記憶消失した俺が記憶を取り戻すまで

キサラギ

序章

第1話 喪失

カンカンカン。

カンカンカン。


何かを打ち付けるような金属音がどこからか鳴り響いてくる。


ーあぁ、眠い。


あまり馴染みのない音であるが、それよりも眠気が勝っているのだろう。

彼は目を開けようとしない。

彼の瞼は重く、簡単には開かれないだろう。


カンカンカンカン。

カンカンカンカンカン。


段々と勢いを増していく音に流石に疑問に思ったのか、彼は眠気に満ちた瞳で周りを見回す。


ーあぁ、眠い。


しかし、彼の視界はボヤけている。

見回したところで、何も見えてはいない。

見えたのはボヤけた世界のみだ。 


ガンガンガンガン。


さっきよりも打ち込む力が、増している。

これでは打ち込んでいる土台も壊れてしまうのではないか。

彼は寝ぼけた頭で思った。


ーしかし、この音は意外と近いの…か?


そう思っているとようやく視界が晴れた。

その直後、彼は見てしまった。


目の前で男が人らしきの首元に尖ったものを打ち込む姿を。


「はッーーーー」


叫びたくなる気持ちを彼は必死に抑えた。

本能がそれだけはするな、気配を消せと脳内を駆け巡り思考を支配する。

寝ぼけていた頭が完全に冴えた。逆に血の気が引いた感覚が彼の中を駆け巡る。


しかし、どれだけ残酷で悲惨な瞬間でも目が離せない男から視線を外せば隙を作ってしまう。

それだけは…これだけは避けなければならない。


飛び散る血。見るも無惨な遺体。もはや人としての形は残っていない。それでも追い討ちをかけている男の恨み、怨念は計り知れないものがある。


しかし、男の顔は思っていたよりも穏やかなものであった。


仇討ちができてスッキリしたのだろうか。

だが、微笑みながら遺体の首を抉るなんて周囲からすればとんでもなく不気味で恐怖を感じるものであろう。

実際、寝たフリをしている彼も顔からは血の気が引いている。

彼の記憶に強く残り、これからトラウマとなっていくだろう。


❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇

あれから長い時間が経過した。

人思いに出来たことに満足したのか男は手を止めた。 


ーお、終わった…のか


「いや、まだだ」


音がニヤリと君の悪い笑みを浮かべながら彼の心を読んだかのように答えた。


「君がまだ残っているではないかぁ」


ーえ?


そうして、彼はようやく自分が縛られていることに気づいた。


目の前の刺激に気を取られ、自分の体に対する感覚に脳が把握していなかったのだ。死ぬ…これは死んでしまう…と彼の脳はそれのみを感じていた。


「次はぁ…お前ぇだあァ!」


……………


………………



「ゔわ゙ぁ゙ァァァァァァァァァァ!!!!!」


ベッドから本当に飛び出す勢いで起きた。

手足は冷めきり震え、頭がフワフワしているような感覚だ。


「ゆ…夢か…」


悪夢を見たときの鉄板フレーズを呟いてなんとか落ち着こうとするが、失敗する。


全然、怖い。震える。


夢の恐怖とハァハァと一向に止まろうとしない動悸に苦しんでいるとドタドタと騒がしい音が近付き、目の前の扉の前で止まった。


ドタンッ

と勢いよく扉が開くとそこには美しい女性が息を荒げながら立っていた。

茶髪の長い髪を束ねており、薄氷のような青い瞳で清潔感の溢れる女性だ。

少し、見惚れていると女性が心配そうな顔で


「叫び声のようなものが聞こえましたが…大丈夫でしょうか…ご主人様」


「あ…あぁだいじょうー」


ん?

ご主人様?


「あの、ご主人様って…?」


「はい?」


「僕がご主人様なの?」


「あの…どうされましたか?今日のご主人様はなんだかご様子が…」


「え?」


「ご主人様の一人称はですよ?」


「えぇ?」


「もしかして…記憶がないのですか」


「……今思い出せるのはさっき見た夢くらいだ」


「昨日食べたご飯は」


「分からない」


「私がここに勤めることになったきっかけは」


「分からない」 


その瞬間彼女が泣きそうな表情になり、悟られないようにするためかすぐにもとの表情に戻した。


「ご主人様のお名前は」


「分からない」


「昨日、私と深く愛し合ったことは」


「わからな…ちょっと待て!?僕は君と………はぁ!?」


「ふふっ…冗談です、記憶がなくなっても変わらない部分もあるのですね」


上品に彼女は笑うと姿勢を正しこちらに向き直った。


「私の名前はアヤカです、このお屋敷の使用人です」


「アヤカ……」


「はい、このお名前はご主人様につけていただいたものですっ」


アヤカはにっこりと笑った。


「そして、このお屋敷の主人である、ご主人様のお名前はミスミ・ノボル様です」


「ミスミ………」 


「そうですノボル様はミスミ家の3代目当主です」


「当主……僕の家柄は?」


「王国軍最高司令部元帥を代々務めている家系です」


「そうか…貴族ではないのか」


「いえ…扱いでは最高司令官ですが、領地も与えられ統治権も持っております、実質貴族と変わりません」


「そうか…なんとなく今知っておくべきことを知れた気がする、ありがとう助かった」


「そんなっ…私は当たり前のことをしただけですぅ…」


「ん?顔が赤いけれどどうした?」


「その笑顔は、反則だよぉ……」


「ん?」


「あ、いえ何でもありませんっ」


「うーん?そうなのか?」


「はいそうですっ」




❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


それからアヤカは食事の準備かなんかで部屋を出た。

それにしても大変なことになったな。

自分の情報がたくさん手に入ったけれど、自分はとんでもない大役だぞ。元帥か………。早めに記憶を取り戻さなければ。


自分が3代目当主…僕は今何歳だ?


「今年で17でございます」

急に自分の心を読んだ発言が飛んできて驚いた僕はものすごい勢いで顔を上げた。

そこには少し老けている男が立っていた。

「………えーと」 

 

「申し訳ございません、ノックをしたのですが…返事が無かったので入ってしまいました」


別にいいんだけど…と返すと


「アヤカ様からお話はお聞きしました、どうやら記憶をなくされたようで…」


「あぁ…」


「あ、申し遅れました私はヴェルノでございます」


「よろしく、ヴェルノ」


「はい、よろしくお願いいたします」


自然と握手をした。

やはり手にはシワがたくさんあり、これまで生きてきた経験や知識がこのシワに現れているかのようだった。


「それでは、私もアヤカ様のお手伝いに」


「うん」


ヴェルノが部屋を出るのを見送ったあと、自室の中を探ってみたり

何か、思い出すきっかけになるものはないか。

その一心で探し続ける。




その結果ー

手がかりナシっ!!!


何もありませんでした。

どれもこれも仕事に関連するもの記憶を取り戻すようなものではなかった。


落胆で肩を落としていると

扉がノックされた。


「ご主人様、お食事のご用意が整いました」


「はーい……」


「?」


アヤカは可愛らしく小首を傾げた。

(記憶喪失の人って性格が違ったりとかするらしいけど、ほぼ変わらないなー)

口にすることはないが、密かに笑うアヤカであった。




❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


あれから何週間経っただろうか。

こんなことを言えば結構長い月日が経過したと感じるだろうが1ヶ月ぐらいだ。


僕という人格となってからもう1ヶ月。

生まれ変わって、といったほうがいいかな。

元々、僕はどんな人間で何を志し何を成そうとしたのだろう。前の自分の意志を継ぎ、達成することを第一目標とする、これしか、何も分からない自分にはできることがない。

だから知るしかない、なんでもいい知らなければ。


「ご飯ですよ〜」


「よーし、今から行く」


なんて欲望に忠実なんだ…と食堂に向かって全速力でダッシュしながら、自分が情けなく感じた。

まぁこの勢いと気持ちは止められないけどなぁ!



❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


「ふぅ…思いもしていなかった伏兵が潜んでいたな…」

と満腹で満足して緩んだ思考を引き締めるように呟いた。


「まぁ?人間誰しも食欲には抗えないよねー」


「あの…さっきから壁に何を話しかけているのですか?」


「へ?」


恐る恐る後ろを振り向くとそこにはアヤカが立っていた。


「ななななっ…何で僕の部屋にアヤカが入ってきているんだっ!?ノックをしてくれ!」


「何回もしましたが…反応がなくて…」


「あ、それは僕が悪いわごめん」


「いえ…謝るほどでは…」


うぅ…お願いだから僕が心の病にかかっているのではないか?というような心配をする眼差しを向けるのをやめてくれ…余計に死にたくなる。


「で…どうかしたの?」


「はい…書庫の管理人が不審な仕掛けを発見しまして…」


「不審な…?分かった行こう」

何なんだ?と疑問を抱きつつ、論より証拠という先人の知恵にあやかった行動をすることにした。


・ ・ ・ ・ ・ ・


「これか」


「はい、こちらです」


管理人が僕の呟きを確認と受け取ったのか返事を返してきた。


一見普通の本棚の列だ。

しかし、よく見ると端の本棚の横の壁に不自然な空間が空いていることが分かる。

本棚に隠れて壁を見ることは難しいが、そもそも壁なのかが怪しい。

何となく本棚を押すと、不自然な空間に本棚が入っていき、壁の奥に続く通路が発現した。


「なんじゃこりゃ」


「これは…私はかれこれ16年管理人をしておりますが、これまで気付きませんでした」


「それは凄いな………色々と」


「ありがとうございます?」


「……」

違う、そういうことではない。


「よし、アヤカ行くか」


「はい」


二人で奥へと突き進む。

明かりというものはなく、無機質な岩のトンネルをただ歩く、方向感覚なんて今はあってないようなものだ。


それにしても冷えるな。もう一枚上から羽織るべきだった。


「何で僕がアヤカを連れて来ているか分かる?」


無言で進むのも何かつまらない、あとは寒さと暗さからくるマイナス寄りになってしまう思考をどうにかしたかった。

アヤカは少しの間悩む素振りを見せ

「分かりません」と両手を上げ降参アピールをした。


「正解は、何かあったときに巻き込めるから」


「ちょっと!?それどういうことですかっ!?」


新しい生活が始まって1ヶ月で、ここまでふざけられるようになった。これも一種の進展だ。そうだ。そうである。

…そうだと信じたい…。


「それにしても結構長いですね…」

長くなりそうなつまらない独り言を遮ったのはアヤカの言葉だった。


「おぉ、そうだなー」


「寒いし暗いし、何も準備せず入ったし、これ結構不味いのでは?」


「たっ!?確かに…」


「もぅ…」

とアヤカは困ったように眉をハの字にして腕を組んだ。


「まーでもどうにかなるんじゃない?知らんけど」


「なっ!?いくらなんでも無責任すぎます!」


「いや、だってアヤカがいるから安心できるんだよ」


「そっ…そうですか…」

寒さのせいか、アヤカの頬と耳は紅く染まっていた。

こんな状態になるぐらいなら、やっぱりなにか持っていくべきだったな…寒さをしのげるものとか。

いや、ろうそくだったか。ろうそくがあれば明かりになるし、少しは暖かいはず。温まることもできた。

うーん、後の祭りだ。



❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇


目の前に大きな木製の人工物がそびえ立っていた。

「これ…は」


「扉ですね」


「そんなことは分かってるから」


「寒いんですよ、じっとしていたら凍死します!」


「わかったわかった、入ろう…な?」


「いや…これに仕掛けがあるかも…」


「入りたいの?入りたくないの?どっちだよ…」


「命は大事です」


「いや、まぁ」

そうだけどさ…

どう見ても罠を仕掛けられるようなものではない。



「ほら、とりあえず中に入ろう」


「あ、ちょ」


アヤカが何か言っていたが、無視してドアノブに手をかける。

ギィィィ。と建付けの悪い音を出しながらゆっくりと扉が開く。

すると、部屋中に置かれていたであろうろうそくたちに一斉に日が灯る。

その光景に圧倒された二人は無言でただ部屋の何処かを見つめているだけ。

アヤカはふと我に返り、僕の腕を引きながら

「さ、さっきのさ何なんですか」


「いや…僕にもさっぱり」


部屋の中は書斎のようだった。 とはいえ、そこまで広くはないデスクと椅子があるため、仕事スペースだったのかもしれない。一人で集中したいときにわざとアクセス悪いここですることによって、誰も近づいてこないから。


「狭いとはいえ、たくさんの本だな、しかも分厚い」


「そうですね…」


試しにデスクの引き出しに入っていた一番年季の入った本を手に取った。

これは…日記帳かな…。

と思いつつ紙を破かないように丁寧にページをめくる。


「さて、何が書かれているんだ…?」


ゆっくりじっくり読もうと決意したものの、そうすることはできなかった。


なぜならー

「何だこの字は……」


どこの国にも存在しない文字だったのだ。



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