2-6【王党派】
シシリューアの共和制に異議を唱え、王政復古を目指す貴族間の派閥。
それが王党派であり、エスティラを襲ったイェキュブと裏で取引をしていた者達だ。
その名を指揮官がこの場で口にするということは……。
「いやはや。まるで我々を反乱分子として見ておられるようだ、こちらの御仁は」
「そうは言われましてもね、ダニエレ教授。あなたは大学でも有名な王党派の一員ではないですか」
エスティラ達の視線が大学関係者たちへと向けられる。
特にアデーレに至っては、腰に置いた両の拳に力が入る。
あのような事件の首謀者である王党派の関係者。警戒するなという方が無理な話だ。
遺跡調査を名目としたあらゆる暗躍がアデーレの頭に浮かび、警戒心は頂点に達する。
だがそんな視線を受けてもなお、ダニエレは一切の余裕を崩さない穏やかな表情を見せていた。
「確かにそうですが、大学は元々王党派の者が多く所属しています。それにイェキュブの一件に関わったのは……」
そこで言葉を止め、微笑みをたたえた顔をエスティラに向ける。
「あなたのおじい様と、それに近しい者たちではないですか。ねぇ、エスティラさん」
「ッ、それは……」
ここで初めて、エスティラが戸惑った様子で目を逸らす。
そう。エスティラを襲った悲劇の首謀者は、王政復古に乗じて彼女を傀儡の王に仕立て上げようとしたバルダート家前当主だった。
つまり孫娘を裏で操り、国を牛耳ろうと企んでいたのだ。
この事実をエスティラは本島に戻り公表し、その間に魔獣の襲撃を受けた。
今も彼女は命を狙われていることからも、魔女と前当主の繋がりは今も健在である可能性が強い。
「言い方は悪いですが、王党派も一枚岩ではありません。ですが大学に所属する我々が最大派閥なのは間違いないでしょう」
「でしょうな。つまりあくまで一部の少数が独断先行した結果、魔女による邪知暴虐を許したと?」
「つまりも何も、事実そういうことではないですか」
さも他人事のような口調のダニエレを受け、アデーレの手にわずかな力が入る。
横目で伺ったエスティラに変化は見られないが、果たしてその心中はいかほどか。
そもそも他人事のような、ではなく完全に他人事として考えているに違いない。
例えその行為が王党派全体に利益をもたらそうとも、失敗の結果大罪人の烙印を押されては派閥の存続に関わる。
つまりバルダート家の前当主とそれに追従した者達は、追放されたも同然の状態にあるのだろう。
それに国家元首の親族がその様な凶行に及んだと世間が知れば、バルダート家全体の権威を貶めることも出来る。
エスティラの奪取は失敗したとしても、結果として王党派全体としてはプラスの方向に働くと考えているのかもしれない。
それ故の余裕。この場においてダニエレは、自身を最も権威ある存在と考えているのではないだろうか。
(嫌になるな、こういうの)
客人の前で失礼を働くのはエスティラのメンツに関わる失態だ。
ため息や蔑視。こみ上げてくる怒りを抑えるのにアデーレは必死だった。
指揮官のダニエレ達に対する棘のある物言いは、そんなアデーレの気持ちを少しだけ楽にしてくれた。
「事実ですか。証明する術が存在しない事柄を事実と断じるのは、果たして正しいのでしょうかねぇ」
「証拠を提出するのは常に原告の仕事でしょう。それが出来ないとなれば我々の証言が事実となるのは必然です」
一触即発とまではいかないものの、重苦しい空気が応接室を襲う。
ドアの前に立つロベルトも、時折双方の顔色をうかがうかのように視線を小さく動かしているのが分かる。
そして本来この場にいる必要のないメリナは……。
(メリナ、さん?)
無表情。
使用人である以上主人や客人の前で感情を見せるのはよろしくない。
だがそれを加味したとしても、今のメリナからは感情というものが一切感じられなかった。
目の前で繰り広げられる言葉の応酬を、まるでそこに何もないかのような様子で見つめているのだ。
その様子が気になり、アデーレの目線はしばらくの間隣に立つメリナへと釘付けになっていた。
アデーレにとってはあまりにも異様な雰囲気。
それを払うかのように、ダニエレが強く両手を打って立ち上がる。
「さてさて、我々は責任の所在を追及するためこの場に来たわけではありません。遺跡調査についての話をさせていただいても?」
指揮官、そしてエスティラの方へと順番に顔を向けるダニエレ。
好々爺然としたその様子にアデーレはわずかながら腹を立てそうになるが、身を正すことで自らの感情を抑え込む。
「そうね。ですが発掘作業ということであれば、本家の方から許可を得なければならないはずなんだけど」
「それについては問題ありません。議会経由で承認を受けた正式な学術調査です」
エヴァがそう言うと、一枚の書類をエスティラの前に置く。
二頭の竜の意匠が特徴的なシシリューア共和国章が右下に押されたそれは、国からの許可を示す正式な書類であることを意味している。
エスティラはその書類を手に取り、しばらく読み込んだ後にエヴァに手渡す。
「確かに。でしたら私から申し上げることはなにもありませんわ」
「ありがとうございます」
エヴァが深々と頭を下げ、ダニエレは変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
その様子を一瞥した後、エスティラはテーブルに置かれたティーカップを手に取り中の紅茶を口に含む。
ティーカップを持つ手がわずかに震えているように見えたのは、アデーレの気のせいだろうか。
「それでは、これからの計画を私の方から説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ。よろしくお願い」
再び一礼した後、エヴァはソファから立ち上がる。
その後はこれといった言葉の応酬はなく、淡々と事務的な内容が語られていく。
終始余裕のある笑みを浮かべるダニエレと、その様子を作り笑いで眺める指揮官。
その様な中であっても、メリナは以前として無表情を貫き通していた。
「では、後日拠点設営の際に再び伺わせてもらいますよ。それでは」
話し合いを終え、満足げな様子で応接室を後にするダニエレとその一行。
最後の付き人がロベルトの開いたドアから出た後、彼はエスティラに向け一礼した後見送りのために応接室を後にする。
静かにドアが閉められ、中にはエスティラと指揮官。そしてアデーレとメリナの四人が残された。
「あなたは行かなくてもよろしくて?」
エスティラの視線が指揮官へと向けられると、彼は大げさな動作で前のめりになりながらエスティラ達の方を見る。
「ええ。後のことは優秀な部下たちがやってくれるので」
「それはまた、随分な指揮官ね。あなたらしいといえばそうなんでしょうけど」
「ははは、これは手厳しいっ」
言葉とは裏腹に、二人の様子はどこか緊張が解けたかのように穏やかだ。
元々ヴェスティリアという共通の話題で親交を深めた間柄であり、また島の危機においては人頭に立ちしっかりと務めを果たした。
案外二人とも似たような人間なのかもしれない。
そんなことを思いながらアデーレが二人の様子を伺っていると、エスティラがわずかに眉をひそめる。
「でも、教授に対するあの態度はあまりあなたらしくなかったわね」
エスティラの一言を受け、声をあげて笑っていた指揮官が沈黙する。
そのまま静かにソファへ背中を預け、顔はエスティラの方に向けつつもわずかに視線を下に逸らしていた。
「お見苦しい所をお見せしてしまいましたかね?」
「構わないわ。ただ牽制するにしてもあなたらしくない言葉選びだと思っただけよ」
「そのお言葉、感謝いたします」
無理に追及するわけでも、注意するわけでもないエスティラ。
それは彼女が少なからず腹を立てていたことを意味しているのだろうか。
大げさに一礼しつつ、ソファから立ち上がる指揮官。
そのまま窓際まで歩み寄り、窓枠に手をかけながら外の風景を眺める。
「王党派は一枚岩ではない。だとしても警戒するに越したことはないでしょう」
この窓の下からは、表玄関の様子がよく見える。
しばらくすればロベルトに見送られながらダニエレ達が屋敷を後にする姿を確認することが出来るだろう。
牽制……つまり指揮官は最初からダニエレ達を信用していないということだ。
あの日前線に立ち魔獣と戦った彼からすれば無理もない。
自分たちは関係ないなどという言葉を安易に信じられるほど、彼もお人よしではないだろう。
そういった様子を半ば剥き出しにしながら向き合っていた指揮官は、道化を演じたということだろうか。
「彼らの言う遺跡というのがどういうものなのか、これから注意しておくべきでしょうなぁ」
「注意というと、あなたは今回のことも魔女絡みと考えているのかしら?」
「さあ、どうでしょう。この島の遺跡が魔女に絡むなどとは考えにくいですしね」
指揮官の言葉にため息を返すエスティラ。
先程の説明からも疑わしい要素を確認することが出来なかった。
だが遺跡の詳細を知るアンロックンが、ここまでの話を聞いて何を思ったか。
突然降って湧いたような遺跡の存在。
その詳細を知るために、一度話をする必要があるだろう。
アデーレはアンロックンが収まるポケットの上に手を添える。
布越しに感じる錠の感触は、わずかな温もりに包まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます