第2話 発見

「どうされましたか?」


俺が急に動きを止めたのが気になったのかアヤカが少し心配そうに近寄ってきた。

そして、僕が手に持っているものを見てアヤカの歩みは止まった。


「その文字は…?」


「分からない、落書きのように見えるけど、こんなものに書かれているということはちゃんとした文字だろうね」


「………」


アヤカも僕も全く理解が追いついていない。

存在しない言語を自分の上の代、父もしくは祖父が遺したもの。記憶が消え、顔を思い出せない人が使っていたのだ。

しかし、この隠し部屋を作ったのは間違いなく祖父だということは、わかる。

道中はまっすぐ直線の道だった。つまり、元々この屋敷を建てるときにここの部屋も設計に入っていたことが推測できる。


祖父は一体何者なのだろうか。


「ご主人様!これを見て下さい!」


アヤカが慌てるように見せてきたのは、何かの設計図のようなものであった。

細い線で緻密に描かれた物体は見たことも聞いたこともないものであった。

記憶喪失の僕が知らないのは納得できるかもしれないが、アヤカも分からないと言っている。つまりこれは未知のもの。


「なんだよ…これは」


二人は分からないものだらけの恐怖と知らないものを知りたいとする好奇心が体を支配した。


❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


「結局何なんだよ…これたちは…」


調べた結果、ほとんどが日記のような文字列と謎の設計図のようなものだった。


「さぁ…?」

アヤカが首を傾げる。


…………。

……………。


二人の間に沈黙が生まれる。

互いに目を合わせては本に視線を向けてを繰り返している。


どうしたものか。



「まぁ…何冊か部屋に持ち帰ってあとはここで保存しておこう」


「そうですね」


さっさと撤収。

また寒くて暗くて長い道のりかと思うと少し憂鬱な気分になりながらも本を手に取り、部屋を後にした。



❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


「だぁ~はぁーわっかんねぇや全く持って」


あれから数時間ずっとこの本の解読を試みたが、何もわからない。分かるやつは天才だ。


不貞腐れたように椅子の背もたれに全体重をかけていると、部屋の扉が開いた。

「………」 

一言も喋っていないが、気配でアヤカと分かった。しかも、そのまま迷いなくベッドに腰を下ろした。

「なぁ、自然と入ってきて座ってるけど、せめてノックをしてくれ」


「だって…ノックをしても返事が返ってきた試しがないですもん」

と言ったあとふんっと鼻を鳴らした。



いや?毎回返事を返してたよな、僕。



すると、僕を試すかのようなタイミングで扉がノックされた。


「どーぞ」


その合図を待っていたかのようにすぐ扉が開いた。

「失礼します」


そう言って入ってきたのはヴェルノであった。


「どしたの」


「先程、隠し部屋の調査をされたと管理人の方から聞きまして、体調の確認と色々とお話をしようかと」

手に持っていたのは3人分のティーカップと紅茶だった。


「そうするかー」


急遽僕の部屋でコーヒーブレイクをすることとなったのであった。


・ ・ ・ ・

 

「それで?ヴェルノはあの部屋のこと知ってたの?」


体調確認は「全然元気ー」と適当に済ませ、最も僕にとって重要な話をする。


「いえ、具体的なことは全く。しかし、長年勤めていると屋敷の間取りと屋敷の広さが不自然に感じることはありましたが、まさか」


「普通。こんなものがあるとは思わないよな」


「はい…」


不自然だな…みたいな違和感はあってもまさか本当にがあるだなんて思うわけがない。


もし…だ。もしも僕が記憶を失っていなければ、僕は何かを知っていたのかもしれない。


「僕の父や母ならなにか知っているのかな…?」


独り言のように呟いた僕の言葉にアヤカとヴェルノの二人は顔を強張らせた。


「なぁ、僕の親はどうしてるの?僕は今17だから寿命ってことはないだろうし、あれ?でも一回も会ってないな」


「あの…」


アヤカがとても言い辛いように眉をハの字にしてこちらを見てなにかを言おうとしている。

これで、察せないほど僕は鈍くない。


「非常に言い辛いのですが…」


「…はっきりと言ってくれ」


「もう…ご両親はご存命ではありません…」


「やっぱりか」


悲しいような気分はするが

一度も会っていないから顔も覚えていない

だから涙も何も感情が溢れることはない。

それは多分記憶を失う前にたくさん泣いたからかもしれない。


「どうして死んだのか教えてくれないか」


「私に説明させてくれないでしょうか」


ヴェルノが言う。


「いいよ」


「少し前…数年前ですかね、地方貴族達が一斉蜂起して大反乱を起こしたのです」


そして、王国軍最高司令部元帥の座に位置する父が狙われた。

王国軍を弱体化させるために一流の暗殺者を送り込んできた、そして、母とともにその暗殺者に殺されたらしい。


僕はその頃、諸事情でたまたま外出先で宿泊していたらしい。

結果的にそれが幸いしたのだ。

なんとも皮肉な話だ。


「し、しかしご主人様!あなたが生きているからこの家は続いているのです。そのおかげで、私は…………」


どうやら僕は暗い顔をしていたらしい。

アヤカに気を遣わせてしまったみたいだ。


「ありがとう、アヤカ。僕は大丈夫だから」


「うぅ…そうだけど、そういうことじゃないです…」


「…?どういうこと」


「もういいですっ」


頬を膨らませそっぽに向いてしまったアヤカにどうすればいいのか僕には分からなかった。

その時ずっとヴェルノは上品に笑っていた。



❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


分からないことが多すぎてイライラしてきたので気晴らしに外に出ることにした。

一人で…というわけにはいかずミスミ家の私兵であるシュミットが護衛としてついてきてくれている。


「いやーありがとね、衝動的な行動についてきてくれて、業務大変だろうに」


「いえいえ、王国軍の兵士とは違い、私共私兵はミスミ家直属で主人を守るのが本業ですので」


「かっこいいこと言うなぁ、僕が男で残念だったね」


「ノボル様が女性であれば、緊張して一言も話せませんよ」


「見た目によらず奥手なんだな」


「見た目によらずとは…」


「取っ替え引っ替え女遊びしてそうだけど」


「そんな不埒なこと致しませんっ!!」


シュミットと楽しく会話しながら歩いていくと

段々と人が増えてくる。

つまり街の中心部へと進んでいる。


この領地には2つの繁華街がある。

まずは高級商店街。

建物の中に店をして大きく販売スペースをとれるが建物に結構なお金がかかる。

富裕層に人気な店が多く貧困層や中間層が訪れることはほぼない。


2つ目は出店街。

その名の通り、出店が建ち並んでいる。

販売スペースは狭いが、その分少ないコストで商売できる。

主に一般市民が利用している。

富裕層は滅多にいない。


今回は出店街に行くことにした。

富裕層なんて、富とか権力を保つために向こうからこちらにやってくるのだ。わざわざこんな数少ない機会を無駄にはしたくない。

だから、普段話すことが少ない、一般領民と話したい。


「あ、領主様だ」


この声が聞こえたと思ったその瞬間、僕の周りには領民たちが群がっていた。

シュミットは慌てて、領民たちに距離を少し空けろと注意する。


「領主様どうしてこちらに?」


「いや、特に用はないけど、皆の様子を見に来た」


「じゃあ領主様、野菜を買っていかないかい?

今日は野菜が安いぜ」


「果物も安いですよ」


「魚もですぜ」


「肉も安いよ」


「お…おう、今日はとても安い日なんだな…」


すべて断りきれず買うこととなった。


❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


「まさか、全部買うことになるとは」


「まぁいいではないですか、領民から慕われているみたいで」


「ありがたいことにな」


「そうですね」


とてもバランスの取れた食事が数日分確約されたと思えばいいだろう。


・ ・ ・ ・ ・

屋敷に戻ってくると身に覚えのない馬車が停まっていた。


「なんだ誰だ?」


「さぁ?」


見た感じは貴族のものではなさそうだが…

不審に思いながら進んでいくと玄関先にアヤカが立っていた。


「あ、ご主人様お客様がお待ちです」


「事前に連絡は入ってきていたのか」


「いえ、ありません」


「ならなぜ入れた…」


「なにか、ミスミ家に関わる品があるとおっしゃっていらしたので…」


「なんだって!?それは本当か」


「はい」


急いで身なりを整え、応接室へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る