4-4【対立】

 肌がひりつくような空気の中、ダニエレの話に耳を傾けるエスティラ。

 その様子を怪訝そうに見つめていたアデーレだったが、突如この険悪なムードは終わりを告げた。


「教授っ、入り口が見つかりました!!」

「何だとっ!?」


 嬉々とした様子で駆けつけてきたエヴァの言葉を受け、ダニエレは冥府の印を落としそうになりながら彼女の方を振り返る。

 彼の豹変にはエスティラもわずかに驚くが、そんな周囲の視線をダニエレが気にする様子はない。

 しかしすぐさま彼はエスティラ達の方に向き直り、咳払いをした後冥府の印を机に戻した。


「いやぁエスティラさん、あなたは運がいい。大発見の瞬間に立ち会えますよ」

「あら、それは光栄ですわ。それで何が見つかったのかしら?」


 興奮するダニエレの様子を受け、やや戸惑い気味のエスティラ。

 そんな彼女の様子に言及することもなく、ダニエレはこちらに手招きをしながら歩き出す。

 歩き始めた彼に合わせ、エヴァも案内の為に先頭を歩き始めた。


 ついて来いということだろう。

 エスティラがダニエレ達の後に続き、彼女の後にアデーレとロベルトが続く。

 どうやら向かう先は発掘現場の奥らしい。

 気付けば周辺の作業員や学者風の身なりをした人物も、五人と同じ方向を目指しているようだ。


 全員発掘されたものに興味があるということだろう。

 しばらく進むと、荒地の一角に出来た人だかりがアデーレの目に入った。


「皆さん、教授が到着しました」


 エヴァの言葉を受け、人だかりが五人を中心に真っ二つに分かれる。

 視界の開けたその先には、慌ただしく作業を進める十名ほどの作業員の姿が確認できた。

 彼らが担当している穴は、他よりも一回りほど大きいものらしい。


 やがて人だかりに出来た道を進んでいくと、穴の下にあった【それ】がアデーレ達の前に姿を現した。


「おお……おお、これがっ」


 今にも飛び込みそうな勢いで穴の縁に駆け寄るダニエレ。

 その場に膝をつき、身を乗り出して中を覗き込んでいた。

 そんな彼より一歩離れた所からエスティラも穴を覗き込む。


「まあ、これがあなた達の探していた遺跡かしら?」

「はい。更なる調査は必要でしょうが、おそらくこれが」


 興奮するダニエレに代わり、エヴァがエスティラに発見物の説明を始める。

 そんな彼女たちの後ろから、アデーレも穴の中を確認することが出来た。


 そこにあったのは、人が三人は並んで歩ける広さがある石造りの階段。

 地下に進むこの階段の先には、瓦礫と土砂で塞がれたアーチ状の入り口らしきものがあった。

 アーチは三メートルほどの地下に作られた階段の踊り場に設けられており、踊り場の周囲は大きめの石組みで補強してあるようだ。

 どれも同じ石で造られていることからも、このアーチと石組みが同じ遺跡の一部であることは間違いない。


 入り口は塞がれているとはいえ、立地からしてもこれが地下都市の入り口と考えることは可能だろう。

 ただの地下室という可能性も考えられるが、少なくともアデーレはそう信じている。


「かつて起きた戦闘の際、地下都市の入り口が攻撃により塞がれたと伝承では伝わっています」

「ということは、現状を鑑みてもこれが地下の遺跡に続く可能性があるという訳ね」


 「その通りです」と言いながら、静かにうなずくエヴァ。

 しかしその可能性を証明するのは一筋縄ではいかないだろう。


「でもどうやって確認するのかしら? まさかあの入り口の岩を全てどけるつもりなの?」

「そりゃあもちろんですともっ。入り口を開き中を確認する、そのための機材は用意してきてますとも!」


 突然立ち上がり、エスティラに詰め寄るダニエレ。

 その勢いに気圧され、エスティラは若干引き気味だ。

 そんな彼女を無視しつつ、ダニエレは速足で階段を下りていく。


「最近は新発見もなくつまらん日々を送っていたんだ。こいつは久々に心が躍るッ!」


 傍から見ればそのまま転げ落ちないかと心配になるほどにダニエレの足取りは軽い。

 現場にいた作業員も彼に手を貸そうとするが、それを払い除けながら踊場へと駆け降りる。

 その姿は、ただのスケベジジイという認識だったアデーレには少し意外に思えた。


 名声や自己顕示欲的なものもあるだろうが、考古学に対してそれなりの熱意があるのは間違いないようにも見えてしまう。

 だが今の状態は興奮しすぎである。

 周囲の心配を一切気にする様子もなく、年齢もあってかそのまま心臓麻痺でも起こさんという勢いだ。


「ず、随分と元気でいらっしゃるのね」

「元々フィールドワークがお好きな方ですので」


 苦笑を浮かべるエスティラに対し、淡々とした様子で答えるエヴァ。

 近くにいるからこそ、既にこの状況にも慣れているということだろうか。


 そうこうしているうちに、アーチの前へと辿り着くダニエレ。

 目の前を塞ぐ自分の腰ほどの高さはある巨大な岩に縋り、まるで塞がれた先の暗闇の音を聞こうかという風に耳を当てていた。

 当然あんなもので音が聞こえるはずもない。そもそもどこまで塞がっているのか外からは分からないのだから。


「ああ……この先に私の……私の……」


 この執着っぷりには、周囲の人達も怪訝そうな様子を見せる。

 アデーレに至ってはダニエレの恍惚とした表情を見せられ、思い出したくない記憶がぶり返されてしまう始末だ。


 いい加減見ていることに苦痛を覚えたアデーレは、一人遺跡に背を向ける。

 目に入る人々は、皆一様に新発見を一目見ようと穴の中を覗こうとしている。

 人混みを避けようと身を屈める者。背伸びをし中を見ようとする者。

 実際はただ埋まっていただけの建造物だというのに、歴史的な価値が付与されただけで人々の注目を集めているのだ。


 そもそもどれほどの価値があるものなのか。それは今後の研究を待たねばならないのだ。

 万が一ただのワイン貯蔵庫だったとしたら、果たしてあの興奮するダニエレはどう思うだろうか。


 だがそんなものは問題にならないだろう。

 そう思い、アデーレは首を振る。

 探していたものと違うのならば、更にこの場所を掘り起こしていくだけだろうから。


(これがうちの畑とかだったら、本当に迷惑だったな)


 この場所が利用されてこなかった荒地だったことに対し、今になって安堵するアデーレ。

 万が一畑をこんな穴だらけにされてしまっては、その家は路頭に迷うことになるだろう。

 だからこそ、誰にも迷惑が掛からないこの場所の発掘が許されたのだとも言えるのだが。


 人混みを抜けた先。

 作業員のい亡くなった荒地には、作業用の道具と掘られた穴があちこちに残されている。


 それを目にしたアデーレは、荒地であるにもかかわらずわずかな不快感を覚えてしまった。


 まるでその光景が、自らの故郷を荒らされているように感じられてしまうのだ。

 誰も手を付けない土地だとしても、ここが自分の生まれ故郷であることに変わりはないからだろうか。


 胸中に渦巻く不安。

 それを感じたアデーレの手は、自然と言葉を発さぬアンロックンの入るポケットに伸びていた。


(早く終わらないかな)


 ポケット越しにアンロックンを撫で、アデーレは鉛色の空を見上げる。


 ――戦いの中で鍛えられていた彼女の眼は【それ】を見逃さなかった。


 曇天の中に打たれた黒い点。

 それが急速に拡大し、こちらへ向かってきていることに。

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