く散ってね――《エクスカリバー》」


 体の奥底から溢れ出る魔力を使い――私は、過去最高の《エクスカリバー》を、魔王へと叩きこんだのだった。

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