第三幕【誰が守護者にふさわしいか】
3-1【貯蔵庫の主、頼れる先輩】
魔女の出現や神の力を扱う新たな戦士。
更には本島からやってきた王党派の学者たちなど、アデーレの周囲の状況は目まぐるしく変化していく。
島に存在する遺跡のこともあり、頭を悩ませる要因ばかりが次から次へと増えていく。
「えっと……」
あの日から数日後の現在、目の前にある光景にアデーレは困惑の色を隠せずにいた。
「ようやく来たわねアデーレっ。じゃあ試食を始めましょうか」
食堂の様子を眺めながら、アデーレはドア近くの壁の前に立つ。
アデーレの両サイドには、ロベルトとジェシカの姿があった。
食堂のテーブルに置かれた料理は、どれも馴染み深い見慣れたものばかりだった。
トマト、ナス、イチジク、イワシ。その他ロントゥーサ島で手に入る食材を、煮込んだり焼いたりとシンプルに調理した地元料理の数々。
この島に生まれてから、アデーレの食を満たしてくれたもののオンパレードといったところだ。
数えるだけでも十品以上か。
量は数を想定して控えめにしてあるものの、それら全てを食そうとなれば普段のエスティラの昼食より多い。
エスティラの体格はこの時代の女性としては平均的なため、特別食事量が多いというわけでもない。
なのでこれら全てを残さず食べるというのは、アデーレにはあまり考えにくいことだった。
「まさか本当にリクエストするとはねぇ」
エスティラの左隣に立つジェシカが、困った様子で自分の頭に手を添える。
当然だが、ここに用意された料理を準備したのは彼女に他ならないだろう。
「有言実行は私のポリシーよ。それじゃあまずはこれから頂きましょうか」
「かしこまりました」
彼女の右隣に控えていたロベルトが、イチジクとチーズのサラダが盛られた皿をエスティラの前に差し出す。
いかにも庶民的かつ、名家のお嬢様には到底似合わない雑多な料理だ。
しかしエスティラはそれを蔑む様子もなく、イチジクとレタスをナイフとフォークを使い行儀よく口に運んでいく。
食材一つひとつが一口大にカットされているのは、貴族の料理人を務めるジェシカらしい配慮だ。
しばらく口の中で味わい飲み込んだ後、横目でジェシカの方を見た。
「随分と薄味なのね」
「普段のものより控えめなドレッシングにしてありますからねぇ。そのせいでしょう」
ジェシカの説明を受け、納得した様子でうなずくエスティラ。
確かにこんな辺境の食事で調味料をぜいたくに使うことは出来ない。
この屋敷で使われるドレッシングも、塩や酢、オリーブオイルを厳選して混ぜ合わせた高級なものである。
現代日本の記憶が蘇ったアデーレも、最初はエスティラと同じ感想を抱いたものだ。
そんなことを懐かしんでいるアデーレだったが、おかげでエスティラの視線が自分に向けられていることに気付いていなかった。
「アデーレ、これだと物足りないとかならないの?」
「えっ?」
全く予想していなかった質問を受け、素っ頓狂な声を上げてしまうアデーレ。
その様子が不服だったのだろう。エスティラが眉をひそめる。
「何間抜けな顔してるのよ。地元のアンタに質問するくらい当然でしょう?」
「そ、そうですね。失礼しました」
「全く。しばらく屋敷を空けていたせいで随分と腑抜けてしまったようね」
ナイフとフォークを置き、腕組をしながらアデーレを睨むエスティラ。
今回ばかりは完全に気を抜いていたので、エスティラの言葉に反論するのも難しいだろう。
大体エスティラが地元の食事を味わっているのも、今後島の有力者として立つことを自分なりに意識してのこと。
決して戯れや暇つぶしなどではなく、彼女なりに真剣な行動なのだ。
それに対する反応としては相応しくない姿だっただろう。
アデーレが自らの胸に手を当て、呼吸を整える。
「で、どうなの? これでも島の人達は満足しているの?」
「ええ。ですが私たちからすればサラダは常食ではないので」
「それ自体がごちそうってことなの? へぇ」
生まれてからずっと貴族であったエスティラにとって、今日まで庶民の食糧事情に興味を持ったことはなかっただろう。
その後は彼女が興味を持った事柄に関し、アデーレが端的に答えるという変わった食事が続く。
しばらくの後、テーブルにはエスティラが食した料理の皿だけが残されていた。
「それで薬が必要になったんだ」
アデーレの前でハーブ類の入った白い陶器の瓶を棚に戻しながら、話を聞くメリナが困ったように笑う。
案の定、あの後エスティラは食べ過ぎにより体調を崩してしまった。
常備薬というものが存在しないこの時代、こうなるとアデーレは薬をもらいに薬局へと向かわなければならない訳だ。
今はそのための報告と、エスティラのために整腸作用のあるハーブティーを用意するようメリナに頼みに来たところだ。
多くの食品やハーブ類が保管されているこの貯蔵庫。
元々ここでティーフーズなどを作る仕事を受け持っていたメリナだったが、今は亡くなったアメリアに代わり貯蔵庫の品目管理なども受け持つようになった。
彼女の手伝いをする使用人が割り当てられているものの、彼女は一人でここにある全ての品目を把握し、管理しなければならない。
主人の傍に仕える使用人とは全く異なる難しい仕事。
それを完ぺきにこなすメリナの姿は、アデーレから見ても尊敬に値するものだった。
「こういうときはカミツレがいいんだよ。後お嬢様はハチミツが好きだから……っと」
ポットに乾燥させたカモミールの花を少量入れ、そこにお湯を注ぎ蓋をする。
それをトレイに置いた後、エスティラ愛用のティーカップとソーサーに加え、黄金色のハチミツが入ったガラスの小瓶を棚から取り出す。
全ての作業を手際よく進めていく動きから、彼女がこの場所のことを完全に把握している事が伺える。
寸分の狂いない一挙手一投足に、アデーレは思わず見とれてしまっていた。
「よしっ。それじゃあこれは私が運ぶから、アデーレは薬をもらってきて」
「あ、はい。よろしくお願いします」
メリナがトレイを持ったところで、アデーレは自らの役目を思い出し背筋を伸ばす。
今も腹痛で唸っているであろうエスティラだが、帰りが遅れれば弱っていようとも厳しい言葉を向けてくるに違いない。
出来るだけ早く済ませなければ。
そう思い、足早に貯蔵庫を出ようとしたそのときだった。
「ああそうだ」
その時、アデーレを呼び止めるようにメリナが声をかけてくる。
声に誘われアデーレが振り返ると、相変わらず落ち着いた様子のメリナが優しい笑顔を向けていた。
「最近また魔獣のことで物騒になってるって聞いてるから。気を付けてね」
「そうですね。ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。アデーレにもしものことがあったら……」
そこまで口にしたところで、何故か言葉を詰まらせるメリナ。
顔を背け、少々わざとらしい咳払いをしてから再びアデーレの方を向き直る。
少し違和感のある仕草であることは言うまでもない。
だが何事もなかったかのように笑うメリナを前にして、アデーレはそれ以上追及することをためらった。
「ごめんごめん。とにかく気を付けてね」
「は、はい。それじゃあ行ってきます」
メリナの見送りを受けながら、貯蔵庫を後にするアデーレ。
いつもとは違う様子のメリナが気がかりではある。
しかし今は友人のことを気にするよりも、主人の体調を心配しなければならない。
使用人とは、そういうものだ。
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