第二話:友人とのひととき

 次の日、わたしは一人で登校した。


 教室にはちらほらとクラスメイトが登校してきており、その中に沼倉ぬまくらもいた。


 沼倉は自分の席で、本を読んでいた。


 わたしは「おはよ」と沼倉に声を掛け、机の上にカバンを置く。沼倉も顔を上げ、笑顔で挨拶を返してくれた。


「……あれ? 今日、松澤まつざわさん、お休み?」


 わたしが一人で登校してきたのを見かねてか、沼倉はそう聞いてきた。


 わたしは首を横に振り、


「違う違う。アイツ早速寝坊してさ。『先に行っててー!』って言うから、わたしだけ先に来たの」


 と事情を話し、自分の席に腰を下ろした。


「あはは。なら、松澤さんは遅刻かぁ」


 苦笑いで話す沼倉に、わたしは、「んー。でも、ののかのことだから、ギリギリ着くってところかな」なんて、返した。


 それから、わたしはふと沼倉がさっきまで読んでいた本に目をやった。


 わたしはそのタイトルを見て、ほとんど無意識に、半分身を乗り出していた。


「あ、この本……! わたしも前に読んだの。わたし、この作家のファンでさ。この人のほとんど読んでるんだよ」


 それは、今注目を集めている推理小説だった。実は前からわたしはこの作家に目をつけていて、ずっとこっそりとファンを続けていたのだけど、ここ最近、やっと人気が出てきて、それがうれしくもあり、少し寂しくもあったりしている。


 沼倉は目を丸くして、それから、うれしそうな顔に変わる。


「ウソ! 花森はなもりさんもファンなんだ! 俺も昔からこの人のファンで、やっと人気がでてきて……!」


 と、沼倉は目をキラキラさせながら話す。


 まさか昔からのファン同士だったとは。思わぬところで意気投合したわたしたちは、そのあと、ずっとこの作家について語り合っていた。


 沼倉との会話に夢中になる中、不意に朝のホームルームのはじまりを告げるチャイムが割り込んで来たと同時に、教室の扉が勢いよく開かれる音が、教室内に響いた。


 わたしたちはそこで話をやめ、扉のほうに目をやると、そこにあったのは教師の姿ではなく、息を切らして疲れきった顔をしたののかの姿だった。


「せ……セーフ……!」


 ののかはそう言って、わたしたちにピースサインを作ってみせる。


 沼倉は、「ほんとにギリギリに着いたね、花森さんの言うとおりだ」と、笑った。


 だからわたしは、


「当たり前でしよ。もう何年もいっしょにいるんだから」


 と、ちょっと自慢げに言ってやった。


 ――このときまでは純粋に、沼倉とはいい友人になれそうだと本当に思っていた。


 でも、このあと改めてわたしは、思い知らされることになる。


 ――やっぱりわたしたち、所詮男と女に過ぎないんだ……って。

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