3-4【結晶魔獣】

 まるで横から殴られたかの衝撃が馬車を襲う。

 天地は文字通りひっくり返り、中にいた三人は座席から放り出される。

 御者や馬がどうなったかは分からない。

 むしろ上下左右もわからぬほどに振り回され、アデーレは自身の状況すら把握できなかった。


 全てのガラスが割れ、轟音と共に馬車は建物に衝突して止まる。

 アデーレは自身がどこに叩きつけられたかもわからず、体を襲う痛みに顔をゆがめた。

 それでも冷静に体の状態を確認し、骨折などの重傷を負っていないことを確認する。


「くっ……だ、大丈夫ですかっ!?」


 もはやわいせつ行為の事は頭から離れ、乗車していた二人の安否を確認するアデーレ。

 車体はアデーレ側のドアを下に立っている状態らしく、ダニエレと彼の使用人は覆いかぶさるようにして倒れていた。


 隣に倒れている二人からの反応はない。

 アデーレは二人の口元に手を寄せ、呼吸の有無を確認する。


(二人とも気絶しているだけだね)

(そっか。それより一体何が?)


 このままでは馬車からの救出もままならないだろう。

 アデーレは破損した馬車の残骸を払いながら膝立ちになり、頭上にある反対側のドアへと手を伸ばす。

 しかしこの場所が最初に衝撃を受けた側なのだろう、歪んだドアはなかなか開かない。


 何度か拳を叩きつけ、最後は強引に肘を打ち付けてどうにかドアを跳ね飛ばす。

 本来ならば女性の力では開かないような状態だ。

 しかしヴェスティリアとしての活動は、アデーレ自身の体の鍛錬にもなっているのだろう。


「よいしょっと……ッ」


 車体に手をかけ、腕に力を込めて車内から脱出するアデーレ。

 御者席の方を見ると馬車と息絶えた馬の間に挟まれた御者の姿が確認できる。


 その状態からして絶命しているのは明らかだ。

 沈痛な面持ちで遺体から顔を背け、一体何が起きたのかと周囲の状況を確認するアデーレ。

 直後に見た外の風景を前に、その表情がこわばる。


 先ほどまでの平穏な町の様子は一変していた。

 石レンガで舗装された道は十数メートルに渡ってえぐれ、そこにあったのだろう荷車の残骸が路面に散らばる。

 逃げ惑う人々や解放された馬がアデーレがいる馬車を避けながら走り去り、視線の先には唯一つの巨大な【それ】が佇んでいた。


 その姿を形容するならば、結晶の体を持つ人型の魔獣だ。

 身長は普段相手するものよりも小さく、かなり大柄な人間といったところか。

 紫色の結晶で出来た体は胴体が小さく、下半身は獣を連想させる逆関節の二脚。

 地面に着くほどに長い腕は二の腕から上腕にかけて細くなる形状を取っており、鋭い指を持つ手はかなりの大きさだ。


「あれは……見たことない魔獣」

「ゴーレムに近いとは思うんだけど、おそらくイェキュブが生み出した魔獣とは異なる存在だね」


 ポケットから飛び出し、アデーレの右手に収まるアンロックン。

 普通にしゃべっているが周囲に気を付けなければならない人間はいない。

 幸い魔獣の襲撃に慣れている町民は、すぐさまその場から離れていったようだ。


 アデーレは足元で気絶する二人の男を確認する。

 おそらくあの魔獣を放置して彼らを救出するのは不可能だろう。


 それを察したアデーレは、両脚に力を込めて馬車から飛び出す。


「ロックン」


 アンロックンを持つ右手を胸元の位置まで上げ、左手のひらを天に向ける。

 その瞬間、アデーレの左手に赤いオーラが湧き上がり鍵の姿へと変容した。


 飛び出したアデーレに気付いた結晶の魔獣が、胴体に対し小さい顔をこちらに向ける。

 鋭く飛び出した結晶の集合体のような顔には、目や口に相当する部分は確認できなかった。


「不気味な奴……ロックン!」

「ああ!」


 アデーレとアンロックンの声が重なり、左手に持った鍵を鍵穴に差し込み回す。

 解放されたアンロックンから赤い炎がほとばしり、アデーレの体を包み込むことで彼女の体をヴェスティリアの装いへと変化させた。


 フラムディウスへと変化したアンロックンを右下に刃を向けるよう構え、未知の結晶魔獣と対峙するヴェスティリア。


「嫌な感じだね。感情が読めないからどう向かってくるのか予想しにくい」

「落ち着いて。それは今までのゴーレムも一緒だったよ」

「確かに……行くよ!」


 柄を両手で持ち、地面を蹴り上げるヴェスティリア。

 一気に加速した彼女の体が結晶魔獣へと迫り、その勢いを乗せフラムディウスを一閃させる。


「えっ!?」


 目の前の状況を前に、驚愕の表情を浮かべるヴェスティリア。


 両腕を持ち上げ防御の姿勢を取った結晶の魔獣。

 その巨大な腕で、これまであらゆる魔獣を仕留めてきたフラムディウスの一撃を完全に受け止めていた。


 聖火の力により強力な熱を持つ刃が、わずか数ミリほどしか結晶の腕に食い込んでいない。


「こいつっ、刃が通らなっ!!」


 結晶魔獣が腕を乱暴に振り回し、食い込んだフラムディウスを引き抜く。

 フラムディウスごとヴェスティリアは弾き飛ばされるも、左側の建物の壁に足を付け衝突の衝撃を打ち消す。

 そのまま地面へと着地し、今度はフラムディウスを上段に構えながら魔獣へと急接近する。


 幾度もの剣戟を魔獣に加えていくヴェスティリア。

 しかしそれらは全て結晶の腕で受け流され、胴体へ一撃を加えられない。

 その間にも魔獣はヴェスティリアの隙を突いて、鋭い指の生える手で攻撃を仕掛けてきた。


「くっ!」


 先制したヴェスティリアだが、次第に防戦へと流れは変わっていく。

 鈍重な見た目に反し素早い動きを見せる敵の腕が彼女の体を切り裂こうと襲い来る。

 攻撃が通用しない以上、攻め方を変えなければならないヴェスティリアは防御しつつ時間を稼ごうとする。


 だが、敵はそれを許さない。

 ヴェスティリアが積極的に向かってこないと気付いたのか、両脚を縮めバネのようにして跳躍し、今度はヴェスティリアの頭上を飛び越え背後に回る。

 結晶魔獣はそのままの勢いで体を反転させ、両腕を彼女に向け大きく振り込む。


 予想以上の素早い動作に反応が遅れるヴェスティリア。

 どうにか振り返りフラムディウスで防御をするも、足元が疎かだ。

 剣で受けた衝撃を完全に受け止めることが出来ず、彼女の体は建物の壁に叩きつけられた。


 漆喰が剥がれ、砕けた土レンガが飛び散る。

 歯を食いしばり苦痛に耐えるヴェスティリアの体に、土の粉が降りかかった。


「まずいね……思ったより強いっ」


 敵の強さに普段の軽口も叩けずにいるアンロックン。

 二人が状況を把握する間もなく結晶魔獣は壁に背中を預けるヴェスティリアに迫る。

 両腕の鋭利な指は彼女の胸元に向けられ、その体を貫かんと突き立てる。


 これを食らうまいとヴェスティリアは剣を前に構え、敵の突撃を刃で受ける。

 だが迫り来る魔獣の力で彼女の体はさらに壁へとめり込む。


 このまま防戦を続けてはいずれ押し切られる。

 魔獣で遮られる視界の中、ヴェスティリアは逆転の一手を求め周囲を注視する。

 そのとき、自らの左手に鍵が生まれるときと同じ赤いオーラが湧いていることに気付く。


「ヴェスティリア、もう一度竜神の鍵を差し込むんだ!」

「竜神の……分かったっ!」


 竜神の鍵は、ヴェスティリアに変身する際に用いられるヴェスタの力が込められた鍵である。

 赤いオーラは変身時と同じく鍵の形を象り、剣を握る彼女の左手の傍に出現した。


 敵の襲い来る力を片手で受け止め切るのは難しい。

 ヴェスティリアは素早く左手で浮かぶ鍵を手にし、フラムディウスの鍔に設けられた鍵穴に差し込む。

 結晶魔獣の力を受ける右腕が小刻みに震える。


「くっ、おおおぉぉぉっ!!」


 これ以上押し込まれまいとヴェスティリアが叫び、差し込んだ鍵を右に回す。

 その直後、フラムディウスを中心に巨大な火の玉が生まれ、轟音と共に破裂する。

 爆風が結晶魔獣や周囲の物を吹き飛ばし、ヴェスティリアの前方十メートルほどを更地へと変えてしまった。


 爆発の炎を纏い、フラムディウスが黄金色に輝く。


「これで決めるんだ!」


 ヴェスティリアがふらつく体で剣を構え、もう一度両脚に力を込める。

 剣から放たれる熱は極めて強く、足元の瓦礫すらも赤熱している。


 灼熱の中、歯を食いしばり結晶魔獣目掛けて地面を蹴るヴェスティリア。

 残された全ての力を振るい、結晶の魔獣目掛けてフラムディウスの一閃を放った。


 ……しかし。


「ッ、しまった!」


 今放てるであろう最大威力の斬撃。


 その刃が結晶魔獣の体に届くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る