2-5【ロントゥーサ島の遺跡】
旧王立シシリューア大学。
その名の通り王国時代に創立された国立大学であり、国内外で名の知れた国の最高学府だ。
メリナの知らせを受け、アデーレはエスティラに続いて応接室へと入室する。
応接室は魔女の一件で被害を受けたため、修復が施されている。
白を基調とした美麗な装飾と調度品に囲まれた室内。
中心には白いフレームに赤いクッションが使われた二人掛けのソファが向かい合って置かれ、上座には一人用ながら大きめのソファが一つ置かれている。
ソファの間には、白と金で装飾された大きなテーブルが用意されている。
メリナの言う客はいないらしく、静まり返った室内を乾いた足音を立てながらエスティラが進む。
彼女はそのまま上座のソファに腰を下ろし、後に続いたアデーレがソファの横に立つ。
客人は他の使用人が案内しているところだろう。
エスティラは退屈を感じさせない澄ました様子でドアの方を見つめている。
その時、ドアをノックする音が応接室内に響き渡る。
「どうぞ」
エスティラの一言を合図にドアが開かれる。
まず最初に入ってきたのはドアを開けたロベルト。客の案内をしていたのは彼のようだ。
ロベルトはドアを押さえて、廊下にいるのだろう客人に対し一礼する。
その直後、数人の人物が物々しい雰囲気を携えて応接室へと入ってきた。
最初に入ってきたのは整った容姿の小柄な女性。
年齢はアデーレよりも年上だろうか。メガネをかけており、背中に伸びる茶髪を首の後ろ当たりでまとめている。
ダークグレーの長袖ドレス姿に、首元に付けた馬を象る白色のカメオが印象的だ。
小脇には紙束を携えているが、アデーレには内容の見当がつかない。
そして女性に続いて、初老の男性と立派な体格をした二名の男性が入室する。
老人に続く二人は従者だろうか。地味なスーツを着た特段印象に残らない格好をあえてしているのだろう。
そんな二人に囲まれた人物。
今では時代遅れともいえる小紋柄が入った黄色い長めのコート。
そして色とりどりの花柄が刺繍された薄いピンクのウエストコートを着た初老の男性だ。
深紅のブリーチズに白タイツというのが、特に前時代的な印象を与えてくる。
だが金糸や銀糸、プリーツやレースがたっぷり使われたその衣装が相当の高級品であることは一目瞭然である。
「初にお目にかかります、エスティラさん。ダニエレ・アルターノ=リッツィと申します」
エスティラに向け、
彼に合わせて、付き添いの人物達も静かに一礼する。
しわの目立つ顔立ちだが、染みのない綺麗な肌からは年齢以上の若々しさを感じさせる。
だが初対面の貴族に対しさん付けというのはいかがなものかと、アデーレは心中で首をかしげた。
「ええ、存じていますわ。どうぞおかけになって」
「ありがとう。いやはや、この年になると体にガタが来ていけませんね」
そう言いつつ、ダニエレは窓側のソファにゆっくりと腰を下ろす。
彼はエスティラの側に座り、隣には最初に入ってきた女性が着席する。
二名の男性は二人の座るソファの後ろに起立したままだ。
窓から差し込む光が男性に遮られ、大きな影が二人を覆う。
ダニエレの着席を確認し、ロベルトがドアを閉めようとしたその時……。
「はいはい失礼するよっ。どうもすみませんねぇ騒がしくしてしまって」
通りの良い美声を響かせ、一人の男が突如入室する。
羽根飾りが鮮やかな三角帽を脱ぎ、エスティラに向け深々と一礼するその男。
「あら。客人が来ているというのに礼儀がなっていないのでは? 指揮官殿」
彼は魔獣がこの島に現れるようになってから派遣された艦隊の指揮官だ。
自信に満ちたその様子に
そんな彼が、なぜ客人の居る応接室にやってきたのか。
周囲の視線を集める指揮官は、相変わらずの笑顔を見せ逆にエスティラへと視線を送る。
「申し訳ございません。ですがこの度彼らの護衛を仰せつかることになりまして。私も同席しても?」
「ええ。ええ、構いませんよ」
指揮官に笑いかけ、ソファに座るよう促すダニエレ。
だが指揮官はその場から動かず、エスティラが手で座るよう促すとようやくドア側のソファへと腰を下ろす。
(いや、何勝手に座らせようとしてるんだろう。あの人)
登場はともかくとして、指揮官の判断は正しい。
この屋敷の主はエスティラなのだから、彼女の許可でソファに座るのが礼儀なのだから。
そういったことが分からないわけでもないだろうに、ダニエレはまるで自分をこの場の主役と考えているような立ち振る舞いだ。
エスティラの心情は分からない。
だがアデーレは、どうにか蔑視を表に出さないよう意識して無表情を作っていた。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
再びロベルトがドアを閉めるのを妨害するようなタイミングで、今度はメリナがティーワゴンを押して入室してくる。
少々慌ただしい様子ではあるものの、メリナは非常に手際よく紅茶と茶菓子を用意し、エスティラと客人の前に置いていく。
その完璧な所作には、アデーレも目が離せずにいた。
「さてさて、早速ですがお話ししてもよろしいですかね?」
メリナが用意を進めている間に、ダニエレがエスティラに向けて穏やかな笑みを向ける。
「そうですわね。何でも私に挨拶がしたいとかで」
「ええ。ええそうです。この度こちらの島で発掘調査をすることになりましてね、一度お目通りをと」
お目通り。
そういう割には図々しさが所作の端々に出ているのはいかがなものかと思い、アデーレはその場から目を逸らす。
だがそれ以上に、遺跡の発掘という言葉が気にかかる。
「遺跡? アデーレ、この島にそんなものあるの?」
「えっ、ええ。古い建物跡が。島の者はあまり立ち寄らないへき地ですが」
「そうなんですよ。大学の文献を調査したところ、どうやらそこに【イオドの反乱】直後の遺跡があることがこの度判明しまして。エヴァ君」
ダニエレが隣に座る女性の方を見る。
するとエヴァと呼ばれた女性が、手にした紙束の一部をエスティラの前に置く。
「イオドの反乱……確か数千年前の神と魔女の戦いだったかしら?」
「はい。暗黒大陸の神イオドに扇動された魔女達と神々の大戦です」
エスティラの問いに、ダニエレに代わりエヴァが答える。
彼女は一切表情を変えることなく、非常に事務的な雰囲気を漂わせていた。
「以前は与太話と聞く耳を持たない者もいましたが、この度の魔女事件を受けて大々的な調査が進められることになりました」
「なるほど。魔女の異能が実在するならば、神々も実在するということね」
「その通りです。この仮説を証明する調査を、この度大学の代表としてダニエレ教授が進めることになりました」
エヴァの言葉の後、軽く一礼してみせるダニエレ。
これについて事実かどうか、当然ながらアデーレからすれば周知の事実だ。
彼らが神と呼ぶその存在から力を託され、今も交流を持っているのだから。
(ロックン。遺跡の事って知ってる?)
(うん、一応。別に大した建物じゃなかったはずだけどねぇ)
アンロックンが遺跡の存在を肯定するならば、彼らの話は間違っていないのだろう。
だがその口ぶりからして、きっと住宅やそれに類するものが後世遺跡として残ったといったところだろうか。
しかし……。
「神々の証明、実に関心なことではないですか」
声を響かせる指揮官。
だが、まるで刺すような目線をダニエレの方に向けている。
こういった表情を見せる指揮官は珍しい。
しかも明らかな目上の相手に対してだ。
その異様な雰囲気に、アデーレはわずかに表情をこわばらせる。
それでも指揮官は様子を変えることなく話を続けた。
「ですがあれですな。王党派の方々がこの島に興味をお持ちとは、なかなか不思議な因果を感じざるを得ませんなぁ」
あれだけうるさく聞こえていた指揮官の言葉が、アデーレの耳から遠ざかっていく。
(えっ……)
王党派。
それはアデーレにとって、決して無視できないものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます