第3話「しんがりは私がする」

「どいて……!」


 私は人が円を描いていた中心へと体を割り込ませる。


 そこには、先程運ばれてきた勇者たちが寝かされていた。


 確かに――体はところかしこに大きなあざができており、切り裂かれまくっている。

 傷も深く、火傷も負っていて――放置していれば、すぐにでも息を引き取るだろう。


 だけど――まだ、全員息がある。


「フルポーションを……! いや、ハイポーションでもいいから早く準備して……!」


 私は治療部隊にそう声をかける。

 しかし、全員顔を見合わせるだけで、私が言っていることが伝わっていないようだった。


「何してるの!? 勇者たちが死ぬよ!?」

「い、いや……ポーションならありますが……」


 そう言って渡されたのは、ガラス瓶に入った緑色とも言い難い濁った液体。


「これがポーション!? いったいどんな調合をしてるの!?」

「そ、そう言われましても……」


 無理だ。

 こんなの使ったところで、かすり傷程度しか治らない。


 どうしよう……高ランクの魔法使いを呼んでくる?


 ――駄目だ、強い人たちはみんな前線にいる。

 行って戻ってくるまでに、彼らが生きている保証がない。


 仕方ないな……あまり、得意じゃないけど……。


 私は、一番怪我が酷い男性――勇者へと、手をかざす。


「――ラグイージ、貴様何をしている?」

「シルヴィアンさん、すみません。気が散るので話しかけないでください」

「何……?」


 言い方が気に入らなかったようで、シルヴィアンさんが鋭い目つきになる。

 だけど、許してほしい。

 私は今、余裕がないのだから。


「ふぅ――《ハイヒール》」


 意識を集中させ、上位回復スキルを使用した。

 それにより、勇者にあった深い切り傷や、打撲痕だぼくこんが消えていく。


「う、嘘だろ……? 傷が、治っていくぞ……?」

「こんな……奇跡みたいなことが、あるのか……?」


 私のやっていることを、傍で見ている人たちがざわついているけど、気が散るから黙っていてほしい。

 攻撃重視でやってきた魔法剣士の私は、魔法使いの中で回復専門にしている人たちに比べて、回復スキルが苦手なのだから。

 未だに、《フルヒール》も使えないし。


 数十秒経って、勇者の体から切り傷や打撲痕は消えた。

 だけど――火傷の痕は、消えていない。


其方そなた、いったい何者だ……?」

「だから話しかけないでって! そこの人、《ハイヒール》じゃ状態異常は治せないから、勇者の火傷を治療して!」

「は、はい……!」


 私はシルヴィアンさんに怒鳴った後、目に入った治療部隊の女性に指示を出した。

 そしてすぐに、次に酷かった短剣使いらしき女の子の治療にあたる。


 そうやって、順番に全員を治療していき――なんとか、一命は取り遂げた。


「シルヴィアンさん!」

「な、なんだ……!?」


 急に声をかけたからか、シルヴィアンさんがドキッとしたように体を震わせた。


「皆にすぐに伝えて! 勇者たちは無事! 《フルヒール》じゃないから体力も状態異常も回復はしてないけど、数時間休めば戦場に復帰できる! ここを凌げば、立ち直せるよ!!」


 もちろん、勇者たちが敗れた以上、復活したところで魔王には勝てないということは、みんなわかっている。

 それでも、今まで魔王軍の侵略を防いできたという事実が、皆を勇気づけるはず。


 ここで退いて、守りさえ固めれば――まだなんとかなると。


 問題は……。


「そのためには、一人でも多くの高ランク者を逃がす必要があり……低ランク者たちには、時間稼ぎをしてもらわなければならない……」


 騎士団の団長をしているだけあって、シルヴィアンさんの頭の回転は速い。

 彼女の言う通り、防衛するにも力がある人たちが必要なのだから、前線から退かせなければならない。


 そしてそのためには、撤退の時間を稼ぐ人たちが必要になり――低ランクの人から、優先的にあてるしかない。


「しんがりを、あの子たちに任せなければ……」


 シルヴィアンさんは、荷物のおもりをしていた人たちに視線を向ける。

 そこには当然、ミルクちゃんやクルミちゃんもいた。


 私の命がある限り、守ろうと決めていた子たちだ。


「……いい、しんがりは私一人で十分だから。前線の人たちもすぐに退かせて」


 私は、ここを死に場所と決めて来た。

 みんなを逃がすために死ぬなら、十分な名誉だろう。


 だけど――。


「駄目だ!! ラグイージ、其方ほどの人材をここで失うわけにはいかない……!」


 上位回復スキルを使ったことで、高ランク冒険者だとバレた私を、シルヴィアンさんはしんがりにさせてくれないらしい。

 まぁ、気持ちはわかるけど……。


「低ランクの子たちに任せたところで、稼げる時間はしれてるでしょ? 私なら、たとえ魔王軍の大幹部が束になってかかってきたところで、やっつけられる」


 ミルクちゃんたちにしんがりをさせたくない私は、最大限の虚勢を張ってみせた。


 まっ、当然無理なんだけどね。

 大幹部を相手にするとか、千年前でも一体がやっとだったのに。

 千年の年月が経って強くなっている大幹部を相手にしたら、瞬殺されちゃうかも。


 でも――あの子たちが逃げられる時間だけは、どんな手を使ってでも稼いでみせる。

 それで、私の役目は終わりだ。


「ふっ……ならば、私も残ろう」

「シルヴィアンさん?」

「どのみち、私は残るつもりだった。其方の言う通り、あの子たちを犬死させるよりも、私たち二人でやったほうが時間を稼げそうだ」


 へぇ、意外。

 もっと冷酷で、冷静な人だと思っていたのに。

 まぁシルヴィアンさんのほうがランクは高いし、手伝ってくれるなら有難いか。


 やばくなったら、《テレポート》でこの人だけ逃がそう。


「それじゃあ、よろしく」

「あぁ……。悪かったな、いろいろと其方を侮辱して。皆を逃がすため、尽力してくれ」


 シルヴィアンさんはそれだけ言うと、私が『伝えて』と言ったことと、これからの行動に関して即座に皆へ周知させた。


 それによって――


「――私、嫌です……! ミリアさんも、逃げましょう……!」

「そうですよ、ミリアさんがしんがりをするなんて、おかしいです……!」


 私がしんがりを務めると聞いたミルクちゃんとクルミちゃんが駆け寄ってきて、心配をしてくれた。


 私も、この子たちと別れるのは寂しいけど、仕方がない。

 そもそも、私はこの時代にいないはずの存在なのだから。


「ごめんね、もう決まったことなの。二人とも、元気でね」


 私は笑顔でそれだけ言って、彼女たちに背を向けた。

 シルヴィアンさんはまだ時間がかかるだろうし、さっさと前線近くまで行って、前にいる人たちを逃がしたほうがいい。

 こうしている間にも、前線では犠牲者が出ているのだから。


「「ミリアさん……!!」」


 背中からは、ミルクちゃんとクルミちゃんの悲痛な呼び声が聞こえてきたけど――私は振り返らずに、そのまま魔王城へと乗り込むのだった。


 ――さぁ、最期のお仕事だ。

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