第1話「詠唱? 何それ?」

 私は、今から千年前――とある戦いにより呪いを受け、解呪のために十年の眠りについた。


 しかし――目を覚ますと、眠る前に入った棺桶の蓋を中から開けることができず、《テレポート》で外に出てみると、辺り一面荒野になっていた。


 どうやら私が入っていた棺桶は、地中に埋まっていたらしい。

 そして近くの街に飛んでみると――私の知らない建物や服、食べ物ばかりが目に入った。


 話を聞くと、私がいた時代より千年が経っていたので、そりゃあ何もかも違うのは当たり前。

 当然、私が持っていたお金なんて使えず、偽通貨と疑われ――散々な目に遭った。


 ほんと、もう死にたい。

 仲間なんてとっくに死んでるし、誰も知らないし、お金ないし。


 絶望した私は、さっさと死にたかった。

 だけど、冒険者の矜持きょうじと面目を考えて、自ら命を絶つわけにはいかない。


 そんな時に入ってきた情報が、この魔王討伐隊の招集だった。


 でも、こうして入ってみると――。


「私、なんで荷物番なの……?」


 他の冒険者たちは、襲ってきた魔王軍の手下や魔物の集団との戦いに出たというのに、私は鎧を与えてくれた騎士団の女性二人と一緒に、荷物と馬車のおもりをさせられていた。

 一応、他の馬車もそれぞれ騎士団と低ランク冒険者の人たちが守っているけど、暇で仕方がない。


「その……馬車を守るのも、大切なお仕事ですよ?」


 案内をしてくれた片割れ――ミルクちゃんが、気を遣ったように笑みを浮かべた。

 年齢は私より二つ年下――ではないのか。

 私は十八に、千プラスされちゃうし。

 でも、見た目では私より少し幼いくらいだ。


 騎士団の人って、偉そうなイメージがあったけど、下の子はそうでもないみたい。

 いい子たちなので、移動している時にちょっと仲良くなった。

 私のほうが年上っていうのもあり、タメ口で話している。


「というか、ミリアさん武器は……?」


 もう片割れのクルミちゃんが、手ぶらの私を見て怪訝そうにする。

 この二人は双子で、クルミちゃんのほうがお姉ちゃんらしい。

 顔はうり二つなのだけど、目と髪型が違うので見分けはつく。


 ミルクちゃんは真ん丸とした髪型で、クルミちゃんは両左右に髪を分けて結んでいる。

 そして、ミルクちゃんは左目が白くて右目が黒いのに対し、クルミちゃんは右目が白くて左目が黒い。

 髪色は二人とも白だけど、女の私から見ても凄くかわいかった。


 この二人だけは、私の命がある限り守ろうと思う。

 だって、かわいいから。


「いらないの、私拳闘士だから」


 本当は、武器は昔の仲間に預けていたから今ないのと、武器を新たに手に入れられなかった――というか、買えなかったからだ。


 そんなこと言ったら、今すぐ帰らされそうだから、拳闘士と答えた。


 しかし――。


「えっ、ケントウシってなんでしょうか……?」


 今の子たちには通じないらしい。

 まじかぁ……。


「拳で戦うんだけど……」

「拳!? 魔物に瞬殺されちゃいますよ!?」

「ミルク、信じちゃ駄目よ。ミリアさんのジョークなんだから」


 ごめん、ジョークじゃなくて本当なんだけど……。

 うん、この様子だと、信じてもらえないな。


 本当に、肉体をスキルで強化して戦う拳闘士はいたんだけど……。


「もうミリアさん、騙すなんて酷いです……!」

「あはは、ごめんごめん」


 騙してないのに~。

 訂正しても信じてもらえなさそうだから、いいけどさ。


「それはそうと、なんで馬車移動なの……?」


 ちょっと拗ねた私は、話題を変えることにした。

 これだけの冒険者が乗れる数の馬車を用意したのはさすがだと思うけど、冒険者が沢山いるということは、魔法使いも結構いるはず。

 昔なら、一パーティに一人は魔法使いか魔法剣士がいた。

 今もそう変わっていないと思う。


 魔王使いがこれだけいるなら、全員、《テレポート》で移動できそうなのに。


「馬車でなら、数日なので……」

「歩いて行くわけにはいかないですよ? いくら招集場所を、魔王軍の進行を防ぐ最前線の砦となっている街にしたとは言いましても、馬車ですら魔王城へは数日かかるのですから」


 私の疑問に対し、ミルクちゃんとクルミちゃんが丁寧に答えてくれた。

 

 いや、《テレポート》なら一瞬だけど……あっ、そっか。

 魔王城周辺に行ったことがある冒険者が少ないのかもしれない。

 行った場所か、最寄りの街にしか《テレポート》は飛べないもんね。


 ちなみに、名前がわからなくても場所さえわかれば、行ったことがある場所には飛べる。

 招集場所を聞いた時も、知らない町の名前だったからどうしようかと思ったけど、地図を見せてもらうと行ったことがある場所だったから、私も《テレポート》で飛んでこられたのだ。


「――やばい、一部部隊がやられた!! 魔物が攻めてくるぞ!!」


 暇なので雑談をしていると、急に切羽詰まった声が聞こえてきた。

 大きな足音がするほうを見れば、ニ十匹ほどの大型な魔物が突撃してきている。


 その魔物の姿に見覚えがあった私は、ホッと胸を撫でおろす。


 ――なんだ、ミノタウロスの群れか。


「嘘、ミノタウロスよ!? なんでこんなところにいるの!?」

「お姉ちゃんどうしよ、私たちじゃ勝てないよ……!!」

「えっ……?」


 私と二人の反応が違い、つい戸惑ってしまう。

 ミノタウロスって確か……Eランクの魔物だったはず。

 彼女たちのランクはDだって言ってたし、他に残ってる人たちもDランクばかりって聞いた。


 いくら数がいると言っても、こっちにも人数がいるから負けないと思うけど――そっか、千年の月日を経て魔物も強くなっているんだ。

 うんうん、よく見れば私の時代と少し見た目も違うかも。

 彼女たちの怯えよう的に、Cランクくらいの力をつけてるのかもしれないね。


「ごめんね、剣貸して」


 さすがにAランクの私も、素手でCランクの魔物をこの数相手にするのはきつい。


「えっ、は、はい……!」

「ありがとうね」

「ちょっとミルク!? 剣を渡したら、あなたが――!」


 クルミちゃんがミルクちゃんの心配をしている中、私は構えを取って意識を集中する。

 そして、魔力を剣へと宿し――。


「危ないから、私の前に出たら駄目だよ――《疾風斬り》」


 剣を振り抜く際に魔力を風へと変換させ、突っ込んできていたミノタウロスたちを全て真っ二つに斬った。

 体が上半身と下半身に分かれたミノタウロスたちは、地面へと転がって動かなくなる。


「す、凄い……」

「嘘でしょ、ミノタウロスを一撃でなんて……」


 私を見ていたミルクちゃんとクルミちゃん、その他大勢は、驚いたような――感心したような感じで、私を見てくれている。

 さすがにちょっと、気分がよかった。


「ふふ、実は私、こう見えてもAランクの――」

「――なんで、詠唱もなしにスキルが使えたんですか!?」

「えっ?」


 詠唱?

 何それ?


「ミノタウロスってAランクの魔物ですよ!? それをこの数一撃でやっつけちゃうなんて……ミリアさんは勇者様と同じ、SSランクなんですか!?」

「いや、あの……」


 ミノタウロスがAランク?

 正直、Cランクを想定して、四、五体倒すイメージでさっきのスキルを使ったんだけど――全部倒せたってことは、昔のままEランクじゃないの……?

 てか、私がSSランクとかありえないし。


 ――あっ、そっか、今の勇者さんはみんなの前でもったいぶって、力をあまり使わないようにしてるんだ。

 お姉様もそういう感じで、本当に危機にならないと本気出さなかったもん。

 私たちの成長のため、とか言ってね。


「あはは、私がSSランクとかないない」


 ――この後は、ミルクちゃんたちだけでなく、他の冒険者や騎士団の人たちまで押し寄せてきたけど、私はテキトーにあしらうのだった。


 なお、戻ってきたシルヴィアンさんに、ミルクちゃんたちが私のことを報告に行ったらしいんだけど、シルヴィアンさんは『寝ぼけたことを言うな』と言って、話を聞かなかったらしい。


 それもそうだよ。

 スキルに詠唱なんていらないんだから。

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