4-2【忘れ去られた荒地】

 物思いに耽って十分ほど経った頃、窓の外に布を張った大きなテントが現れる。

 その周囲に木箱や穴掘り用の道具が置かれ、少し離れた場所には百本以上はありそうな長い木材が積まれていた。


「ふぅん。何だか発掘現場というより鉱山みたいね」


 外の風景を眺めつつ、エスティラがつぶやく。

 彼女がそう表現するのは、過去にそういった現場を見たことが見たことがあるためだろうか。

 何よりバルダート家は鉱山業で財を成した家柄。そのような経験があってもおかしくはない。


 道の脇を歩く人々の間を進み、馬車は一際大きなテントの前で停車した。

 周囲の人々は大半が作業員なのだろう。土に汚れたシャツとズボンを身に纏っている。

 そんな彼らを避けつつ、身なりの良い服装をした男性が一人馬車の方へやってくる。


 アデーレはその顔に見覚えがあった。

 ダニエレの馬車に同乗していた、彼の専属らしき使用人だ。

 彼は御者席の方に声をかけた後、一礼をして馬車のドアを開いた。


「お待ちしておりました。あちらで旦那様がお待ちです」


 外の使用人に対し、ロベルトとアデーレが一礼する。

 エスティラは相変わらず外の風景を興味深そうに見つめているが、二人は一足先に馬車を降りた。


 そこから少し間を置いて、エスティラが外に立つロベルトの手を借りて下車する。


「ご苦労様。随分と大がかりな現場なのね」

「は、はい」


 緊張した面持ちで答えるダニエレの使用人。

 よく見ると右手に包帯を巻いているが、おそらく結晶魔獣襲撃の際に負った傷だろう。

 ダニエレの容体しか聞いていなかったアデーレは、彼が無事であることにわずかな安堵を覚える。


 その後エスティラはアデーレとロベルトを引き連れ、ダニエレの使用人の案内を受けながら現場の奥へと脚を進める。


 アデーレの記憶では、この先にはもはや土台しか残っていない石造りの廃墟……と呼べるかも微妙なものが存在している。

 荒地の中に残る石の枠組みは、それが以前建物があった痕跡なのかすらも定かではないレベルのものなのだ。


 そんな島の者が気に留めることのなかった場所に、今は何十人という人々が集まっている。

 アデーレの目には、それがどうしても異様に映ってしまった。


「おお、これはこれは。お待ちしてましたよエスティラさん」


 エスティラの後に続いて歩いていると、一際大きな人だかりと長机の並ぶ光景が目につく。

 長机の上には土に覆われたものがいくつか置かれており、それを取り囲むようにして身なりの整った十人ほどの男女が立っている。

 その中には、エヴァと呼ばれた若い女性もいるようだ。


 そして、彼らから少し離れた場所に設けられた一角。

 そこにはわざわざ地面にカーペットを敷き、ベルベッドのクッションが設けられた仰々しい椅子に座ったダニエレの姿があった。

 わざわざ巨大な日傘を立て、一本足の木製サイドテーブルの上にはワインボトルとグラスが置かれている。


 使用人はエスティラ達を彼の下へと誘導していく。

 そんな彼らに気付いたダニエレが、椅子から身を乗り上げながらこちらに笑みを向けた。


「やあやあエスティラさん。わざわざご苦労様だね」

「いえ。本日はお招きいただきありがとうございます」


 自らの傍らに来たエスティラを出迎えるダニエレ。

 しかしアデーレは、彼の視線が客人であるエスティラではなく自分に向いていることに気付いてしまった。


 明らかに気のせいなどではない。

 自分の体を舐め回すように見る視線を痛いほどに感じてしまい、アデーレはわずかに目を伏せる。

 かつて男性だった頃は気が付かなかったものだが、女性が男性の視線に気付くというのは本当のことらしい。


 しかしそれ以上に感じるのは不快感だ。


(完全に目を付けられたな……)


 アデーレは心の中でため息を漏らし、同時にエスティラに手を出されなかったことにわずかながらの安堵を覚える。

 そして脳裏に浮かぶのはメリナの真剣な表情。

 何があっても味方だと断言した彼女の姿に、アデーレは少なからず救われていたのかもしれない。


 そんなことを思いつつ、失礼を表に出さぬよう配慮しながらダニエレの言葉を聞くアデーレ。

 エスティラに向け嬉々とした様子で語るその内容は、ここでの作業二割に自らの功績八割といったところか。

 つまりは世間話のていで自慢をしたいわけだ。


 当然こういった話題にアデーレが興味を示すはずもなく、右から左に受け流しながらエスティラの様子を伺う。

 エスティラはダニエレの話に相槌を挟みつつ、軽い質問を投げかけたりとしっかり話を聞いている様子だ。


「それにしても、遺跡の発掘という割には随分と大規模ですのね」


 頃合いを見計らったかのように、周囲の物々しさについてエスティラが尋ねる。

 それを聞いたダニエレはひじ掛けに手を置き、待っていましたと言わんばかりに立ち上がった。


「ええ、ええ。そうなんですよ。今回は古い書籍に残るロントゥーサの地下都市を見つけ出す計画でしてね」

「地下都市? それは初耳ね。この島にそんなものがあるなんて」

「信じる者もほとんどいない眉唾扱いされている説ですからのぉ。ですが私は実在すると確信しているんですよ」


 声を出して笑い、周囲の様子を見渡すダニエレ。

 ここでは件の石組みを中心に、あらゆる道具を使って周囲を掘り起こしていた。

 一つの穴を五、六人ほどのチームが担当し、掘り起こした土砂を所定の場所に積み上げるという作業を続けている。


 この辺りの荒地は石も多く、畑には適さない痩せた土壌だ。

 そういった場所なので、地元民側も発掘に対し反対する理由はほぼなかった。

 むしろこうやって穴を掘ってもらえば、例え遺跡がなくとも何かしらの土地利用は出来そうなくらいだ。


 それほどにここは長年放置され、人々から忘れ去られた場所だった。


「なるほど。確か地元の者もこの辺りには近づかないというし、案外こういった場所に大発見というのは埋まっているのでしょうね」

「その通りです。事実既に発掘されたものもいくつかありますのでね、ほら」


 そう言って、ダニエレが並べられた長机の方を指差す。

 それに気付いたエヴァ達身なりのいい人物が、彼の邪魔にならぬよう机の前から移動する。


 木製の机の上には、土に汚れた塊がいくつか置かれている。

 だがその中で、しっかり土を取り払われた光沢のある物が輝きを放つ。

 冷たく白い光を反射するそれは、鉄のような金属の塊だった。


「あれは昨日発見されたもので、今しがた綺麗にしたところなんですよ」


 ダニエレは発見物の元へ向かい、それを両手で持ちエスティラに見せる。

 遅れて歩み寄ったエスティラに続き、アデーレも彼女の背後からそれを拝見する。


 それは言うなれば金属の角柱だ。

 大きさは人の頭ほどあるが、何より特徴的なのはその表面に浮かぶ模様だ。

 また、元々は大きな塊だったそれを半分に割ったものなのだろうか。

 ダニエレが見せてくる面は縁が鉄色だが内側は七色に輝く別の金属による模様が出来ていた。


 だが何よりアデーレが目を奪われたのはその模様の形だった。

 言うなればそれは、牙を剥き今にも噛みつかんとする狼の顔。

 あのベルシビュラの仮面を思わせるそれが、七色の模様として描かれているように見えたのだ。

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