■ふたつめ 始動■

6.しろいいし

 パソコンデスクの上にあった白い石。その歪な形は、確かに見覚えがある。

 まさかの置き土産にぎょっとしたものの、だからといって、何かが起こるということはなかった。

 三日後くらいまでは、何か起こりそうな気がして日中もビクついていたけど。変な現象は起きなかった。至って普通で、とても平凡なフリーターの、ありふれた日常でしかない。一週間が経過した頃、攻略サイトに書き込みをした。


 ――スタート画面のあと、変な夢を見ませんでしたか――


 一晩だけ待ってから返されたコメントを確認してみると、病院行けとか病んでるとかそんなことは全くないとか夢に見るまでやりこみすぎとか。とにかく、否定のオンパレードだ。やっぱりそうか。そうだよなー。自分が逆の立場なら絶対に信じない自信がある。


 だめもとでフリーゲーム専門の掲示板にも書き込んでみた。

 あの不可思議な体験を私だけがしているだなんて、そんなの選民意識が強すぎるだろって。色んな人がプレイしてるのに、私だけがあんな目に遭うはずがないだろって。そんな気がしたからだ。

 でも、結果は散々。何なら、途中からは荒らし扱いすらされた。板違いだ消えろとか言われてめげそうになる。ただ、ひとつだけ、気になる書き込みを見つけた。


 "ま っしろなイ シ があったら やばい や つ です そ れ"


 勢いよくスクロールしていたものだから、読み飛ばしそうになった。その書き込みには、誰も反応していない。返信したとしても、返事が来る可能性は限りなく低い。ここは交流自体が目的の掲示板ではなくて、むしろ好き勝手にああだこうだ言う場所だ。

 白い石というキーワードは、どうにも偶然とは思えなかった。私が書き込んだ内容には、そんなことは一言も入れていない。


 私以外にも、あのゲームをプレイした人がいる以上、似た体験をした人がいるのではないか。この書き込み主は、同じようなことを体験したのではないだろうか。

 そう思っても、確かめる術はなかった。

 念のために返信してみたが、やはり反応はなかった。


 そして、あれから完全に一ヶ月が過ぎても、特に何もない。やはり夢だったのだろうか。

 ベッドに寝転がっていると、ふと視線がパソコンに向いた。あれから特に必要がなかったから、パソコンは起動すらしていない。だって、もし電源をつけて、あの瞬間の結末が映し出されたら? あのふたりの、どちらかが相手に殺されるとしたら?


 ――トラウマなんてものじゃない。


 ぞわりと背筋が震えて、勢いをつけて一気に起き上がった。

 室内は薄暗くなってきて、カーテンを引いたままの窓から微かに入り込む斜陽が、デスクに当たっている。


 あの選択が既にバッドエンドだったのだろうか。「戦わない」と言っていたら、あのふたりは何もせずに終わったのだろうか。


 銀色の、猫を模した──仮面の人。


「何だっけ……」


 デスクの前に立って、白い石があったあたりを撫でた。部屋は雑然としていて、どこに何があるのか。自分でも、すぐにはわからない。パッと見た感じは片付いているけど、それはモノをクローゼットに押し込んでいるからだ。大量のゲームも漫画も、収納力に限界が来たらさすがに処分するしかない。

 それにしても、やばい。本当に、あの白い石をどこにやったか覚えていない。いよいよ、自分の記憶力が怪しい。

 あと、仮面の人の名前も思い出せない。

 噛みそうな名前だった。何だっけ。シ。シ。ス。違うな、シル、何だっけか。



「あ、シルッセリュか」

「――シュリュッセル・フリューゲルだよ」

「ああ、そう。そんな感じだった――――は??」



 声が聞こえた気がして、慌てて後ろを振り返った。

 でも、そこにあるのは、カーテンが引かれたままの窓と、何の変哲もない壁。

 薄らと差し込んでいた斜陽も、既に足元へと落ちてしまっている。


「…………」


 確かに聞こえた気がしたけど、気のせいだったのだろうか。頭の中で、あの台詞を繰り返してしまっただけなのだろうか。それにしては、とても鮮明だったけど、いや、いやいやだって、そんな。有り得ない。


 仮面の人がいるかもしれないなんて、考える方がどうかしている。

 余計なことを考えているから、こんな状態になるんだ。寝すぎで、頭がぼうっとしているのかもしれない。そんなことを考えながらデスクを見たときだ。


 白い歪な、あの、石が、転がっていた。


 反射的に腕を引いて顔を上げた時、既にパソコンのモニターはなかった。少しばかり冷たく感じられた風が緩やかに頬をなぞり、軽い調子で髪を揺らす。


「……」


 足元に視線を落とせば、橙色の光が落ちていた床ではなくて芝生が広がっている。見上げれば、天井の代わりに青い空が頭上を覆っていた。


 そして、前を見れば


「――おかえり、傍観者プレイヤー


 当然のように、仮面の人が立っていた。

 見覚えがありすぎる光景はスタートと同じ、いや、ひとつだけ違う。

 仮面の人の傍には腕を組んだヒューノットがいて、明らかに苛々している様子で、こっちを見てる。視線を向けないようにした。こわい。こわすぎる。目つきが悪い。


「……ええ、っと」

「シュリュッセル・フリューゲルだよ」

「ああ、うん、そうでした……」


 本当に、私は学習しない。

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