3-5【窮地のヴェスティリア(前編)】
あらゆる魔獣を両断してきた灼熱の刃。
それが、新たに現れた結晶の魔獣によって受け止められてしまった。
死力を尽くしたヴェスティリアの渾身の一撃。
それは身を護るために突き出された結晶魔獣の左腕に食い込むも、切断することが出来なかった。
深く食い込んだフラムディウスの刃は、まるで溶けた結晶が張り付き融合したかのような状態になっている。
「まずいっ!」
アンロックンが叫ぶも間に合わない。
結晶魔獣が左腕を乱暴に振り回し、剣を握っていたヴェスティリアの体を路上へと放り投げる。
幸い高く放り出されたため空中で姿勢を立て直し着地には成功するも、フラムディウスは未だ結晶魔獣の左手に食い込んでいる。
半年前と同じく強敵の前で
だが今回は徒手空拳で対応できる相手ではないと直感していた。
結晶魔獣の強固すぎる体に、拳の打撃はあまりにも相性が悪い。
しかもフラムディウスは半ば結晶魔獣に固着した状態にあり、自由に動くことも出来ないだろう。
(どうにか剣を取り戻さないと。でもどうすればっ)
両手を前に構え、臨戦態勢を取るアデーレ。
結晶魔獣も健在のヴェスティリアへと体を向け、再び突進の構えを取る。
つま先を地面に食い込ませ、今にも飛び出さんとする結晶魔獣。
その体が動くたび、体からは小さく高い砕けるような音が響いてくる。
それが体がダメージを受けているのではなく、結晶の体に更なる変化が起きていることにヴェスティリアは気付いてしまった。
「成長、してる?」
結晶魔獣の左肩から、赤熱する新たな結晶柱が浮き上がる。
まるでフラムディウスの力を取り込んでいるようにも見えるその様に、ヴェスティリアは戦慄した。
結晶の成長に合わせ、徐々に赤い光を放つ結晶の体。
だがこの絶望的状況が、これがヴェスティリアに気付きを与える。
目の前の光景が、転生前に見たある特撮番組の怪人と重なって見えたのだ。
(受けた攻撃のエネルギーを吸収する体。そういうことか)
記憶にある敵怪人は、主人公の攻撃を受けることで防御と攻撃を両立させる強敵だった。
それが目の前の相手に当てはまると断言はできない。
しかしフラムディウスの熱エネルギーや運動エネルギーが吸収され、切断力が落ちていたという仮定は成立する。
(あの時は吸収できる限界を超えた力で破壊したんだっけ。でも……)
今目の前で起きている状況はフィクションではない。まぎれもない現実だ。
突然都合の良い状況は起きないし、何より同じ方法を取る術が用意されていない。
何より、結晶の魔獣にそういった限界があるのかすら分からないのだ。
唯一つヴェスティリアに分かっているのは、無謀な攻撃が自分の首を絞めることになることだけだ。
例えこちらの力が通用しない状況だとしても、現状フラムディウスがなければわずかな可能性すら存在しないだろう。
ヴェスティリアは肥大化する左腕を睨み、そこに食い込むフラムディウスを注視する。
そのとき、肥大化した結晶の一部が破裂し、破片が散弾の如くヴェスティリア目掛けて発射された。
「くっ!」
突然の射撃をヴェスティリアは飛び退いて回避。
結晶は次々と成長を続け、その都度限界を迎えると破裂するのを繰り返す。
しかし全てがヴェスティリアに向けて射出されているわけではなく、真上や真後ろなど明後日の方向に飛んでいくものもある。
(自分で制御できていない。まさかフラムディウスが刺さったままだから)
結晶魔獣にとっては、常に熱エネルギーを発するフラムディウスが自らの体にあるのは想定されていないのだろう。
余剰エネルギーがあのような形で放出されているのだとしたら、下手に至近距離から過剰なエネルギーを与えるのは自殺行為に他ならない。
それ以上に、このままでは周辺への被害が拡大してしまう。
この場に自分以外の人がいないことは分かっているが、それでもヴェスティリアの表情にわずかな焦りが浮かぶ。
「お父さんっ、早く!」
聞こえてはならない声が、ヴェスティリアの耳にはっきりと届いてしまう。
飛散する結晶を回避しつつ声の方を見るヴェスティリア。
それは先程彼女が衝突し破壊された壁の方角であり、そこに開いた穴の向こうに家族と思しき男性と女性、そして子供の姿があった。
どうやら地下室に隠れていたらしく、床に開いた穴から這い出てくる様子が確認できる。
女性と子供は無傷のようだが、父親らしき男性は頭部から血を流している。
建物に被害が出た為に脱出しようとしているのか。
だとしても今は最悪のタイミングだ。
横目で結晶魔獣の左肩を確認する。
これまでよりも大きく成長した結晶柱の一つがひび割れ、今にも周辺に破片を拡散させようとしているのだ。
「まずいっ!!」
歯を食いしばるヴェスティリア。
地面を蹴り急いで家族のいる建物の方へと駆け出す。
飛散する結晶の破片を人間が受ければ、間違いなく命を落とす。
ヴェスティリアは彼らを庇うため、穴の前に立ち塞がった。
「え……ヴェスティリア様っ?」
「早く地下室に戻って!」
鬼気迫る彼女の様子に、うろたえつつも従おうとする家族。
だが背後から聞こえる結晶のひび割れる音からしても、既に戻るほどの時間は残されていない。
彼らを救うには、背中で全ての結晶を受け止めるしかない。
果たしてそれで無事でいられるのか。
このような窮地に陥ったことのないヴェスティリアに、その先を予想することは出来なかった。
(せめてこの人たちだけはッ)
結晶片を受け止めるため、全身に力を込めるヴェスティリア。
火花が散りそうな程に歯を食いしばり、強く目を閉じる。
――強烈な衝突音が、地面を大きく揺るがした。
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