第二章【ロントゥーサ島に雪が舞う】
第一幕【狼の騎士】
1-1【今日も彼女は戦い続ける】
北のロマニア大陸と、南の暗黒大陸。
シシリューア共和国は、二つの大陸を隔てる地中海中央に浮かぶ島国である。
夏は日差しに恵まれ、冬は恵みの雨が降る南国の地だ。
そしてシシリューア本島の北東にある島、ロントゥーサ島。
農業と漁業を主な産業とする、田舎特有の穏やかな時間が流れる小さな島……というのは昔の話。
「ヴェスティリアッ、いつも通り決めるよ!」
低木がまばらに生える荒野に子供のような声が響く。
その声は、ヴェスティリアと呼ばれた少女が構える紅蓮の大剣から発せられていた。
彼女は白色のワンピースの上に赤いロングコートを羽織り、竜の翼を模した飾りを挿したコートと同じ色の帽子をかぶっている。
そして最も特徴的なのは、ルビーの輝きを連想させる透明感のある赤色の髪。
情熱を感じさせるその色合いに反し、切れ長の鋭い目は冷徹に前方の【それ】を睨みつけていた。
ヴェスティリアの前に立ちはだかっていたのは、身の丈が彼女の倍以上ある岩の巨人だった。
赤褐色の岩がいくつも繋がり合い、屈強な人型を形成したその異形。
しかしそれは地面に膝をつき、今にも崩れ落ちそうだ。
顔もない岩の巨人から感情を伺う術はない。
しかしその仕草からは、少女の存在を恐れているような気配が伺える。
「……ふぅ」
小さく息を吐くヴェスティリア。
左足を前に、大剣を両手で持ち、刃を天に向け右側に構える。いわゆる八双の構えだ。
地面を擦るブーツの底から火花が散る。
大剣の刃が、業火を
「これでッ!」
地面を蹴り、ヴェスティリアの体が加速する。
岩巨人との間合いを尋常ではないスピードで詰め、構えた大剣を勢いに乗せて振りかぶる。
その動きはさながら白球を天高く打ち上げるスラッガーのようだ。
だが、刃に触れた岩巨人が打ち上げられることはなく、吹き上げる炎によって両断されてしまう。
口を持たぬ岩巨人は断末魔を上げることなく崩れ落ちる。
生命活動を停止したその体が風化し、塵となって消えていく。
「よし、お疲れ様。ヴェスティリア」
ヴェスティリアが剣を下ろすと同時に、鎮火した大剣が語り掛ける。
彼女は喋る大剣の方に、どこか疲れた顔を向けた。
先ほどまでの殺気立った気配は微塵も感じられない。
「ホント魔獣ってのは、こっちの事情関係なしに湧いてくるね」
「そりゃあ召喚者の都合で動いてるしね。どこの誰だか分からないけど」
魔獣。
魔女と呼ばれる暗黒大陸の能力者によって召喚される異形の総称である。
奴らは町や人を襲い、全てを踏みにじる。決して相容れることのない仇敵である。
ヴェスティリアとは聖火を司る女神ヴェスタの巫女を意味する。
女神より与えられた力を操り、人々の平穏のために戦う事を使命とした戦士に与えられる名だ。
そしてヴェスティリアという超常の一端を与えられた者こそ……。
「とりあえず戻ろう。誰かが様子を見に来るかも分からないしね」
ヴェスティリアの体が赤いオーラに包まれ、それが消えるに連れて纏う衣服や髪色が変化する。
赤いコートは白いエプロンと黒のロングドレスに。
帽子は長い髪をまとめるフリル付きの白いキャップに。
手にしていた大剣は竜の意匠が施された錠前に変形する。
そして特に異彩を放っていたルビー色の髪は、深い海を思わせる黒色の髪へと変化していた。
これがヴェスティリアの本来の姿。
彼女はキャップのズレを直しながら、身だしなみを確認する。
「あー、少し汚れてる」
エプロンの一部に土が付着していることに気付き、ため息を漏らす。
その汚れを確認するかのように、竜紋の錠前が浮遊しながら汚れの方に近寄る。
錠前は上下に動き始め、まるで汚れを払うような動作でエプロンに触れた。
「ロックン、落ちそう?」
「うーん、あんまり。これ以上やると逆に汚れそうだよ、アデーレ」
「そっか」
ロントゥーサ島出身である農家の娘、アデーレ・サウダーテ。
女神ヴェスタの依り代として作られた錠前、アンロックン。
この二者が手を取り合うことでヴェスティリアという戦士は成り立っている。
「それにしても、もう半年だよ。なのにイェキュブみたいに魔女が現れないっていうのはどういうことなの?」
アデーレはアンロックンを手にし、顔の前に持ってくる。
彼女の手の中でアンロックンはカチャカチャと音を立てながら揺れる。
「僕もそこは分からないね。ここまでずっと魔獣を召喚してくるだけっていうのは」
「うん。正直不気味だよ」
半年前。
ロントゥーサ島で最初の魔獣が襲来し、アデーレがヴェスタ……アンロックンと接触した時のことだ。
黒幕である魔女イェキュブの悪辣極まりない陰謀を共に打ち砕き、島の平穏を守り切った。
だがその後も魔獣の襲来は散発的に発生し、その都度ヴェスティリアとしてそれらを討伐してきた。
今回もその一環であることは間違いないだろう。
暗黒大陸の外に住む人々を魔女たちは嫌悪している。
イェキュブの事を考えれば、今回の魔女にも何かしら人々に害を成す目的があるだろう。
だがその一片すら見えてこない現状は、アデーレやアンロックンにとって奇妙なことだった。
裏で手引きする者が影すら見せない。
これはあまりにも不気味かつ危うい状況と言えるだろう。
家族や友人が島にいるアデーレからすれば、それはかなりのストレスとなっていた。
「いつまで場当たりで対処すればいいんだか……」
再び深いため息をつくアデーレ。
見上げる空は灰色の雲に覆われている。
初夏の出会いから半年。
季節は晩秋を過ぎ、冬が年の瀬と共に訪れようとしていた。
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