第五話:わたしの好きな人

 そんな苦い失恋を経たというものの、大学受験のほうは無事合格。ののかも、沼倉ぬまくらも、みかも――わたしの大切な友人たちは、それは自分のことのように、とても喜んでくれた。


 合格通知の来た当日なんて、夕飯はご馳走だった。こんなに喜んだ日はないと思う。


 あとは卒業式を控えるのみだ。


 

 そんなわけで、最後の高校生活の日々を過ごしていたある日のこと。

 昼休みにもなったことだし、購買で何か買ってこようかと席を立つと、教室の外からみかが手招きをしているのに気づいた。


 みかの元へ行くと、みかは、「お昼ご飯、いっしょに食べませんか?」と、わたしを誘ってきた。


「おっけ。じゃあののかも――」


 わたしは了承し、ののかも誘おうとしたが、みかに腕を掴まれ、止められてしまった。


「よければ、二人で」


 みかは静かながらも、強くそう言った。


 わたしは振り返り、ののかを見る。ののかは、沼倉と楽しげに会話をしていた。


 ――ああ、そうだった。二人はもう、付き合ってるんだった。……わたしみたいなのが、割り込んじゃいけない。


「……食べようか、二人で」


 わたしはみかにそう言って、みかは少し寂しげに微笑んで、頷いた。



 わたしたちは中庭へ移動し、そこにあるベンチへ腰掛けた。

 中庭の木々は、こないだまでは裸だったというのに、今はもう、桜の蕾がつき始めている。


 偶然にも、中庭にはわたしたちだけしかおらず、ゆっくりとみかと昼食を楽しめそうだった。


 早速、みかは持参したお弁当を広げるや、卵焼きをひとつ口に運び、ウットリとした表情を浮かべ、頬を手を添えた。


「はぁ〜。さっすがわたし! 完璧な味に仕上がってます!」


 自分のお弁当を食べ、そう自画自賛するみか。


「なんだ、お前、自分で作ってるのか」

「わたしの家、両親が忙しいことが多いですから……基本、家事はわたしの仕事です」


 みかはまたひとつ卵焼きを箸で掴み取るや、それをわたしのほうへ向けた。


「はい、あ〜ん」


 そう言ってくるみかを、わたしはただ無表情で見つめ返した。


「そこは食べてくださいよぉ!!」

「悪い悪い。食べる食べる」


 拗ねるみかをこれ以上からかってはならないと、わたしは卵焼きをいただく。


「うん、美味い」


 そう言うと、みかは胸を張った。


「なんか、彼氏のために手作り弁当作ってきた彼女みたいだな」と、ふと思ったことを言うと、みかは「ふふ。本当に先輩の彼女になってもいいんですよ〜?」と言ってきたので、「遠慮しとく」とひと言返しておいた。


 みかは一瞬ムスッとしてから、次にいつになく真剣な顔をした。


「……そんなことより、いいんですね」


 みかは、さっきの調子とは打って変わって、真面目な口調だ。


「……いいって、何が?」

「もちろん、ののか先輩と沼倉先輩のことです」


 わたしは咄嗟に、視線をみかから外した。


「……お二人、付き合ったって聞きました――ののか先輩から。つみき先輩、それは喜んであげたそうじゃないですか」

「……当たり前だろ。親友の恋が叶ったんだから」

「全然当たり前なんかじゃないです! わたし、知ってるんですよ!」


 突然みかは声を荒らげ、わたしも驚いて、再びみかを見た。


「先輩はっ……」


 わたしのことを睨みつけながら、みかは一度下唇を噛む。

 今にも泣きそうで、必死な顔をしながら、みかは再度口を開いた。



なんでしょう……?」



 わたしは肯定も否定もせず、ただゆっくりと目を伏せた。

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